第017話 魔王と女神。 その2

 さすがに……そろそろ通行人と言うか、善良な風◯通いの諸兄からの視線が痛くなってきた俺たち。もちろん俺とこいつらは何の関係も無いんだけど、同じ場所でワチャワチャ遊んでたら仲間に見られるのも致し方なしだからな……。

 おバカの方のチンピラが拳銃がどうのこうの叫んでたのを誰かに通報されてたりしても面倒臭いことになるし。

 ……そもそも俺は被害者のはずなのに、どうして加害者目線で物事を考えているのだろうか?


「チッ、これも日頃の行いってやつか……」


 さて、こいつら……どうしよう? 選択肢としては、


 無視して放置……俺のことを呼んでるらしい『ヒメ』って人間がちょっとだけ気になるか?

 殴り飛ばして放置……ならず者じゃないんだからそんなことはしないぞ?

 大人しく付いて行く……何となく負けたみたいで嫌だ。

 報酬を要求して付いて行く……男に要求したいものなんて何もないしなぁ……。


 と言うか、もしもこいつらがこのあいだ捕まえた『アレ』関連の組織の人間ならまた改造異石ってのが手に入るかもしれないんだよな? さすがに二億では引き取ってもらえないかもしれないけど……それなりの高値にはなるよな?


「……なぁ、どうしてこいつ、いきなり二チャッとした笑い顔を浮かべてんだ?」


「後頭部を殴ったダメージが今になって出てきたんじゃね?」


「虫が集ったほどの感覚も無い攻撃でダメージなんて受けるはず無いだろうが。

 フッ、呼ばれたとあれば仕方ない。本当は嫌で嫌でしょうがないが……今回限り付いて行ってやろうではないか」


 だからちゃんと貢ぎ物とか土産物を大量に用意させておけよ?


~・~・~・~・~


「いや、お前ら馬鹿なの? てか馬鹿だろ?

 どうして人を呼びに来るのに二人揃ってバイクで来てんだよ? 車で来いよ車で。

 おかげでド◯チンとタンデムすることになっちゃったじぇねぇかよ。

 夏場に男に抱きついてバイクでランデブーさせんなよ。

 そっちの兄ちゃんはスーツなのにどうしてお前は黒い革のつなぎなんて着てんだよ。一昔前のコンビニ強盗かよ。

 このクソ暑いのにレザースーツとか馬鹿なの? てか馬鹿だろ? 夏場にそれが似合うのは峰不◯子くらいなんだよ!

 臭ぇんだよ! それでなくとも男臭ぇのに革の臭いとか排気ガスの臭いとか汗の臭いとかこいつの体臭とかとりあえず全部ひっくるめて臭ぇんだよ! せめてそっちのちょっとはいい匂いしそうな兄ちゃんの後ろに乗せろよ!」


「い、いや、別に俺もいい匂いはしねぇと思うけど……」


「な、なぁ、俺ってそこまで臭いのか……?」


 男に抱きついてドライブというちょっとした地獄を味わわされた俺。

 『私、不機嫌です!』モード全開である。ちょっと面倒臭い乙女モード突入中である。

 あと、いい匂いがしそうって言われたホスト系! どうして頬を染める!


「なんかもういろいろと疲れた……」


 と言うか、俺の予定では海沿いの倉庫みたいな所に連れて行かれて、倉庫の中に異界の入口が! みたいな想像をしてたんだけど……バイクが到着したのはまさかのホテル。

 それも俺でも名前を聞いたことがあるような、外資系の高級ホテルである。


「チンピラならチンピラらしくヤ◯ザの事務所とか連れて行けよ!

 どうしてチンピラのくせに、小生意気にも高級ホテルになんて……

 はっ!? やっぱりお前ら……実はヒメなんて女は居ないんだろ!? 最初から俺のことを」


「俺はソッチ方面の趣味はねぇっつってんだろが!!

 そもそも俺もこいつもヒメ一筋なんだよ!!」


「いや、俺は別にヒメの事を女として見たりはしてないけどな」


 まぁ冗談はこれくらいにして。

 というか俺一人だけラフな格好……いや、レザースーツの馬鹿もいるからそれほど浮いてもいないのか?

 しかし……こいつらってアレ(キンジョウとワードック)の仲間なんだよな?

 到着した途端に百人くらいの人間に囲まれて『今日はお日柄もよくとりあえず死ね!!』みたいな展開しか予想して無かったんだけど……こんな目立つ所に俺――こいつらからすれば敵でしかない人間を呼び出して一体何がしたいんだ?


 思っていた状況とどんどんかけ離れてゆく展開に少しだけ戸惑う俺。

 宿泊客じゃないけどチェックインの必要とかは……無いのか。高いホテルとか使ったことないからシステム的なアレがよく分からないインだけど……。

 フロントに声を掛けることもなく、そのまま高層階用のエレベーターに乗り込みカードキーを差し込むホスト風。

 もちろん『どうしてそんなことするの?』とは聞かない。恥ずかしいから。

 てか高速移動のエレベーターって動き出しと止まる時に酔いそうになるよな……。 


「とりあえず小腹がすいてるんだけど、先にレストランで飯食っていいかな?

 あと、デ◯ヘル呼んだら支払いはソッチ持ちなんだよな?」


「良い訳ねぇだろうが!! てか他人様が泊まってる部屋に何を呼ぼうとしてんだてめぇは!」


「迷惑だからエレベーター内で大きな声を出すなよ。まったく、非常識な人間だな。

 お前みたいなやつが満員電車で屁をこいたりするんだよな」


「そんな下品な事はしねぇけどなっ!?」


 ほとんど最上階まで上り、足触りのいい絨毯を歩いて到着したのは……当然ながら客室の扉の前。

 エセホストがスマホで『連れてきました』と、おそらく室内にいるであろう『ヒメ』に連絡を入れたあとで扉を開く。

 初めて入った高級ホテル――デラックスとかエグゼクティブとかスイートとか呼ばれるその室内。

 白を基調とした豪華と言うか少しファンシーな雰囲気の部屋……何かこう、小洒落たラブホって感じ?

 もちろん調度品は高そうなんだけど……


「何かこう……ちょっとガッカリだな」


「何に対してだよ……」


 ああ、壁一面に広がる窓の向こう、大都会のパノラマビューだけは何となく良いものだと思いました。

 ワイングラスとかブランデーグラス片手に『人が塵のようだ』とか言いたくなるよね!

 その景色を一望できる場所に設えられた大きなソファに寝転ぶように腰掛け、こちらに背を向けていた女が俺たちの声に立ち上がり……振り返って俺に声を掛けてくる。

 いや、それ何アピールなんだよ。さっきホスが電話してたよね? 普通に入口で出迎えろよ。


「いらっしゃい、いきなり呼び出したりして悪かったわね、よかったら隣に座っ――」


 非常に胡散臭い、満面の笑顔でそこまで言うと時間が止まったように声も出さず、身動き一つしなくなった女。年の頃なら二十四、五歳。髪色も瞳の色も黒ではあるがどこかハーフっぽい雰囲気のある顔立ち。

 うん? こいつ……何となくどこかで会ったことがあるような? でも何だろう? 何かこう違和感が……。


「ああ! お前、もしかしてブリジッドか!?」


「イイエ、チガイマス、ワタシハ……トシコ。ソウ、トシコデス。

 ソノヨウナ、ハイカラナ、ナマエデハ、ナイデス」


「その髪は染めてるのか? 前に合った時は真っ赤だったはずだが?」


「イイエ、ワタシト、アナタハ、ショタイメンデス」


「聞き取りにくいから普通に喋れや、ぶん殴るぞ?」


「も、申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁっ!!」


 その場で飛び上がりジャンピング土下座をかますトシコ……じゃなくてブリジッド……でいいんだよな?

 そしてソファの上だから土下座ではないな。


「えっ? ヒメさん……一体何が」


「な、何がじゃないわよっ!

 あんた……あんたどこからどうやってこの人を……ではなくて!

 どこをどうまかり間違ったらこんな地球外生命体を連れて帰ってこれるのよ!?

 あれよ? わたしにも色々と準備とかあるんだからね!?」


「いや、俺らはただヒメに命令されたままキンジョウのクソ野郎を捕まえたと思われる男を呼んできただけで……」


「そうね! 確かに? 私はそうお願いしたわね? でもね? それでもよっ!

 こんな、いかにも世界を滅ぼしそうな、それでいて愛らしい顔をした人間を連れて来るなんて何を考えてるのよ!?

 あなた、こいつの普段着とか知ってる? 邪悪が具現化したようなカッコいい恰好なのよ!?

 そこはもう少し気を使うとか忖度するとか! 天気予報士バリに乙女心を読むとかしなさいよっ!」


「そんな無茶苦茶言われてもっすね……

 それにその人、そこまでおかしな顔はしてないと思いますけど……もちろん愛らしくはないですし。顔だけ見るとむしろ地味な感じじゃ……

 あと、邪悪が具現化しやようなカッコいい普段着って一体なんなんすか……?」


「ふんっ、よく聞いてくれたわね!

 そうね、まず頭には飛龍(ワイバーン)の頭蓋骨の兜。

 そして首には百人の赤子の頭蓋骨の首飾り。

 腰にはマンモスの頭蓋骨の腰蓑。

 その身に纏う外套は処女の破瓜の血で染め上げられ」


「何すかその悪趣味な頭蓋骨大好き男!?

 あと腰にマンモスってただの下ネタじゃないっすか……」


「半分くらいホントの事だからツッコミづらいボケ止めろや!

 何だよ処女の破瓜の血って! そんなものどうやって集めるんだよ!

 まぁ見た目は確かにそんな感じだったけれども!」


 アレ、全部レプリカだからな?


「しかしまさか、お前とこうして再開するとは思ってもみなかったな……」


「わ、私だってこんなに早く、またあなたに逢えるなんて思ってもなかったわよ。

 何なの? こんな大勢人がいる世界の中でたった一人の私を見つけてくれるなんて……

 いえ、探すも何も、あなたは私に会いたくて会いたくて時空を超えて追いかけてきたのよね?

 何よもう! あなた、いったいどれだけ私のことが大好きだったのよ!」


「追いかけても何もここが俺の地元なんだよなぁ。

 あと、俺のことを呼び出したのはお前だろうが」


 そう、俺に『追いかけて』来たなどとのたまうこの女……もちろん大阪から東京まで追いかけてきたなんて意味じゃないからな?

 ハッキリと俺の魔王様(わるふざけ)モードを知っているこの女……言うまでもなく『グリン=モアール(異世界)』の人間である。

 いや、人間……と呼ぶのが正しいかどうかはちょっと疑問なんだけどな?

 だってこいつ、ブリジッドは炎の『女神(ディーヴァ)』、と呼ばれる者の一人だったのだから……。


―・―・―・―・―


第二章ここまで♪

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