第3話  ダーク・サイド・オブ・ザ・ムーン(1)

この星には今でも各国の宇宙開発基地がある。今ではその機能のかなりの部分が土星の衛星に移されたりしてはいるが、かつては太陽系の外縁、もしくは系外宇宙も含めてこの星が開発・調査の最前線であった。その時期には実際この星はテラフォーミングの有力な候補ですらあったのだ。しかし各国の競争意識と思惑のずれから、この星で予期せぬ軍事紛争が勃発してしまったのである。紛争は5年の長きにわたり続き、人々はこの星の表面の大部分、宇宙開発基地として残した部分以外をバトルフィールドとし、管理された形の戦争により国家間の紛争を解決出来る仕組みを作り上げた。


移動基地は先ほどから停止しているようだ。どうやらゴンドワナの宇宙開発基地に到着したのだろう。

俺は足枷を外されて、ゴンドワナの兵士たちに囲まれて、地下に設けられたドックから宇宙開発基地の内部に連れて行かれた。ドックでは他にもゴンドワナの移動基地が次々と到着して、次々と兵士が降りて来るが、俺以外にも捕虜になった奴が何人も居るようだ。俺を捉えたあの女の姿は見えない。何度か通路を折れた先に辿り着いたのは巨大なドーム型のエリアで、大型の宇宙船が一基だけ横たわっていた。そして宇宙船の手前には棺桶を思わせるカプセルが十数個並べられていた。既に先に連れて来られた仲間がカブセルの中に入れられているのが見えた。

俺たちをコールドスリープでどこかに連れて行くつもりか。


現代のバトルでは、捕虜の価値はそれ程高くはない。特に勝った側にとっては。負けた側は経済的損失を少しでも軽減しようと捕虜を捉えて交渉材料とする事はままあるが、勝った側は原則望んだ成果が得られる訳だから、捕虜を使って追加で交渉をする必要は原則無い。だから俺らをどうするつもりなのか、見当がつかなかったが。もしコールドスリープ状態にして連行すると言うのならどこか遠くの星に連れて行くつもりなのであろう。ほぼ戦うことしか能が無い俺たちに何をやらせるつもりなのか。

カブセルとのころまで連れて行かれると、手枷を外される前に、首筋に注射された。そんな事をしなくても暴れるつもりなど無いのだが。俺はコールドスリープ用カプセルの中に寝かされた。すでに意識が朦朧となって来たが、宇宙船に繋がるブリッジの上から例の女がこちらを見ているのに気付いた。女はバトル用スーツから着替えて赤い、ゆったりとしたローブのような衣服を着ていた。俺を見ていたのか、カプセルに入れられる俺ら全員を眺めていたのかは良く分からない。


コールドスリープ中は、身体は完全な仮死状態になるが、最初の数時間は意識がある。また脳は一定の間隔で活発に活動する。その間はずっと夢を見ているようなものだ。その長い長い夢の間に、たまに深く沈んだ意識が海面近くに浮上して来る時もある。俺はまた昔のことを思い出していた。



ライルがキャスを見かけたと言う。

場所はダークサイド・オブ・ザ・ムーンにある訓練基地からほど近い、キャラウェイバーガーの店だった。バドも一緒だ。俺たちは運が良かった。あの古い施設のホールで捕まった後、俺たちは月に連れられて来た。同時に捕まった仲間達は、もっと遠くに連れていかれて行った奴も居た。そいつらがどうなったのか俺らは知らない。

月は超が付く金持ちの集まる場所だ。特に常に地球に向いている方の半分。透明な天井ドームを通して、いつも青くて美しい地球を眺めることが出来るエリアはセレブ達の楽園である。もう一方、常に地球に背を向けている半分、即ちダークサイド・オブ・ザ・ムーンはありとあらゆる娯楽と快楽を金さえあれば堪能できる歓楽都市である。こちらに住んでいるのは所謂成り上がり。そして俺らのようにそんな成り上がり達に娯楽を提供するために雇われた人々だった。


「本当にキャスだったのか?」

バドが訊いた。

「遠くからチラリと見ただけだから、絶対とは言えないけど、間違いないと思う」

「まあ、このダークサイド・オブ・ザ・ムーンにキャスが居たとしも、おかしくは無いだろうな」

と俺は言った。

ライルとバドには既にだいぶ前に、俺が捕まった時に聞いたウィルとワシントンさんとの会話について話をしていた。ワシントンさんが月に居るなら、レディ・クレモナも一緒に来ているだろうし、そうならばキャスが一緒に連れて来られていたとしてもおかしくは無い。

「ただこの広いダークサイド・オブ・ザ・ムーンでどうやって探すかだよな」

「見かけたのはニュー・アトランティック・シティの中だし、俺たち同様、彼女もそんなに広いエリアに自由に出歩くことが出来る訳じゃないような気がするんだ」

「そうかも知れん」

「ニュー・アトランティック・シティだけでも結構広いが、それにしてもお前は何故ニュー・アトランティック・シティなんかに行っていたんだい?」とバドが言う。

「たまたまさ。たまたま、監視ロボットの野郎がどっかに行って見えなくなったんだ。だから俺はチャンスだと思ってさ。以前から覗いて見たかったんだよ」

ライルがややバツが悪そうに言う。

「ふーん、俺の監視ロボットちゃんもたまにはどっかに遊びに行って欲しいもんだがな。今まで一度も無いぜ、そんなこと」

「別にニュー・アトランティック・シティに行くこと自体は、禁止はされていない」

俺は言った。

「でもあそこには入店禁止の店が沢山あるだろう。間違って入店したりしたら、後で酷い目に合うからな」

「それに犯罪も多い。禁止された店に入らなくても十分にイザコザに会う危険性は高いかもな」

と俺は言いながら考えた。

俺たちは本当のバトル・ソルジャーになる前の訓練施設を兼ねた、月世界の闘技場で普段暮らしている。行動の自由はあるが、それは制限されていた。外を出歩く時は常に監視ロボットが斜め上空から後を付いて来る。

今も現に店内に一台、店外の窓の近くにもう一台監視ロボットが俺たちを見張っている。

監視ロボットは俺たちを見張るだけで、実際には俺たちがどこで何をしようと止めたりはしない。ただ俺たちの行動は全て記録され、訓練施設の監督者たちに報告される。俺たちの行動次第では、俺たちは訓練施設から追い出されることになり兼ねない。だが、俺たちにはどこが入店禁止の店なのかは具体的に教えられていない。俺たちに禁止されているのは、有害なドラッグを摂取すること、商売女か素人かに限らず女と関係を持つこと、そして訓練施設以外で喧嘩や暴力をふるうこと、それだけだった。俺たちはまだ10代だったし、訓練施設を追い出されたらどこに行かされるかもわからないので、皆危ういことは避けるようにしていた。ニュー・アトランティック・シティはそういう意味からは避けるべきエリアの一つであった。


「別に一緒に探して欲しいと頼んでいる訳じゃないのさ」

とライルが言う。

「前は一緒に来てくれと言ったじゃないか」

バドが笑いながら答えた。

「あの時だって別に一緒に来てくれと頼んだつもりは無いが、お前が勝手について来ただけじゃないか」

「おまえを一人で行かせたら何をしでかすかわからないからな」

俺は黙って苦笑いしながら二人のやりあいを聴いていた。

「真面目な話、俺はもうそう長くここには居られないと覚悟しているんだ」

ライルが急に真面目な顔になって言った。

「俺はここに来てから32試合やって12勝しか出来ていない。お前たちとは大違いさ」

「まだ勝率4割を少し切っただけじゃないか」

「いや、俺には分かっている。チームバトルでも俺のいるチームは8位だった。俺の個人成績は下から数えた方が早い。監視ロボットの監視が緩められているのが何よりの証拠さ。俺は近い内に戦場に送られるだろう。」

バドが何かいいかけたが、結局黙ってしまった。

確かに今俺たちを見張っているのは2台のロボットだけだ。

「お前たちには迷惑を掛けたくない。だが、俺はやはりキャスを探して見たい。だから今日みたいな休日に俺の姿が見えなかったとしても気にしないで欲しい。そう言いたかっただけさ」

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