第015話 イントロダクション・稗田貴子の憂鬱。 その2
本部管理室の北条牧子が中心となり構築した各地区の室長達と直接のやり取りをするためのリモート会議。
彼女や本部の一部の人間は中務省には発見されていないと勝手に思い込んでいたようですが……まぁ居なくなった人間の事などどうでもよろしいですね。
そこで姉小路彩芽に件の召喚師との『お取引』を進めてもらったところ、さっそく二日後には現物を本部まで持参してくれました。それもお取引相手である『彼』まで伴って。
間にあった邪魔なパーツをいくつか取り除いただけで、これほど素早く的確に物事が進むなんて……いえ、これは彼女が仕事が出来る人だからですね。
そんな彼との邂逅は……あちらの先制攻撃から始まりました。
いきなりの自慢になってしまいますが、私、凄くモテるんですよ。
本来の美貌と日々の弛みない研鑽の成果でもあるのですが……それだけではなく、昔から我が家の女系だけに発現する事のある『ウズメ様の魅了の力』も影響しております。
そんな私の魅力の根幹を、まさかひと目見ただけで見抜かれるとは……それも正確に、アメノウズメ様のお力であることまで。……いえ、そこまでは……良いのですけれどね?
さすがに目の前の女性に対して『廉価版』発言はいかがなものなのでしょう?
もちろん傾城や傾国と言われるほどの魅力では無いことは理解しておりましたが……アジア地域では『今貂蝉』、欧米地域では『東洋のクレオパトラ』とまで呼ばれておりますのに!
……と言いますか、この魅了の力の『本家』のような方々のお名前……種族名? のようなものを口にされたみたいですが、もしかして太郎様はそのような方々とご親交があるのでしょうか? 吸血姫とか夢魔女王とかものすごく物騒な二つ名なのですが……。
まぁそのようなことはさておき、まずは改造異石のお取引です。
お取引……なのですが、そういえば彼、手ぶらなのですけど?
えぇー……何の前触れもなくいきなり何も無い空間から品物を取り出すのですか!?
姉小路さん? これは一体……どうして目をそらすのですか……。
もちろん余計な追求はいたしませんけどね? それでもほら……そちら様から少しくらいのお気遣いは……ねぇ? いえ、これも彼が私に心を許してくださっているからだと、良い方向で捉えておきましょう。
「ありがとうございます。間違いなく『品物』はお受け取りいたしました。
お支払いは本日……は時間的に間に合いそうにございませんので明日の午前中に必ず。こちらが契約書と受取書になるますのでご確認くださいませ。
しかし……正直なところ、こちらでご用意いたしました『ご謝礼』は本当の意味でご満足頂けるモノでは無かったと思うのですが。
それでもこうして直接のお取引、それも危険があるかも知れない所、こちらまでお持ちいただけたのはどうしてでしょうか?」
それでなくとも前例、移送中を襲われたキンジョウと言う男の例もあるのだ。
彼としては大阪で品物を渡してしまえば後はどうなろうともこちらの不都合なのですから。
「そうですね。少なくとも室長さんが自己判断でどうにか出来る最大の誠意を見せて貰えたからですかね?
そもそも最初から国に逆らうようなつもりもなかったですしね?
……そちらから喧嘩を売るような真似をされない限りは。
少なくともこれからもお取引をするであろうお相手には多少のサービスくらいはしますよ?
危険に関しては、自分にとっては脅威となるようなモノは無いと自負しておりますので」
なるほど。私の知る限りではこの国で随一の力を持っている方ですのに至って常識的、それもその性根は善良な方なのでしょう。
「太郎様、そろそろ室長ではなく名前で呼んで頂ければ嬉しいのですが?
帰りの際も、ご自分の安全だけではなく私の安全も保証していただけると信じてますからね?
そして、もしもご希望でしたら公私にわたり、お側でお世話させていただくことも吝かでは」
「あっ、そういうのはいらないです」
「食い気味にノールックで否定されるとさすがに私でも傷つくんですからね!?」
「ふふっ、彩芽さん、あなたでも袖にされることがあるのですね?
では私なら」
「もちろん結構です。と言うかそんなに目を見開いて驚くようなことですかね?
だってほら、若づ……お若い見た目ですけど、ヒエダさんも室長さんと同い年くらいですよね?」
「全然違いますけれどっ!? 私の方が一歳も年下ですけれどっ!? 彼女が中学1年生の時私は小学六年生でしたけれどっ!?
いえ、そもそもそれを言うのならば太郎様も姉小路と変わらないですよね!?」
何を言っているのでしょうかこの人は? この年齢の女性の一歳の違いを軽く見ると殺し合いが起こりますよ?
ま、まぁ? 私は物わかりのいい性格のおおらかな淑女ですので? その様な細事はまったく気にいたしませんけれど?
まったく気に、いたしません、けれどもっ!?
「どうしてご自分ではなく室長さんを例えに出したのか……。
世間一般(しもじも)ではそれを『同い年くらい』って言うんですよ?
あと俺の彼女(と言い張っているちょっとヤベェ女子高生)の戦闘力……じゃなくて年齢は十七歳です」
「なん……だと……
ああ、なるほど。彼女『さん』十七歳ということですね? 私より年上ではありませんか」
「いいえ違います。彼女の年齢はただの十七歳です。
いや、別に自分の交友関係とかどうでもいいですよね?
お話が終わったのなら行きたいところもありますのでそろそろお暇したいんですけど?
……いや、どうしてそんなキョトンとした顔をしてるんですか?」
えっ? だって……私とこうしてお話する以上に大切な何かが存在するなんて……そんなことありえます?
「そ、そうですか。ええと、太郎様は関西……大阪の方なのですよね?
こちらは不案内でしょうし、よろしければ私がお供をさせていただきますが」
「えっ? いえ、さすがに女性にアダルティなお店を案内してもらうのは気が引けるのですが」
「あなたは一体何処に行こうとしているのですか!?」
いえ、大人の接客業をしているお店だとはわかりますけれども!!
まったく、この方は一体何を考えて……ああ、なるほど……そういうことですか。
ご自身がこうしてこの場まで出向かれたこと。
そしてお一人でここから出られてうろつかれようとされていること。
彼がここから出てゆくのを外に知らせたり慌ただしく動くような人間を探せと。つまり……自らを囮として、こちらの内部に居る『内通者のあぶり出し』をしてくださると。
(※クロウの目的地は池袋、鶯谷、吉原方面です)
そしてそんな、一人きりになった彼に対する『改造異石を製造する組織』からの接触者の確認。あわよくば一人でアジトに乗り込み、その殲滅まで考えておられると?
(※クロウはアダルティな動画に出演されている女優さんの在籍店に行こうとしております)
「確かに……太郎様がそちら方面(召喚師として上級異界を一人で攻略出来るくらい)にお強い方だとは存じておりますが」
「えっ!? どうして自分がそっち(精力)方面が強いなんて知られてるんですか!?
……もしかして(室長さんの胸部や稗田さんの臀部を見つめる)視線とか挙動が気にかかったりしてました?」
「いえ、私はその、残念ながらそれほど(戦闘)経験が多いわけではございませんので……でも、姉小路からの報告である程度の推測はついております」
「室長さん……一体何を報告してるんだよ……
あと(性的な)経験が多いのはそれほど自慢になることではないかと思いますが。
むしろ箱入りのお嬢様にしか見えない稗田さんは(性的な)経験が全く無いのでは? と、思っていましたので、ちょっとだけショックを受けている自分がいますが」
「ふふっ、これでも母親似で、昔からお転婆なところがあったのですよ?
でも、それでもですね! さすがに一人でうろつかれるのは危険かと」
「お、お母様も(性的に)奔放な方だったのですか……。
危険……確かに『(ボッタクリ的な)強引な客引き』とかいるらしいですもんね」
「そうですね、『強引な(命を狙うような)客引き(刺客)』と遭遇する……むしろそういうのをお探しなのでしょう?」
「ははっ、まさかそんな(どうしてわざわざそんな店に行かなくちゃならないんだよ!)」
「ふふっ、わかっておりますとも(もしかして……いえ、もしかせずともその行動はすべて……私のためなのですよね?)
心を決め、戦場(いくさば)に向かう殿方にこれ以上……残される女が何かを言うのは野暮だとわかってはおりますが……それでも一言だけ伝えることをお許しください。
……必ず、必ず無事に戻ってきて……くださいね?」
「戦場?(ああなるほど! 確かに一戦交えるつもりだからな! 上品なお嬢さんはそう表現するのか! ……いや、それむしろ下品じゃね?)
……もちろん無事に(と言うか帰ってくるって何? もしかして宿とか用意してくれるってこと?)戻ってきますよ。
といいますか、とりあえず連絡先とかお聞きしてもよろしいですかね?」
「太郎様、先に連絡先を聞くべき相手が隣に座っておりますが?」
「彩芽さん、野暮なことはおよしなさい」
私の個人的な名刺をそっとポケットに仕舞い応接室を出てゆくあの人。
誰かを見送るのがこれほどセツナイことだと初めて知った稗田貴子、ウン十ウン歳の夏の日でした。
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