第2話  敵の移動基地の中で、俺は昔を思い出す

思えばガキの頃から暴力が当たり前の世界で生きて来た。あの頃住んでいたのは遺棄された高層ビルが立ち並ぶ地球のスラム街だった。何故あの高層ビル群が遺棄されたのかの理由は、当時は分からなかったが、今ならだいたい想像がつく。


俺らの仲間はワシントンさんに面倒を見てもらっていた。いや、本当は面倒を見てもらっていたなんてもんじゃない。実際は飼われていただけだ。でも今でもワシントンの奥さん、レディ・クレモナには悪い印象は抱けない。もちろんレディもワシントンと同じ穴のムジナだ言うことは、いや、あるいはもっと酷い悪党だろうと言うことは理屈では分かるが、ガキの時、つらい日々の中で唯一優しく接してもらった相手だから、その良い思い出は消す事が出来ないし、無理して消す必要も無いだろう。女の子たちを、俺の妹も含めて、飼っていたのはレディ・クレモナで、それも将来売り物にするためだったと今では分かるとしても、、、。妹のカレンはどうしているだろうか? 幸せになっていて欲しい等と、そんな無理な事は望まない。生きていてくれさえすれば、それでいい。


あの街には奇妙なミュータントも沢山住んでいた。プラスティックを食う連中。腹の中にプラスティックを分解する虫を飼っていやがる。それでゴミ集積場で朝から晩までプラスティックゴミを漁っている。でもあいつらはひょっとしたら俺らより人間らしかったのかも知れない。なかには少しは頭の良い連中もいて、そういう連中は街の食堂とかで働いていたりした。プラスティックの他は飯を食わなくて良いのだから、金も要らない。だいぶ金を貯めてスラムから抜け出して行った奴もいるとか言う噂も聞いた。本当かどうかは分からないが。いずれにしてもあいつらは俺たちみたいに暴力的な抗争ばかりしていることは無かった。平和な連中だった。

もっと人間らしくない奴らも居た。皮膚に葉緑体を持っている連中。昼間はずっと日の当たる場所でじっとしていて、夜は夜で誰の邪魔にもならないように引っ込んだ路地裏や壊れたビルの影でじっとしている。恐らく何も考えていないのであろう。口がきけるのかどうかも俺はしらない。あいつらの顔ときたら、いつも白目をむいて薄笑いをしているような顔で、気味が悪い。なんであんな連中が生まれたのだろうか。誰かが創り上げたミュータントであることだけは間違いないが、一体何の目的で、あんな連中を作ったのだろう。

夏になったらあいつらの白目が、ぼーっと緑に光る。夜になるとあちこちの暗がりで、ぼーっと光る緑色の瞳。あいつらは何故かプラスティック喰いとは仲良くやっているようで、一緒にいることも少なくなかった。夏の蒸し暑い夜は、俺らがねぐらにしていたビルの4階にある、まだ崩れずに残っているベランダから、ごみ収集場でゴミの山の中で、ボーっと光る沢山の瞳と、その中でやはり外で涼んでいるプラスティック喰いの連中の影が、その遠く向こうでは今でも金持ちたちが住んでいる新しい高層ビル群の明かりが見える。それが俺の故郷の風景だった。


移動基地はまだ地中を移動しているのだろう。だが振動は大きくない。ゆっくりと移動しているのだ。あれだけの大敗、、、相手にして見れば大勝だ、急いで動くことも無いのだろう。敵の移動基地の何もないガランとした一室に、手枷足枷をはめて転がされている俺は、何故こんな昔の事を思い出しているのか、、、。その理由は分っていた。あの時も今回のように手ひどい敗北を喫したのだった。そして囚われの身となったのも同じだった、、、。


あの街のギャングは、皆俺のようなガキばかりだった。俺たちの中で一番の年長者はウィル。本人によれば21歳ということだった。誰も自分の本当の歳なんか知りはしなかったが、ウィルはいつも証拠があると言っていたな。ウィルは一応俺たちのリーダーだった。

ワシントンさんは。俺らのようなガキに殺傷能力は殆ど無いとは言え、武器を与えて、意味もわからないまま年がら年中抗争に明け暮れさせていたのだ。

俺は小さい頃からウィルや、他の年上の連中から柔術や拳闘を教わっていた。俺だけじゃない。バドやライル、グラハムにテリー、皆そうだった。あの日は他にも俺らより少し年下のリオだとかケニー、だったか、違う名前だったかも知れない、もう名前も忘れかけているが、そういった連中も駆り出されて隣接するやはり遺棄された古い複合施設ビルを根城にしているギャングたちに一泡吹かせてやろう、と言う話だった。

抗争では接近戦になった時には柔術や拳闘が役に立つこともあったが、その前に勝負がつくことが多かった。俺たちの武器は、ショックブラスターという電磁ショック波と毒針銃を兼ねた銃で、これは相手も同じだった。電磁ショック波は銃弾の中に金属の粒子が入っていて、相手に着弾する前に銃弾が破裂すると同時に高圧電磁パルスがさく裂する仕掛けだった。皆ショックブラスターのことはSBと呼んでいたが、このSBで電磁ショック波を受けたら数十秒は動けないし、毒針銃で撃たれれば当分の間、多分数時間は動けなくなる。毒針銃を撃たれたやつは暫く放置されているが、いつのまにか連れ去られて居なくなっていた。良く考えればその後、そいつらの事は見かけなくなるので、死んじまったのかとも思っていたが、要は連れ去られていた訳だ。でも俺らはワシントンさんやウィルに洗脳さえていたし、そんな負け犬どもの行く末なんぞには関心を払っていなかった、俺の記憶では、たいがい俺たちは勝っていたような気がする。俺らの仲間でも毒針銃で動けなくされて、居なくなった奴も確かにいるにはいたが、俺より年上のやつばっかりだったし、あまり仲が良かった訳でもなかった。訓練で厳しくされた記憶しかないので、居なくなっても気にもしていなかった。そう、あの日まではだいたいそんな感じだった。


あの日、ウィルの話では、相手は輸送船から酒とドラッグを大量に盗み出して、それに溺れてうつつを抜かしているから、不意を突けば簡単にやっつける事が出来るし、残った酒やドラッグも横取り出来る話だった。ウィルの話では確かにそういう話だった。だが、蓋をあけてみたら、俺らは待ち伏せされていた。こっちからノコノコ的の縄張りに乗り込んで行った訳だから、そうでなくても地の利は向こうにあった。

最初にバドとライルが電磁ショック波でやられるのが見えた。俺は助けに行こうとしたが、それも出来なかった。

バドもライルもいい奴だった。


ライルはキャスと言う名の可愛い子が好きで、いつもちょっかいを出そうとしていたっけ。

女の子たちは俺たちとは異なる低層の建物で、レディ・クレモナと一緒に住んでいた。小さいころは女の子たちも一緒に遊んでいたが、レディは結構女の子たちには厳しくて、夜になると皆、外出させてもらえないみたいだった。あの頃俺たちが柔術や拳闘の訓練や、抗争に明け暮れている間、彼女たちが何をしていたのか、俺はあまり知らない。でも昼間で、俺たちも彼女たちも、ヒマな時は他愛もないことを話ながら河まで皆で歩いて行ったり、そういう事はあった。一度ライルが女の子たちの家に忍び込もうとして、電磁ショック波で撃たれたことがあった。あの時もバドが一緒で、ワシントンさんにこっぴどく叱られていたな。電磁ショック波を撃ったのはウィルだという話だった。ウィルは女の子たちの家にも出入りすることが許されていたのだと、そう言えばあの時少し意外に思ったものだ。


後ろから不意に電気ショック波が飛んで来て、何とかそれは避けたものの、俺はひたすら迷路のように入り組んだ施設の通路を走った。兎も角仲間を助けるどころではなかった。ふいに出会いがしらに敵とぶつかった。俺は蹴りとパンチでそいつを倒し、さらに駆けたが、扉を抜けるとそこは広いホールになっていた。後戻りするのは危険と思い、思い切ってホールを駆け抜けようとしたが、四方から敵がこちらに向かって来やがった。そして気が付いたら取り囲まれていた。恐らくあの時には既に他の仲間も、皆倒されていたのだろう。俺を取り囲んで来た人数は10人ほどになった。

相手の内の一人が電磁ショック波も撃たずにいきなり毒針銃を撃って来やがった。胸に飛んで来た最初の毒針は避けたものの、肩に痛みを感じ他の奴が撃った二発目が刺さったのを感じた。俺は倒れたが、暫くは意識があった。胸じゃなくて肩だったからだろう。


その後少し経って、俺は運ばれているのに気が付いた。目は霞んで全く見えなかったが、どこか遠くで、いや本当は近くなのだろうと思うが、ウィルとワシントンさんが話すのが聞こえた。


「すぐに月に移住されるのですね。」

「ここでの仕事はこれが最後。ここの権利は(良く名前は聞き取れなかった)に譲るが先方にお前を雇ってもらうように話をしたから心配するな」

「ありがとうございます。俺も何時かは金を貯めて移住したいですね」


その時は良く理解は出来なかったが、何となく俺は騙されていたのだと言うことだけは、その時痛いほど感じていた。

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