第002話 魔王、知らないところで騒ぎが起きていた。

 真夏の日差し、アスファルトの照り返し、蝉の声。

 この辺ってシーサイドというかベイエリアだから結構海の匂いがするんだよな。

 青空の下、手を繋いで早足で楽しそうに歩く……少女(中学校のセーラー服着用)とオッサン。

 絵面がとても犯罪臭いと思うのが俺の心が汚れてるからだろうか?

 大丈夫だよね? 他所様には『仲の良い兄妹』に見えてるよね?

 あとリンネたんの手汗が凄い。


「お、お邪魔しますー……」


「いらっしゃいませ!」


「あら、クロウさん。お帰りなさい」


 駅から徒歩十数分。到着したのはもちろん勝手知らない他人のお宅。

 そしてカノンさん、俺にお帰りなさいはおかしいです。

 何の警戒心もなく母娘二人暮らしの家の中に迎え入れられ、ソファの前回と同じ場所に案内される俺。


「お外……暑かったですね!

 とりあえず汗を乾かしますのでシャツとシャツを脱いでもらってもいいですか?

 あ、先にお茶がいいですか? それともお風呂にします?」


「着ているシャツ(柄物ホワイトシャツ)とシャツ(インナー)を脱いだら半裸になっちゃうからね?

 女所帯でその行動は間違いなくアウトだからね?

 あと飲み物と風呂は二択になってるようでなってないって気づいて?

 それは「わたしの入ったお風呂のお湯飲みますか?」的な質問じゃないよね?」


「えっ!? 普通に汗を流すのにシャワーとかされるかなと思ったんですけど……

 まさか飲むんですか!? それじゃあサービスで先に湯船でおしっ」


「サービスの方向性が色々とおかしいから! あと飲まないから!

 カノンさんもそんな『あらあらまぁまぁ』みたいな呑気な顔してないでそこそこおかしな娘さんを止めてください」


 初めて会った時は儚げな、幸薄そうな雰囲気美少女だったのになぁ……。


「今日はちょこっとだけ真面目な話をするから、リンネちゃんもこっちに来て座ってもらえるかな?」


「むぅ……わたし、お兄さんといる時はいつだって真面目ないい子ですよ?」


 どこからどう見ても不真面目な変態さんなんですがそれは……じゃなくてだな。


「えっと、リンネちゃんはどうして隣に、あまつさえ肩と肩が触れ合うような距離で座ってるのかな?

 この体勢だと目を見ながらお話できないからお向かいに座ってくれないかな?」


「わかりました!」


「……違う、そうじゃない、向かい合わせで俺の膝に乗っかれとかそういう意味じゃないんだ。

 テーブルを挟んでお向かいに座ってくれって意味なんだ」


「むぅ……プクー」


 いちいちあざといなこの子!

 ジト目で、しょうがないなぁ……って感じでお母さんの隣に座り直すリンネたん。

 どうして話をする前段階でこんなに疲労しないとならないのか……。

 出された麦茶を口に含んだ後、肩から下げていたポストマンバッグからお金の入った茶封筒を取り出し机の上に置く。


「ええと、これは何でしょう? もしかして……婚姻届ですか?

 それは娘と私、どちらに向けてのものなのでしょうか?」


「お母さん! わたしに決まってるでしょう!」


「まったく違いますけどね?

 お母さんまでボケに回られると……いや、この人初対面からこんな感じだったわ。

 とりあえず……いきなりのことで失礼な事をしているのは承知の上で、それでもお願いします。

 何も言わずに、受け取ってはもらえないでしょうか?」


 おそらく中身が何かわかっているカノンさんと、頭の上に疑問符を浮かべているリンネたん。

 しばらくの沈黙の後、カノンさんが口を開く。


「やはり……親子丼的なことがご希望であると?」


「まったく違いますけどね?」


「そうですか……ならこれは……やはりお受け取りできません。

 それでなくとも娘も私もクロウさんには返しきれない御恩がありますのに。

 これ以上、金銭的な支援までして頂くわけにはまいりません」


 なんで少し残念そうなんだよ……あと、親子丼的なお金だったらそっちのほうが受け取っちゃダメだろ……。

 最初から簡単に受け取ってもらえるとは思ってなかったけど、想像してたよりもキッパリと断られちゃったなぁ。

 真剣な顔のままじっと見つめ合う俺とカノンさん。

 封筒の中身が何かまだわかってなかったリンネたんが中を確認したあと、驚いた顔で質問してくる。


「お兄さん、このお金はいったいどういったモノなのでしょうか?」


「んー、そうだな……リンネちゃんがまた馬鹿なことをやらかさないための保険的な?」


「も、もう……あんなことは二度としないですよっ!

 それにわたしの体は……わたしの初めてはお兄さんに予約されちゃいましたので……」


「親御さんの前で不穏当な発言は控えようね?

 そうだなぁ……あっ、では結納金の積み立てということでどうでしょうか?

 俺、甲斐性とか全然ありませんので! 一括でなんてとてもお支払いすることは出来ませんし」


「ゆいのうきん? ……結納金!?

 お、お兄さん! やっぱりプロポーズ的な物だったんじゃないですか!

 も、もちろんお受けいたします!」


 いや、女子高生は三十過ぎのオッサンのプロポーズをそんな簡単に受けちゃダメだろ……。


「リンネちゃん? クロウさんはまだ『誰に対する』結納金かはおっしゃってませんよ?

 つまりお母さんもワンチャン……」


「お母さん、結納金って娘さんをくださいって親に渡すものなんだよ?

 つまり現在の三者の関係から鑑みるとわたし以外には考えられないんだよ?」


「ぐぬぬぬぬ……」


 まぁそんな方便がすぐに受け入れられるはずもなく。

 またまた数時間話し合いをした結果……。


「……また帰りに前回と同じ大きさと重量の紙袋を持たされたわけだが」


 たまに音羽家で食事を取るし、もしかしたらお泊りなどもするかもしれないので俺の食費&生活費として受け取ってもらうことでなんとか話がまとまった。

 もちろんそんな予定……ご飯はまだしもお泊りする予定なんてまったくないんだけどね?

 いや、それがどうしてパンツの持ち帰りなんて話になるんだよ! って話なんだけどさ。

 『音羽家で食事 → おかず → おかず?(意味深) → お持ち帰りください』ってことらしい。

 最近の女子高生の思考と行動がまったくわからないんだけど……。

 ちなみに一緒に渡されそうになったお母さんの紙袋は丁重にお断りした。



【???】


 少し時間が戻り、場所も変わり。

 クロウたちが呑気な話し合いをしていた頃の……梅田のとある雑居ビルの一室。

 飾り気のない事務机が並ぶだけの古ぼけたその室内には妙齢の女性が一人。


「室長、大変です!」


「朱里(アカリ)さん、某コインを投げる親分さんの所のおかっぴきじゃないのですからちゃんとノックをしてから丁寧に扉を開きなさいと何度注意すれば……

 その慌てよう、もしやまた……行方不明者が出ましたか? それとも既に亡くなられて……」


「違います違います! 今回は例の快楽殺人者のお話ではなくてですね!

 大阪城なのですが異界が! 急に消えちゃいました!」


「はあ? ……はあっ!?

 大阪城の異界と言えば大阪では最上位の『上級(六位~五位)』異界ですよ!?

 あれ以上成長しないように、デモンを間引きするだけでも大変な作業だったのに……

 それがいきなり消滅したとは一体どういうことですか!?」


「定期巡回をしていた五島田さんから緊急連絡があっただけなのでまだ詳しいことはわかってません!

 早急に剣崎さんたちのチームを現地の確認に派遣いたしましたが、異界が消えちゃってたら捜査も何もありませんよね。

 まぁでも、半年に一度本部からクソ偉そうな特級サマナーに来てもらわなくてすむようになりましたしラッキーじゃないですか?

 あっ、他にも探索班を派遣予定だった『低級(十位~九位)』と『中級(八位~七位)』の異界もここ数日で何ヶ所か消えていると報告が」


「アカリさん、言葉遣いが下品ですよ? あと、消えたことは確かに喜ばしいことですが、その消えた原因がわからないのが問題なんです!

 と言うか、他にも攻略された異界があるのですか? 低級だけならフリーの退魔師やサマナーの仕業ということも考えられるけど……

 いえ、数日のうちにそれだけの数……もしかしたら支部で確認出来ていなかった異界も……もしそうだとするならどれだけの数のサマナー集団が動いているというのよ……」


「一応確認はしましたが、『特殊事象課』に登録されている特級サマナーも『陰陽寮』に登録されている特級退魔師も大きく動いた記録は見つかってません。

 さすがに新人さんや野良のサマナーの動きは把握できませんが、海外勢の入国などもないみたいです」


「なんなのよそれ……なら第五位なんていう神域に近い異界を踏破出来るような勢力がいきなり現れたっていうこと? そんな馬鹿げた話が……それでなくとも『人工異界』なんてモノを使う犯罪者のことでいっぱいいっぱいなのに……はぁ……」


「室長、そんな大きなため息をついてると婚期……じゃなくて幸せが逃げていきますよ?」

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