第016話 魔王と女神。 その1

 高貴なお姉さんこと稗田貴子さんとの取引き&お話も無事に終わり、さて、これから遊びに行くぞ! と、『特殊事象課(召喚寮)本部』の近場にあった銀行ATMで現金を下ろした俺。

 ニヒルな微笑みを浮かべながらその足で電車に乗り込み、まず最初に向かうのは――おそらく全国で一番名の知れているお風呂の街。もちろん別府とか草津とか有馬ではないからな? 

 電車内で立ったまま、インターネッツを駆使してアダルティな映像のアイドルがお相手をしてくれるお店を……くれる……お店を……。

 うん、そうだな。そうだよな。

 懸命なる諸氏なら既にお気づきかもしれないが、


「俺の知ってる女優さんって十五年前で知識が止まってるんだよなぁ……

 だから今、もしもご本人がお店で働いていたとしても」


 既にそこそこのお年なわけで。一番若くとも三十三~四歳? つまり室長とか貴子さんとかヨウコよりも……ゲフンゲフン。

 なら若い子にすればいい? いや、全く知らない女優さんにお相手してもらっても……ねぇ?

 それもうただお値段が高いだけのお店のお姉さんだからな?


「まぁいいや。気を取り直して! 一番高いお風呂に……

 いや、お風呂はお風呂で技術に優れるお姉さんに入るとそれもまた」


 そこそこのお年になってしまうというジレンマ。


「やはり高いお店から順番にパネルで若くて可愛い子を選んでいくべきか……

 大丈夫、十や二十のハズレを引いたところで今の俺にとってはどれほどの痛みでも無いのだから!」


 お相手してもらう度に『メン』の付く何かが減ってはゆくが……まぁそれはそれなのである。

 ……うん? 減るもの? もちろん『メンタル』ですけど何か?

 てかさ、俺ってさ、こっちでは高校生までしか生活してなかったじゃん? だから当然そんなお店には行けなかったじゃん?

 そして異世界でも……魔王だった事を除いてもそういうお店には行けなかったじゃん? 前半数年は生きるだけで精一杯だったし。


「あれだな、飛び込みでお店に入るなんて論外な行動だとは分かってたんだけど。

 まさかお店に電話を掛けるだけにこれほどゴリゴリに精神力が削られるとは……」


 スマホのディスプレイに映るのはもちろん最初に向かおうとしているお店の電話番号。

 親指で通話をタップすればいいだけなのにこの踏ん切りがつかない気持ちはいったい何なのだろうか?


「まるで気になるクラスメイト(女子)の家に電話をする時のこの感じ……

 もしかしてこれが……恋?」


『下に心があるって意味でならそうなのかもね?

 というか、こっちまで見ててソワソワしちゃうから人の上で親指を左右に高速移動しながら意味のわからないことを呟くのは止めて欲しいんだけど?』


 もちろんスマホ野郎のことはスルー。気に入らないなら家(スマホの中)から出ていきやがれ……いや、出ていかれると異界での小遣い稼ぎ……自分で見つけれれるからそれほど困らない? でも、こいつがいないとデモンを倒したあと自分で小銭拾いをしなきゃならないのか……ポケットパンパンになるな……いや、今はそんなことよりもだ!

 早く、早く電話を掛けないと……他の誰かにユウちゃんの口あけ予約を取られるかもしれない……。


 焦る気持ちと押せない親指に『何が魔王だ!』と、『自分はこれほど弱い人間なのか?』自問自答を繰り返す。

 一分、五分、十分……繁華街の片隅でただただ立ち尽くすだけの俺。

 そしてそんな自分の頭の中に響く言葉は『逃げちゃダメだ』の例のアレ。

 てか、ボーッとしてたら、いつの間にか数人の敵意を持った人間に囲まれてるんだけど?

 もしかしてあれか? 某ヤ◯ザゲーみたいに『繁華街を歩いてるとランダムエンカウントするお小遣いをくれる雑魚敵』的なあれの登場なのか?


 ありがたいんだけど今日の俺は小金持ち。いちいち相手をするのも面倒臭いんだよなぁ……たぶん現実世界で『ナントカの極み!』みたいなことをしちゃうと過剰防衛で逮捕されちゃうだろうし。間違いなく殺しにかかってるよね、アレ。

 そんな俺の、『見なかったことにしてやるからとっとと消えろ』という菩薩のような慈愛の気持ちを無視し、見つからないように俺を囲んでいた人間のうちの一人――パリッとしたスーツ姿のホストの様な茶髪イケメンがこちらに接触、話しかけてくる。


「お前、俺が数件(ホストクラブの面接を)失敗したからって偉そうにしてんじゃねぇぞ!?」


「いきなり何の話だよ!?

 兄さん、忙しそうに……はしてなかったみたいだけど悪いな。うちのヒメさんが是非とも一度、あんたに会って話たいって言ってるんだよ。

 悪りぃけど……ちょっとだけ顔貸してもらえねぇかな?」


「ヒメ? もしかしてさっき見てた『クラブアルティール』のナンバーワンのヒメ?」


「いや、誰なんだよそいつは……」


 もちろん風◯嬢に決まってるだろうが!! ちなみに金髪の黒ギャル系の女の子でキャバドレス姿が非常に叡智であった。

 しかし、男のこの反応からすると……どうやら煮えきらない俺の事を心配して、向こうから迎えに来てくれたとかではないらしいしな。

 そして、そういうお店でもないのに自分で『ヒメ』なんて名乗っちゃうような、ク◯ミちゃんが好きそうな痛めの女性に会いたいと思うほど俺は酔狂な人間ではないわけで。


「ならたぶん人違いだな。ちゃんと相手の人相を確認してから再チャレンジしてくれ」


 またスマホの画面とにらめっこの再開……しようと思ったら、後ろから近づいてきた新しい男が俺の腰のあたりに何か固いものを押し付けて来たんだけど?


「ケンゴ、もたもたしてんじゃねぇよ。

 オッサン、ヒメにご指名を受けるような人間なんだ、あんたの腰に当たってるモノが何かくらいわかんだろ?」


 そうだな……少し前に俺も(リンネたんに)押し付けたことがあるからな。


「いきなりチンチ」


「拳銃だよ馬鹿野郎!!」


「リュウジ! 声がデケェよ!」


 どうやらチ◯チンではなかったらしい。そもそもリンネたんのお尻に当たってたのも『俺の財布(意味深)』だしな! いや、財布に深い意味なんて無いだろ。

 てか拳銃って……ピストルだよな? えっ? 東京の風◯街ってちょっと立ち止まって店の予約をしようとしてただけでそんな裏社会的な連中に絡まれんの? そんなのゲームの中と北◯州市くらいだと思ってたよ!


「それで、いきなり人の後ろから固いものを押し付けてくるド変態(ブーメラン)が一体俺に何の用なんだ? 残念ながら俺はこれから女性と……女性と! イチャイチャタイムなんだけど?」


「オッサン、小学校の頃の通知表に『人の話を聞かない』って書かれたことあるだろ!?

 ヒメがお呼びだから付いてこいっつってんだよ!」


「ふっ、その程度のこと……小学校どころか中学校の通知表にも書かれていたが?

 あと通知表じゃなくて通信簿、むしろ『あゆみ』な? あ・ゆ・み」


「呼び方なんてどうでもいいんだよ!

 オッサン、もしかして人が多いから俺がハジケないとでも思ってんじゃねぇだろうな?

 このまま二、三発後ろからぶち込んで大人しくさせてから引き摺って行ってもいいんだぞオラ!」


「バックから二、三発ってお前……やっぱり押し付けてんのチ◯チンじゃねぇか!?」


「だからちげえっつってんだろうが!!」


 カルシュウム不足なのか、怒りそのままに俺の後頭部を『腰に押し当てていた何か』で殴りつけてくる後ろの男。

 いや、それ拳銃じゃないのかよ? それで脅している相手の体から離し、あまつさえ暴発するかもしれないもので殴るとかお前の頭ギャー◯ルズかよ。確かに前の雰囲気イケメンと比べるとドテ◯ンみたいな顔してるけど。

 特に躱すこともなくそのまま殴られるも――痛みを感じることもなければ微動だにすることもなく。


「がっ!? 痛って!? なんなんだよ一体!?

 こいつの頭岩か何かで出来てんのかよ!?」


 むしろ殴りかかってきた男の、引き金に通していた人差し指に大ダメージよ与えたようである。

 ……どうやら銃のセーフティロックは外してなかったらしく、暴発はしなかったようだ。つまり最初から撃つ気は無かったってことだな。


「リュウジ! 余計なことをすんじゃねぇよ!!

 すまねぇな兄さん、別に俺らもこんなとこで事を荒立てたくはねぇんだ。

 ……あんたも特殊ナンタラの人間なら一般人に被害の出るようなことは避けたいだろ?」


「いや? 別に見ず知らずの他人が何千人何万人どうなろうが俺の知ったこっちゃないが?」


「悪魔かお前は!?」


 そもそも特殊ナンタラの方から来ただけで、組織の人間では無いしな。

 ……てか特殊ナンタラ? 俺が特殊性癖だとバレてるわけではないよな?

 てことは……こいつら地廻りのチンピラとかそういう連中じゃない……ってこと?

 俺がATMで金を下ろしたのを見たからつけてきてカツアゲしてやろうとかそういう連中じゃなかったの?

 あっ! 特殊ナンタラを知ってるとか、こいつら……もしかしてあの時の変態の仲間か?

 い、いや、もちろん最初から気づいてたし? 言われなくとも知ってたけどね?

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