第004話 デビ……デモンサマナー・カスミ!

 仕事帰りにコンビニでプリンを買うのを躊躇うほどに金銭的に追い詰められた私。

 そんな時、久々に見つけた……いえ、見つけてしまった低級異界。

 地獄に垂らされた希望、光り輝く蜘蛛の糸に見えたそれが『違う地獄への入口』だったのだと少し後の私は知ることになる。


「うう……どうして、どうしてこんな時に限って、こんなイレギュラーが起こるのよ……」


 初心者講習の座学で『入口と出口が違ったり異界主を倒さないと出口が発現しない』イレギュラーな異界があるとは確かに聞いてはいたわよっ!

 でも、確率的には数%しか無いはずよね!? そんなモノに当たるのは今ではないんじゃないかしらっ!?

 なんて、なんてタイミングの悪い……もしかしてこれが継続率八十%なのに二回目で確変が終了する法則なのかしら!?


「大丈夫……大丈夫よ私! そうよ、ここはたかだが第十位階の異界じゃない! 異界主だって……一人で倒せない強さのはずなんてない! ……わよね?」


 そう、私は優秀な(デモンを仲間にした)デモンサマナーなのだから。

 たかが出入り口の場所が違う程度で狼狽(うろた)えてなんていられないのよ!

 軽くその場で深呼吸……少しだけ落ち着いた私。でも、そんな私を再び狼狽(ろうばい)させたのは回りの、いつもとは違う異界の景色だった。

 そう、研修中に四度入った異界は、多少の違和感――道路や廊下が広かったり、毎回空が濃い曇天に包まれていたり、電気の灯っていない室内が明るかったりなど――はあろうとも、その入口があった近辺の建物や地形をコピーしたような世界だった。

 でも、今私が立っているこの場所は……。


「どうして南海沿線で見つけた異界の中がトンネルなのよ……」


 平らな地面に綺麗に敷き詰められた砂利道。

 コンクリートブロックが隙間なく並べられた真っ直ぐに伸びる逆∪の字の通路。

 トンネル……いえ、もしかしたら線路が敷かれていない地下鉄なのかしら?

 後ろはもちろん行き止まり、先はどこまで続いているのかわらない漆黒の闇。

 何度も入った異界と同じで自分の回り数メートルが見渡せることだけは幸いだった。


「私、閉所恐怖症とかじゃなかったはずなんだけど……空が見えないってだけでこんなに圧迫感を感じるんだ……」


 異界というよりもオカルトスポットにひとりきりで放り出されたような感覚に陥る私。

 肩に掛けていたバッグから『デモン召喚デバイス』――最初に異界に入った時にいつの間にかスマホに色々な機能が追加されていた――を引っ張り出し、慌てて私のパートナーである『コマちゃん』、狛犬の子犬を召喚……力いっぱい抱きしめる。


「ワフッ!? アオン!」


 いきなり抱きしめたので少しだけビックリ、でも嬉しそうにパタパタとその小さな尻尾を振るコマちゃん。

 彼女の種族は狛犬、でも神社の入口を守護する唐獅子のような外見ではなく、ブッシュドッグ(ヤブイヌ)の様な独特のお顔と体型をしたコマちゃんの可愛い成分を吸収し、また少しだけ落ち着きを取り戻せた私。


「よし! コマちゃんパワーで元気ハツラツ!」


 気を取り直し、デバイスの『所持アイテム』欄を開き、今持っている荷物、異界で稀に見つかるアイテムを確認する。

 手持ちはコマちゃんの体力(HP)回復用の塗り薬が三つ、魔力(MP)回復用の飲み薬が一つ。ちょっと頼りないけど、デモンからのドロップアイテムに期待してなんとか頑張るしかないか……。


「うん! 私達なら大丈夫! その証拠にまだ一度も死んだことがないものね!

 低級異界なんてさっさとクリアしちゃって、ボーナスで美味しいものでも食べに行きましょう!」


「ワオンッ!」


 そう空元気を振り絞り異界の奥へと進む私とコマちゃんだった。

 ……うん、この時はまだ威勢がよかったのだけどね?



「何なのよこの異界は? ほとんど一本道の通路をこれだけ歩いているのに……どうしてデモンが一体も出てこないのよ……」


 もちろんデモンになんて出会わない方が怪我もしないし、生きて外に出られる確率はあがるんだけど……もしも数体、数十体のデモンに一斉に取り囲まれたりしたら?

 怖い、怖い、怖い、怖い……。

 音もない、自分の回りを照らす頼りない光で見える範囲以外は真っ暗な変化の無い世界。

 いつ、どこから襲われるかわからない状況が延々と続く極限の状態。

 もしも私のバートナーがコマちゃんではなく、事務所の先輩たちが連れているようなバケモノだったら既に心が折れていたかもしれない。


 ……いったい私は何時間歩いているのだろう?

 その場に座り込み、大声で助けを求めながら泣きわめきたい感情をぐっと抑える私。

 ……もう少し、もう少し歩けば何かが……。

 そんな私の想いに神様が答えてくれたのか、通路の先にオレンジ色の灯りが見えたのはそこからどれほど歩いてからのことだったのか?

 そこに向かって走り出したくなる気持ちをグッと抑え、コマちゃんと二人で先程までより警戒心を強めながら進んでゆく。


 近づくほどに明るくなる、まるでキャンプファイヤでもしているかのような強いオレンジ色の明かり。

 もちろんこんなところで焚き火なんてしている酔狂な人間はいないと思うけど。

 そしてその光の近く、照らされるように立っていたのは……。


「おや? こんなところで他の方と遭遇するとは珍しいこともありますね?

 もしかして迷子のサマナーさんですかな?」


 不健康なほど痩せた、ギラギラとした目で薄笑いを浮かべる不気味な顔をした四十代の男と、その男が使役しているであろう見たこともないほど屈強な体をした『犬人(コボルト)』の姿だった。



【魔王、何も知らずにマイペースに通路を進む】


「第十異界ってだけでもテンション下がってたのに、中に入ってみたらトンネルの中ってどういうことだよ。

 暗い、狭い、ジメジメするで最悪なんだけど? もしもこれで壁面に大量のナメクジとかいたら絶叫しちゃうからな?

 こんなことなら某テレビ局が特番まで組んで宣伝してた某国の激安通販サイトで売ってた、百万ルーメンの明るさの手のひらサイズ懐中電灯とか買っとけばよかった」


『キミは相変わらず愚痴が多いなぁ……まぁ体は動かすから文句は無いんだけどさ。

 というか十万ルーメンでも一キロメートル先まで光が届くんだよね?

 それが百万ルーメンって……十個くらい並べたら光線兵器として使えそうなんだけど? アルキメデスの鏡とかソーラレイみたいな感じで。

 そんな危険なものを激安サイトで売ってるわけ無いないよね? 税関で絶対に引っかかるよね? その商品って間違いなく詐欺だよね?』


 そんなことはもちろん分かってるんだけどね? 某ウエブニュースサイトで検証してたし。

 ちなみに本物の十万ルーメンの明るさのライトはお値段も十万円くらいするらしい。

 そしてアルキメデス。アルキメデスの螺旋とかアルキメデスの鏡とか何かの前にその名前を付けるだけでなんとなく『古代の超技術』に聞こえるの凄いよな!

 まぁそんなことはどうでもいいとしてだな。


「てかさ、何ていうかこう……ここ、おかしくないか?」


『……キミも感じるんだ? さすがはボクが選んだバディだけのことはあるね!』


「お前それ俺を褒めてるふりをしたただの自画自賛だろ?」


 そう、今回のこの異界なんだけど……どこがどういうふうに? と聞かれても答えられないんだけど、そこはかとなくいつもとは違うのだ。


「もちろん違いがあろうがなかろうが潰すだけだからどうでもいいんだけどな!」


『もうやだこの脳筋……』


 いつも通り、浮かんだスマホとくだらない雑談を交わしながらダラダラと通路を進む俺。


「てかお前って地球の生き物ではないよな?

 そのくせ歴史から時事ネタまで妙に博識なのはどうしてなんだ?」


『ふふっ、それはもちろんボクが全知全能の存在だから!

 ……なんてことはなくて、すぐにネットと接続できる環境にあるからだよ?』


「なるほど、確かに存在がスマホだもんな! なんて便利な存在……じゃなくてだな!

 勝手に俺が……父上が料金を払ってる電話代に相乗りしてんじゃねぇよ!

 払え! お前も何かしらの対価を支払え!」


『えっ? それはもしかしてボクの体が欲しいとかそういう……』


「……お前、今晩にでもスマホでエッチな動画とか再生しながらナニしてナニをぶっかけてやるからな?」


「絶対に止めてね!?」


 同じ異界の中で女性サマナーがアレでソレな事になっているとはつゆ知らず、緊張感の欠片もない二人だった。


―・―・―・―・―


そこはかとなくカズミちゃんから漂ってくる小物のクズ臭……(笑)

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