第4話 ダーク・サイド・オブ・ザ・ムーン(2)

闘技場の一つ、バトル・ドームのらせん構造を駆け降りる俺の背後に輝く霞のようなものが現れた。俺は360度広角グラスでそれを認め、放っておいたシャドウに戦術オプションを送信した。俺の背後の霞は輝きを増しながら、少しずつ広がって来ている。今日の対戦相手はパオという東洋人の若者でシャドウを操るのが上手い。シャドウというのはマイクロ・ドローン編隊の事で様々な形を取りながら対戦相手や相手のシャドウを攻撃することが出来る。

俺は跳躍し、らせん構造を二周飛ばした下に着地した。と同時に振り向いて敵のシャドウを観察する。対戦相手のパオはドームの最下層からまだ動こうとしないようだ。


一般の観衆が本当のバトルはリアルタイムで見る事は出来ない。観衆が見る事が出来るのは後で編集された記録映像と分かりやすく脚色された合成映像だけだ。だが、月でのトレイニー・ソルジャーの競技はリアルタイムで観戦することが出来る。トレイニーは10代~20代前半までの若者ばかりだから、特に同年代の若者にはこのトレイニー競技の方が、人気が高い。使うのはSBから毒針を除いた電磁ショック銃や、その他殺傷能力の無い様々な武器。そしてシャドウである。ちなみに実際のバトルではシャドウは使えない。何故ならシャドウは月面闘技場、バトル・ドームの管理された環境でしか機能しないからだ。シャドウはマイクロ・ドローンの集まりだが、試合のエンターテイメント性を上げる目的で、一種の視覚効果も発揮するように出来ている。


俺は後ろのシャドウを観察しながら、今度はゆっくりと歩いてらせん構造を下って行くことにした。パオはまだ先ほどいた場所から動いていない。少しずつ俺と敵の距離が縮まって行く。位置関係から言えば最下層に居るパオよりこちらが優位だ。だが事前のバーチャル・コイントスの結果、パオは最下層の位置を選んだので、俺は最上層から下りて行くことになった。もう少し降りれば、最下層から突き出す塔や、あるいはスロープやその他の迷路のように入り組んだ構造物と同等の高さまで降りて行くことになる。パオが動いた。8時方向に走っている。俺は敵のシャドウの様子を確認してから跳躍した。それは一瞬の内に大きな蜘蛛のような形に形を変え、待っていたとばかりに攻撃して来た。俺のシャドウが蛇のようにのたうちながら、そこに突っ込んでいく。俺はスロープの途中に着地して、そこから転がるように落ちて行きながら電磁ショック銃を構える。敵の蜘蛛の足の内一つを除いてこちらのシャドウが食い止めているが、一本だけこちらに向かって来たので銃を放って蹴散らした。こちらの蛇の頭が相手の蜘蛛の真ん中を貫いたのが見える。シャドウ同士の戦いはこれでほぼ決着がつくだろう。と、俺の脇腹のすぐ横のスロープをに、敵の電磁ショック弾が当たった。二発、三発と撃って来る。俺は慌てて体制を立て直し、近くの物陰に走り込んだ。

パオは近くの倉庫を模した建物の屋根に居た。位置的優位性は逆転してしまった。


これはコールド・スリープ特有の夢で明晰夢というやつだ。おれは気が付いていたが、薄暗いバトル・ドームの中を輝くシャドウのイメージと共に夢の進行するままに任せていた。あの時はかなりヤバかったが最終的にはパオを負かすことが出来たハズだ、、、。いや、違ったか。既に意識と夢は別のシーンへと移っていた。


俺はひょっとしたら妹を見つけることが出来るかも知れないと思い、休日にニュー・アトランティック・シティに出掛ける。鬱陶しい監視ロボットが数メートル後ろの上空から付いて来る。訓練施設からニュー・アトランティック・シティまで行くのには、高速トラムで8駅ほど移動する必要がある。月に来てからここまで遠出したことはない。監視ロボットがトラムの中まで追って来るので、周りの乗客はこちらを奇異なものを見るような目で見ている。

何人かは興味深々という感じで少し離れたところから不躾に真っすぐこちらを見ているが、その他の殆どは、見てはいけないものを見ているかのように顔を背けながら、それでも時々こちらを横目で見て来ている感じだ。トレイニー・ソルジャーは憧れの対象であると同時に蔑み、哀れみの対象でもあるのだ。俺はどうにかして監視ロボットをまきたかった。

3番目の駅がルナ・クーロン・タウンだった。乗客が沢山乗って来て車両が一杯になる。次の駅がフォン・カルマン・クレーターで、接続駅なので乗り降りする乗客も多いはずだ。俺は駅に到着する前に思い切ってしゃがみこんで、そのまま他の乗客に押されるようにトラムを降りた。人の間から監視ロボットがこちらを探して追いかけてくるのが見える。トラムのドアが閉まる直前におれは再び今降りたトラムに飛び乗った。監視ロボットはそれに気が付いたが、俺の後を追ってくることは出来なかった。俺は監視ロボットにウィンクして、ついでに舌を出してやった。


ニュー・アトランティック・シティは想像したよりも清潔な町だった。と言っても塵一つ落ちていないという訳ではもちろんない。ただ、昼間の早い時間帯は人通りもそれ程多くは無く、全体に静かな感じで在った。俺は初めて歩く街を当てもなくさまよった。いい加減歩き疲れた頃に、この時間でもやや賑やかな場所が見つかった。ショッピング・モールの部類であるのが分かったので、そちらの建物に入って行くことにした。

月は約1ヵ月かけて地球の周りを一周する。この間、月の表面の一点から見ると太陽は約1ヵ月かけて登り、そして沈む。人間の体はこの周期に合うようには出来ていないので、居住ドームの中では巨大なドームの天井スクリーンを使って人口的に朝昼夜が作られている。但し居住ドームによって時間の経ち方は異なる。ニュー・アトランティック・シティでは昼は短く、夜は長かった。ショッピング・モールの中のカフェテリアで、窓際の席から俺は少しずつ傾いていく日を眺めていた。監視ロボットをまいたので良い気分ではあったが、一方特に何の当てもないのに、わざわざこの街まで出掛けて来たことを少し後悔し始めていた。

と、何の前触れもなく、見知った顔の男が、窓の外の先、ショッピング・モールから街の中心部に向かう通路に降りる階段のところを歩いて下りて行くのが見えた。

見間違うはずは無い。それはウィルだった。

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