第014話 イントロダクション・稗田貴子の憂鬱。 その1

 私の名『稗田(ヒエダ)貴子(タカコ)』。

 天孫降臨の際、ニニギノミコトと共に高天原より葦原中津国に下ったアメノウズメを祖とする……まぁ眉唾ものの昔話ですね。

 ウズメ様、どちらかといえば『天孫降臨』よりも『天岩戸隠れ』の方で有名な神様ですし。

 そんな私……と言いますか、我が家の家職は日ノ本の『裏』のまとめ役。


 もちろん『裏』と言いましても暴力的な権力のお話ではないのですよ? いえ、ある意味暴力的な力を有していることに間違いはないのですが。

 そう、稗田家がまとめているのは古くは陰陽師、最近では召喚師と呼ばれる方々の組織。

 普通の方にはあまり縁のないドロドロとした闇の世界。魑魅魍魎を退治する技術を持った方々にお仕事を『お願い』する為の組織の長なのです。


 まぁそのような前置きはさておき。今、日ノ本が……いえ、世界が置かれている危険な状況。

 一昔前ならば我々の相手は地域に根づく怪異――人に害を為す『霊』や『妖怪』を退散させれば良いだけのお仕事だったのですが。

 数度の世界大戦を経て、いつの間にやら知らぬ間に。世界中に広がった『異界』なるものが発見され。

 最初は陰陽師が対応していた怪異退治でしたが……気づけば『召喚師』なる者が深く関わるようになっておりました。

 それも仕方の無いことではあるのですけどね?


 人の世が、夜でも明るく照らされるようになってからは怪異の力もずいぶんと弱まったと聞いておりましたし、怪異の力が弱まれば……当然それを退治する陰陽師も平安の昔ほどの力を必要としなくなる。風が吹けば桶屋が儲かる。洋風に例えるならバタフライエフェクトと言うものでしょうか。

 はい? 『仏教系の退魔師も昔から居るんじゃないのか』ですって?

 彼らはほら、別組織ですので……つまり、こちらの言う事をまったく聞いてくれないのです! もうね! 本当にもうね! ……いえ、これ以上は話(愚痴)が長くなりますので止めておきましょう。 


 コホン、話が逸れてしまいましたが今大切なのはクソ坊主ではなく『異界』のお話ですからね?


 さて、いつの間にやら地球上に現れた異界と言う名の別世界。

 まるで隠れ里のように普通の人間には見つけることの出来ない場所。

 地球に『生態系』があるように、異界もその存在する場所により『中に現れる怪異』――デモンと呼ばれる者達の強さに違いがあるのは当然のことで。

 私達はその異界を、そこに住むデモンの強さで分類して『十段階の位階』と『五つのランク』で分けることといたしました。


 もっとも、位階の方は召喚師(デモンサマナー)が使う道具、異界に適正者が初めて入った時に携帯電話やススマートフォンなどの情報端末が変異する『デモン召喚デバイス』で表示されるモノを基準としているのですが。

 そんな異界の位階とランク。

 我々の業界では『十位と九位が下級』、『八位と七位が中級』、『六位と五位が上級』、『四位と三位が極級』、『二位と一位が神級』となっております。


 もちろん『二つの位階で一つのランク』となっていることには意味があるんですよ?

 それは異界を制覇した時に得られる『力の器』、異石の種類が上位のものに変化するから。

 もっとも……第五位階、上級でも最上位の異界主を倒せるような陰陽師も召喚師も――もちろん退魔師も『これまでは』存在しませんでしたので、五位以上の異界につきましては『たぶんそうなっているのだろうな』と言う想像でしかありませんでしたから。


 そんな、古くからの怪異がやっと脅威とならなくなった現代に、新しく、まるで弱くなった我々の事を嘲笑うかのように現れた異界。

 ですが、それはあくまでも異界の中に入らなければこの世界には何の関係もないこと。……の、はずだったのです。

 変化があったのに変化のない生活に私達は油断していたのでしょうね。いきなりイギリスの『魔術師組合(マジカルギルド)』より緊急の連絡。下位でありはしましたが、異界の中からデモンが出てきたとのこと。


 捜査協力と少しでも正確な情報を得るため、当然のように慌てて現地に向かう私。

 ひと月、半年、一年……これといった成果を得られもしないまま過ぎ去る日々。

 新たにフランス、スペイン、中国、インド、オーストラリアでもデモンが人里で散見されるようになり、世界中を駆けずり回る羽目に。

 デモンが出てきた原因もまだ究明されてもいないませんのに、今度は人工的に異界を作ることが出来る組織ですって!?


 忙しい、クソ忙しい……いけません、言葉の乱れは心の乱れですね。

 でもですよ? 猫の手、亀の手、孫の手でも借りたいほどに多忙な状況ですのに日本から、


『裏の動画サイトにスナッフフィルムを投稿している連続殺人鬼を発見。尚、その男は『デモン』を使った殺人を行っている模様』


『未確認ではあるが連続殺人鬼は『人工異界』内で犯行を繰り返している模様』


 ……そうね、世界中で騒ぎが起こっているのに日本だけが静かなはずが無いものね。


『連続殺人鬼の使用しているらしき異界を発見!

 異界の階位は第十位階と判明。本部管理室の判断により捜索及び捕縛のための人員を派遣予定』


『本部管理室ヨリ連絡 我 コレヨリ異界二突入ス!』


 待ちなさい、ちょっと待ちなさい! どうしてたかだか本部の管理室がそんな大事な決定をしてるいるのよ!?

 ちゃんと中務省の判断はあおいでいるのよね? 他の省庁との折衝は済んでいるのよね?


『……善戦スルモ現場ノ判断二ヨリ転戦ス』


 何なのよその大本営発表は!! 要約すると『負けました、逃げました』じゃないの!! 完全に失敗してるじゃないの!!

 慌てて日本に帰った私に提出された大量の報告書の中から今回の件の顛末を読んで見ればせっかく見つけた犯人は逃走、殺人犯として表の世界でも指名手配されていた人間を取り逃すと言う惨憺たる状況……。

 馬鹿なの? 管理室には馬鹿しかいないの? 少し……数年私が日本を離れていただけで本部は馬鹿の巣窟になったの?

 姉小路彩芽が居るはずなのに、どうしてこの様なことになって……はぁっ!? 関西に室長として転任!? 頭痛い……マジ頭痛が痛いですわね……。


 ため息をつきながら報告書を順番に処理……あら、その姉小路彩芽からの報告書もありますわね。

 今の私に必要な情報だけを取り出すと、


『関西支部より連絡:

 件の連続殺人犯、新大阪駅構内の監視カメラでそれらしき人物を確認。これより警戒体勢に入ります』


『関西支部より連絡:

 件の連続殺人犯、支部人員と協力者により確保。

 支部人員の報告によれば協力者が人工異界より『改造異石』入手とのこと』


『関西支部より連絡:

 連続殺人犯、キンジョウ移送の件ですが正気ですか?

 『改造異石』という組織的な犯行を伺わせるモノがある以上、現状での移動は危険すぎるかと思われますが……

 とりあえずこちらで情報を入手してから移送するべきではないかと思われますがいかがでしょうか?』


『関西支部より連絡:

 了解いたしました。今回の件、諫言を受け入れない『本部の判断』と言うことで処理させていただきます。

 尚、改造異石の取引に関しましてそちらから提案された『一千万円』という金額は冗談でしょうか? それとも悪ふざけでしょうか?

 こちらでの交渉予定金額は二億円から。値上がりはあっても値下がりは無いと思ってください』


 えっ? 取り逃がした犯人、もう捕まえたの? それも改造異石まで入手出来そうなの? さすが本部きっての切れ者と呼ばれていた姉小路彩芽ですね。

 それに比べ本部の対応は一体……というか犯人のキンジョウ、姉小路彩芽の想定していた通り移送中に暗殺されてるじゃない!!

 その上! 改造異石のこの取り扱いは一体何なのよ! 未だにどの国でも詳しく分かっていない、調べようもない人工異界の証拠品なのですよ? それを一千万と査定するとは……。


 中務省に上手く隠してコソコソと地方に命令をしているようですが、あなた達が使っているリモート会議のチャンネルなどとうの昔にハッキング済みなのですからね?

 この際ですから風通しを良くするためにも、綱紀粛正を兼ねて一度現場で知らしめておかないとなりませんね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る