第014話 魔王、エリクサーを飲んだ『リンネの母』の豹変に恐怖する! その2
リンネたんの後ろから出てきたリンネ母。
肩口で揃えられた、海の中を揺蕩う海藻のような深い深い緑色に見える艷やかな髪をした、どうみても二十代後半のお姉さんにしか見えない女性が玄関先で所在なさ気に立ったままの俺の前まで歩み出てきて綺麗な九十度に腰を曲げる。
「初めまして、リンネの母の音羽海音(オトワ カノン)と申します。
音羽山の音羽、フンフンフフフフフーンフーン♪ 女は海~の海と音羽山の音で海音です。
この度はこの様な信じられない効果のある麻や……お薬をお譲りいただいたこと、深く感謝をしております」
いや、『フンフンフフフフフーンフーン♪』って何だよ! なんとなくメロディでわかるけど! そもそも『海』の一文字で理解できるよ! 下手か! 親子揃って漢字の説明下手か!
そしてリンネたんの音羽山は母親譲りだったんだな。
あと、絶対に『麻薬』って言おうとしたよね?
「これはご丁寧に……ええと、お嬢さんの知り合い「恋人です!」……知り合い「恋人です!」ちょっと話が進まないからリンネちゃんは黙ろうね? あと恋人ではないからね?
親御さんの前だからってだけじゃなく、世間的にも色々と問題になる発言は控えようね?
ええと、自分はタツナミクロウと申します。
今回はお母さんが苦しんでおられるとお嬢さんから相談を受けまして……運良く、そう、奇跡的な確率で! お役に立てそうな薬が手持ちにありましたので協力させていただきました。
繰り返しますがお渡ししたのは『お薬』ですからね? おかしな薬物ではありませんからね?」
「はい、それはもう重々承知しておりますので。
……このお薬はこれからも定期的に密ば……取ひ……購入させていただけますでしょうか?
ああ、このようなお話、玄関先では扉越しに誰に聞かれるともしれませんので、よろしければリビングの方に」
「それもうまったく承知してませんよね?」
まったくお邪魔なんてしたく無いんだけど、この人をこのまま放っておくと俺が完全に薬の売人に仕立て上げられそうなんだよな。
後々ややこしい話になりそうなので案内されるままに――と言ってもLDKは玄関から丸見えなんだけど――お家に上がり、そこそこお高そうなソファに腰を下ろす。
お母さんは俺のお向かいに、冷蔵庫から冷たい麦茶を出してくれたリンネたんは俺のお隣に。
「いや、リンネちゃんは俺の隣じゃなくてお母さんの隣に座るもんじゃないかな?」
「大丈夫です! お兄さんとわたしは恋人なので!
(だって……お母さんにちゃんと恋人同士だって理解ってもらわないと……二人でそういうコト、出来ないですよ?)」
……そういうコトって……もしかしなくともそういうコトだよね!? ……じゃなくてだな!
いや、今回のお母さんの病気を治すための治療費。
確かに(リンネたんのうっかり八○衛並みの不用意な一言で)そういう契約になっちゃったけどさ。
でもほら、さすがに十七歳の娘さんとゴニョゴニョするのはちょっと……
いや、今はそういうことを考えてる場合じゃないんだった。
「さて、何からご説明すればいいのか……そう、ですね、とりあえずお母さんのお体のことから」
「お母さんというかお義母さんですよね!」
「私の体……つまり、これから娘と二人寝室で親子丼とか焼き鳥丼とかそういう感じの」
「お兄さんは鶏肉の入っていない卵丼が好きだと思います!」
「ちょっと話が進まないから二人とも黙っててもらえるかな?」
ということで渡したお薬の説明……なんだけどさ。
正直に「異世界から持ち帰ったエリクサーです!」などと言えるはずもなし。
そもそも言っても信用してもらえないだろうしね?
必死に魔王脳をフル回転させてたどり着いた答えはといえば、
「……つまり頂いたのは超強力な成分の麻薬ではなく、まだどの国にも認可されていないアメリカの新薬であったと?
今のこの姿は薬物による幻覚作用ではなく、本当に、本当に病が完治した結果であるとそうおしゃるんですか?」
「そうですね、少し予想外の作用も検知されますが……概ね予想通りの結果になりますね」
日本人には特に効果的な魔法の言葉、『アメリカの医学は世界一ぃぃぃぃっ!!』で押し切っちゃうことである!
ドラマとか見てても凄腕のお医者さんはだいたいアメリカ帰りだからね? テレビ世代のリンネ母なら納得してもらえるだろう。たぶんきっと、しらんけど。
「そうです。もっとも、まだまだ臨床試験すら始まっていないような開発途中の試薬ですがね。
今回は偶然にもお母さん……カノンさんの病状にピタリと当てはまり、たまたま大きな副作用もなく、たまたま運良く回復しただけですので……この薬のことを誰かに吹聴したりするのはご遠慮願いたく。
もしも世間に知られてしまえば薬事法その他、色々な法律違反で捕まってしまいますし……最悪CIAに消されることも考えられますので」
「それは……そう、ですね。私といたしましても命の恩人であるタツナミさん、いえ、クロウさんにそのようなご迷惑をお掛けするつもりなどございませんので。
わかりました、頂いたお薬のことは誰にも話したりはいたしません。
幸いなことに私は在宅療養しておりましたし、近くには近しい親戚もおりませんので。
かかっていた病院にしばらく姿を見せさえしなければそれほどの問題は起こらないかと思います。
一軒家ではなくマンション暮らしですので、ご近所さんとの面識もそれほどありませんしね?」
「なるほど。では今回のことはくれぐれも内密にお願いします」
まぁ、もしも彼女が誰かにその身に起こったことを話したところで『そんな馬鹿げた話は聞いたことがない』と、ママと兄貴に笑い転げられて終わるだけの話だしさ。
もしも疑問に思った人間がいたとして俺がどれだけ調べられようと、アメリカとの繋がりも製薬会社との関係も出てこないしね?
それでも諦めずにしつこく付き纏うようなヤツは……月の出ていない夜にでも消えてもらおう。
「はぁ……でも、それにしても……そのようなお薬を私のような他人のために使って頂けるなんて……
うっ……ううっ……なんと……なんとお礼を申し上げれば良いのか……」
「今回のことはあくまでも偶然の話ですからね。
あまり感謝されるとこちらが申し訳なくなりますので『宝くじに当たった! ラッキー!』くらいに考えてもらえればいいですよ?」
何と言っても報酬は娘さんの純潔ですし……。
リンネたんにとっては『野良犬に噛まれた』みたいな結果になっちゃってるんだから変に感謝なんてされたら胃と心が痛くなっちゃうんだよなぁ……。
結局その後も数時間、日暮れ前まで音羽家で母娘二人と話をしたあと帰宅することに。
元気になったリンネ母が『ご一緒に焼き肉でも』とか言ってたけど、さすがに病み上がりにそれはどうなのかと……。
自然回復じゃなくエリクサーによる治療だから内臓も元気になってるとは思うんだけどね?
帰り際、「……少し待っててくださいね?」と自室に戻ったリンネたんに「あの……これ……た、大切に使ってくださいね?」と、小さな紙袋に入ったお土産を貰い、連絡先の交換をしてから駅までのお見送りを断って帰路につく。
ニュートラムから地下鉄、私鉄を乗り継いでの帰宅は結構遠かったよ……。
【リンネからの贈り物】
……てかさ、リンネたんに渡されたお土産。
ぴっちりと綴じられたちっさい手提げの紙袋に入ってて物凄く軽いから一体何だろう? と思ってさ。
袋の匂いを嗅いでみたらリンネたんと同じ様な、それでいて少しだけ濃い匂いがしてるんだけど……リンネたんが使ってる石鹸? いや、それにしては軽いんだよな……マジこれ一体何だろう? と、気になって開いてみたのさ。
そしたらツルッとした生地の布でさ。 ああ、なるほど! ハンカチか! ……いや、ハンカチ? どうして?
とは思ったものの可愛い女子高生からのプレゼント、三十過ぎのオッサンからしたら嬉しくないはずが無いじゃないですか?
ニコニコしながらソレを取り出したら……パンツだった。
……ナンデ!? パンツ!? ナンデ!?
電車の中で嬉しそうな顔でパンツを取り出す三十一歳。
もうこれ犯罪臭しかしないからね? いや、パンツからはリンネたんの匂いがするんだけれども。
自分でも驚くほどのスピードで、摩擦熱で発火するんじゃないかと思うほどの速度で、でも宝物を傷つけないように丁寧にソレを袋の中に仕舞い込んださ。
てかこちらを注意深く見てるような人が居なかったからいいようなものの……危なく社会的に死にかけたからね?
いったい彼女はどんなつもりでこんな罠的なご褒美を俺に……ああ! そういえば、猿五人組を退治する報酬に『パンツorおっぱい?』みたいな約束をしたっけ……いや、それならそれで最初に「これ、パンツです!」って教えておいてくれよ!
もしも何も気づかずにそのまま持ち帰ってヨウコにでも見つかったら……恐ろしい……考えるだに恐ろしい……。
うん、義妹に発見されないためにもこれは早めにインベントリにしまっておくべきだな!
そう、決して彼女の匂いが消えてしまわないように使用時以外には鮮度を保ちたいとか、そういう邪な考えなんて全然ないんだからなっ!
―・―・―・―・―
第一章ここまで♪
というか、自分の作品の中では珍しく正統派ヒロインっぽい立ち位置で登場したリンネちゃんの未来やいかに!(笑)
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