第008話 特殊事象課関西方面管理室室長・姉小路彩芽

「室長、大変です!」


「アカリさん、あなたのその『大変です!』を聞くたびに私の胃が物凄くダメージを受けるのだけど……もう少しこう、思いやりと優しさを兼ね備えた言葉に言い換えは出来ないかしら?」


 前回彼女がこの部屋に駆け込んできたのは大阪城にある……いえ、あった上級異界が何者かにより攻略されたと報告された時。

 その件も未だに解決の糸口すら見つかっていないのに、新しい厄介事を持ち込むのは勘弁してほしいのだけれど?


「大変を言い換える……緊急事態です! とかですかね?

 でも大丈夫ですよ!? 今回は良い方の大変ですので!」


「私の中で『大変』に良いイメージは全くないのだけれど……

 それで、今日は何があったのかしら? 出来ればこのまま何事もなくランチに出かけたいのだけれど?」


「ランチ、今日はシュラスコとかどうでしょう?

 ええと、室長は浪速区方面の見回りを担当しているスザクカズミという三等召喚師をご存知でしょうか?」


「あなたと一緒に行くわけではないのだから『どうでしょう?』と聞かれてもこまるのだけれど。

 スザクさん……確か『狛犬』の飼い主だったかしら?

 普通の新人よりもランクの高いデモンを仲間とすることに成功した女性だと報告があった気がするのだけど」


「おお……さすが年の功! よくご存知で!」


 この子……ちょくちょく褒めてるふりでディスってくるのだけど、私に何か不満でもあるのかしら?


「それで、そのスザクさんがどうかしたの?」


 もしも『良い報告』と聞いていなければ、例の連続殺人犯絡みしかないと思うったのだけれど、さすがに被害者が出て良い報告とは言わないだろうし……。


「はい、それがですね! 彼女、本日も恵美須町から日本橋方面に向かって新規異界の探索をしていたらしいのですが。

 そこで第十位階の位階を発見、単独で中に入ったところ『想定範囲外異界(イレギュラー)』であったらしく」


「それのどこが良い報告なのかしら!?」


「それも、入口と出口が異なる……程度のイレギュラーではなく、最近連絡のあった『A異界(人工異界)』の可能性が高い『等級偽装異界』だったらしく」


「本当にそれのどこがいい報告なのよ!? シングルでも危険なのにダブル、トリプルのイレギュラーとか完全にこちらを殺しにかかってきているじゃない!

 あとその『だったらしく』って言う不穏な空気しか感じない言い回しはどうにかならないかしら!?」


「さらに、その異界の中で最近関西に流れてきた例の殺人動画(スナッフフィルム)投稿者と接触してしまったらしく」


「ごめんなさい、ちょっともうお腹いっぱいでリバースしそうなのだけれど……その話はまだ続くのかしら?」


「むしろここからが本題です!」


「そこからが本題って……新人サマナーが連続殺人鬼と出会った結果なんて、最後まで聞かなくとも『惨殺死体で見つかりました』以外に何があるっていうのよ!」


 というか、そんな報告を嬉しそうな顔でするこの子……サイコパスなのかしら?


「それがですね! 同日同時刻にたまたま同じ異界に侵入していた所属不明のサマナーによりスザクさんは保護され、殺人動画投稿者――金城実の身柄も捕縛されました!

 ふふっ、やりましたね! 室長が関東からこちらに左遷されてから早二年……あちらで取り逃がした特殊犯罪者をこんなに、ほとんど被害も出さずに捕まえることが出来るなんて!」


 別に私は左遷されたわけじゃないのだけれど!? ただちょっと上司……色狂いのクソBBAと反りが合わずに掴み合いの大喧嘩をしたら翌日に辞令が出ただけで!

 いえ、今はあの女のことなんてどうでもいいのよ! ……えっ? 犯人を……捕縛したですって?


「ごめんなさい、ちょっと頭の中を整理させてほしいのだけれど……

 イレギュラー、それも等級が偽造された人工異界なんていう厄モノ……新人サマナーならチームで侵入したとしても、全滅しても不思議じゃない異界からスザクさんが生還した……ここまでは大丈夫ね?」


「はい! 合ってます!」


「そしてその立役者は新人のスザクさんではなく、たまたまその場に居合わせた所属不明のサマナーだったと……

 いえ、何なのよ所属不明のサマナーって!? 例の(大阪城の)件があってから大阪に移動してきたサマナーは有名無名関わらず徹底的に調べ上げたわよね? それなのに所属不明って……」


 中級サマナーすら数人殺している武闘派の人殺しを、足手まとい(スザクさん)を抱えた状況で殺すこと無く捕縛出来るほどの力を持った正体不明のサマナーが居たってこと?


「連絡を入れてきたスザクさんにその功労者……詳細な情報はまったく分かっておりませんが、年齢は二十代後半で性別は男性、彼女の命が助かっていることから善性な人間だと判断いたしましたので、キンジョウの護送と一緒にその方も事務所までお連れするように指示を出しておきました!」


「そう。それは何より」


「ふふっ、良かったですね! お相手は二十代後半らしいですよ! 腕の立つ方みたいですし、もしかしたら室長にも春が……晩春がくるかもしれませんね!」


 ……よし、とりあえず何らかの言いがかりを付けてこの子のお給料を減給してやりましょう。



~ クロウと面会、その帰宅後 ~



「怖い怖い怖い怖い……何なの!? あの人は一体何なの!?

 ちょっとした会話のやり取りで心臓麻痺を起こしそうな殺気をぶつけられたのだけれど!?

 ……アカリさん、替えのショーツとか持ってるかしら?」


「私と室長ではお尻のサイズが違いますので予備があっても入らないと思いますよ?

 そもそもその予備は私が使いましたし」


 スザクさんに伴われてここを訪れた男性、『山田太郎(仮)』。


「しかしなんといいますか……見た目は極々普通の平々凡々とした、これと言った特徴のない男性に見えましたけど……室長が無礼を働いた時のあの威圧感、あんな殺気を向けられたら体が縮み上がって……うちに所属しているどのサマナーでも対処できませんよ?」


「べ、別に……ちょっとカマをかけただけで、無礼までは働いていないと思うのだけれど? 男女の可愛い掛け合いみたいなものだったでしょう?

 あと彼は平凡……ではなかったと思うわよ? 確かに見た目に目立ったところはなかったけど、なんというかこう、特別なオーラみたいなものが全身から滲み出ていた気もするし」


「良いですか? 大切なのは室長がどう思ってあの様な行動を取ったのかではなく、あの人がどう感じ取ったかなんですよ?

 それにオーラって何なんですか……そんなスピリチュアルな話をされましても……

 ああ、もしかして殴られた後に優しくされたら依存する感じのあれですか?」


 そ、そんなことくらい言われなくともわかっているわよっ!


「私はそんなDV彼氏に依存するような女じゃない……はずよっ!

 そもそも彼は女性に暴力を振るうような人には見えなかったわ!」


「異性をまともに観察、判断できるだけの能力があるなら室長はすでにご結婚されていると思いますが? でも、スザクさんのお話では結構なセクハラ男みたいでしたよ? それも胸ではなくお尻の大好きな……ああ! なるほど!

 室長はまな板ですけどお尻は大きいですもんね! あの人が『尻の大小に貴賎なし!』ってタイプの尻フェチならチャンスがあるかも! ……あればいいですね?」


「あなた、そろそろ本気でぶん殴るわよ? 威圧を向けられた後は平身低頭に平謝りしてちゃんと許してもらえた上で和やかに交渉出来たでしょう!

 そもそも、そんなに言うのならアカリさんが率先してあの人に取り入ればよかったのではないのかしらっ!?」


「その交渉にしても間にスザクさんを挟んでのもので、室長は連絡先も教えてもらえなかったじゃないですか? いえ、それを言うならスザクさんも偽名と電話番号しか聞かされてないみたいですけど。

 えー、私はアレですよ? 良さそうな男性だったから室長に譲ったんですよ? アネコウジさんならやれると! むしろヤれる、ヤられて幸せを掴めると信じたんですよ!」


「どんな幸せなのよそれは……この歳で体だけの関係とか勘弁して欲しいのだけれど……いえ、そんなこと今はどうでもいいのよっ!

 最近の府内全域での異界の消滅……否定も肯定もしなかったけれど、間違いなく彼の仕業よね?」


「そうですね。スザクさんがあの人に異石の買い取りの話をした時に「えっ? 四面体(三角形)の異石でも税抜きで七十万円になるの!? じゃあ六面体とか八面体は!? ……いや、もちろんそんなモノは持ってないんだけどね?」って言ってましたもんね。隠す気があるのかないのかよく分からない人ですよね」


「そうね。いえ、たぶん隠すつもりは無いのではないかしら?

 おそらく……こちらがどのような反応をするか、どれだけの報酬が用意出来るのか見定めているのでしょう」


「あー……確かに、今回の異界から持ち帰った異石も譲ってはもらえませんでしたもんね。第十位階――最下級と判断された異界なのに回収されたのは『四面体』ではなく『六面体』。それも普通のモノではなく何者かにより加工された、人工異界の情報が得られると思われる特別なモノ。

 キンジョウの捕縛だけでも大金星ですのに、そんな異石まで本部に提出したらどれほど評価されるでしょうねぇ?

 まぁ室長が交渉に失敗してしまったので入手は出来なかったんですけど」


「べっ、別に失敗したわけではないわよ?

 そもそも六面体の異石と言うだけでも引取価格は一千万円。それが人工異界関連の特別なモノだとなると三倍? それとも五倍? 私の一存で決められるはずなんて無いじゃない!

 それなのに、「適正価格でこの場でお支払いいただけますか? ああ、もしも買い叩かれたと分かった時は……それなりの報復に出させていただきますのでご了承を」なんて脅かされたら……『上の者と相談させてください』以外にどういう対応すればいいのかしらっ!?」


「そんなことただの事務員の私に聞かれましても『お好きにどうぞ?』としか答えられませんが?」


 おそらく、物凄く苦い顔をしてアカリさんを睨んでいるであろう私。

 大阪、いえ関西、もしかしたら日本一のサマナーであろう彼との出会い。

 この出会いをどう活かせるのか……いえ、まずは現金を用意することからね。

 そして出来れば彼に特殊事象課に所属してもらえるように頑張らなければ……もしかすると私の旦那様になる男性かもしれないのだから!

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