第012話 魔王、家庭の事情に巻き込まれる。 その2

 年下の女の子の甘い囁きに脳が焼かれてしまいそうな俺。

 むしろこんがりロースト中の俺。


 わたしの初めて……あげちゃいます

 わたしの初めて……あげちゃいます

 わたしの初めて……あげちゃいます


 ……

 ……

 ……


 いやいやいや!! ちょっと!? なんてこと言ってくれてるのこの子!?

 別にちょっと背伸びした女の子の発言としては何の問題も無いんだけどね!?

 ほら、俺たちって契約の話をしてたじゃないですか!?

 今のリンネたんの発言で完全に契約成立しちゃったんですけど!?


「えー……これ、どうしよう……

 魔王との契約にクーリングオフとか効かないんだけど……」


 自分で言ったくせに、今になって恥ずかしくなったのか真っ赤な顔をして俯く彼女。

 まぁ、なるようにしかならないしな! 後のことは未来の俺がどうにか……出来るかな? 出来るといいな?

 でも、ここは平成……じゃなくて令和? の日本。

 未成年者ウンタラカンタラって法律ガガガ……


「えっと、いまさらなんだけどリンネちゃんって歳はいくつなのかな?」


「わたしですか? 十七歳ですけど……

 サー……サー……サーペン……」


「サーパンタイアな。

 呼びにくければ龍波でいいよ?」


「思ったよりも普通のお名前なんですね!? というかタツナミさんは名字ですよね?

 お兄さんのお名前はなんて言うんですか?

 あっ、私は凛音……音羽凛音(オトワ リンネ)です。

 音羽山の音羽と凛々の凛と音羽山の音です」


「漢字の説明下手か。あと音羽山大好きっ子か。

 オトワ……トトワ……本名も偽名とそんなに変わらなかったんだな?」


 そこはかとなくピアノとかバイオリンとか得意な名前である。

 きっとあだ名はウリン……なんだろう、チャンス的なモノがあったり乱世を翔けたりしてそう。


「お兄さんがそう呼んでただけで、わたしは一度もトトワを名乗ってませんけどね……」


「俺は数字の九に動物の狼でクロウ。

 そっかー……リンネちゃんは十七歳かー……」


 ぺぇの大きさ以外は『もしかして中学生?』とも思えなくもなかったから少しホッとした……いや、ホッとしてちゃダメなんだけどさ。何故ならば色々とアウトなことには変わりがないのだから。

 まぁそこは十八歳になってからとか親御さんに許可をもらってからとか抜け道も……


「いや、お嬢さんとエッチなことがしたいので許可してくださいとか親御さんに言えるか!」


「ちょっ、お兄さん!? いきなり何を言ってるんですか!?

 それはあくまでも……」


 小さな声で「一緒に暮らしてからですからね?」とか言ってるけど大丈夫だろうかこの子? そこまで好かれるような要素無いよね?

 どう考えてもストックホルム症候群的なアレだと思うんだけど……もしかして重度のファザコンという線もあるか?

 何にせよ、冷静になったら絶対に後悔すると思うんだけど……契約、しちゃったからなぁ。もちろん俺的にはバッチコイである。


「まぁよし! とりあえずリンネちゃんのお家まで案内してもらえる?

 先のことはともかくとして、とっととお母さんの治療をしちゃうからさ」


「えっ? 治療? お兄さんってお医者さんだったんですか?

 でも、ホストとかメンチカツとか……」


 こまけぇことはいいんだよ! あと俺のひび割れたグラスハートに塩を塗り込むのは止めなさい。

 戸惑いながらも地下鉄を乗り継ぎ。案内されたのは南港近くのマンションが立ち並ぶ一角。


「自分で案内しろって言っておいてアレだけど、よく知らないオジサンを家に連れて行くのはとても危険な行為だから止めたほうがいいよ?」


「お、お兄さんは知らない人ではないですから!

 あとオジサンでもないですし……」


 何この子……あまりの愛らしさに後ろから抱きつきそうになったけど、絵面が『帰宅途中の少女に抱きつく不審者』になっちゃうのでぐっと我慢。

 もちろんうちほどではないけど、築年数のそれなりに経ってそうなマンションのエレベーターでチーンと到着した一室が彼女のお家らしい。

 頼りなさげに「ただいま……」と中に声を掛けるリンネたんと、不審者では無いですよアピールのために元気に明るく「こんにちわ~お邪魔します~」と挨拶をする俺。

 ……さて、どうしよう?


 治療方法としては廉価版エリクサーを彼女のお母さんに飲んでもらうだけなんだけど……普通の人間は知らない人から渡された薬なんて飲まないよな?

 異世界だと普通に『エリクサー』で通るんだけど……これ、日本ではどう説明すればいいんだ?


「えっと、もしも、もしもの話なんだけどさ。

 俺が今、たまたまポケットの中に白血病の特効薬を持ってて、それが銀色に発光する液体だったとしたら……リンネちゃんはどう思う?」


「えっ? そ、そんな偶然ってあるんですか!?

 それに光ってる薬って……ものすごく効果がありそうですね!」


 何この子根が素直すぎるんだけど……もしかして、その文学少女(NOT響)のような見た目とはウラハラにちょっとアホの子なのかな?

 まぁ、あれだ。とりあえず、それで押し切れるとすればこれほど楽ちんな説明もないのでポケット(インベントリ)からガラス容器に入った水薬を取り出す。


「えっ!? いや、あの……えっ!?

 な、何なんですそれ!? 銀色で光ってるんですけど!?

 もしかして放射性物質とかじゃないですよね!?」


「えっ? だから先にそう言ったじゃん?

 あとそんな危ないモノを繁華街で持ち歩いてたら国家的テロリスト、今頃日本は大惨事だよ……」


「さっきのってただの例え話ですよね!?」


「まぁまぁ、とりあえずこれ。絶対に効く……ような効かないような?

 臨床実験と言うか、俺も飲んだことがあるし害のある薬じゃないから安心して?

 あと、使う前にカーテンとか雨戸を閉めるとか全身にお布団を掛けておいてね?

 長い時は五分くらい目を開けらてなれないほど眩しく体が光るから」


「体が光るんですか!?」


 手渡された怪しすぎる小瓶と俺の顔を交互に、視線を行き来させるリンネたん。

 さすがに無理矢理飲ませるのは手助けの範疇を超えちゃうので俺が出来るのはここまでだろう。


「もしも……俺のことが信用できると思ったらそれをお母さんに飲ませてあげて?

 信用できないなら……トイレに流し……たりしたらどこかの汚水処理施設で謎の物体Xとか誕生しそうだけど……それはそれで楽しそうでいいか。

 じゃあ俺はこのへんで」


「待ってください! すぐにお母さんに飲ませてきますので!

 ……わたしが戻るまで、絶対に家から出ちゃダメですからね?」


「怖いからガンギマリした目でそういうこと言うの止めて?」


 物凄く帰りたいんだけど……無言の競歩で後ろから追いかけてきそうな怖さのある顔してたからな……。

 ちょこっとだけ待ってるか……と思ったら彼女が小走りに駆けていった奥の部屋から聞こえてくるくぐもった話し声。


『お母さん! もう大丈夫だよ! 親切なお兄さんに病気に効く特効薬を頂いたから!』


『……リンネ。あなたにも説明した通り、お母さんの体は……もう治らないの。

 あなたを置いていくのは不安で仕方ないし、今すぐ心が潰れてしまいそうなくらい悲しいけど……どうにもならないのよ。

 いいかしら? あなたが今日どんな人と知り合ってどんなお薬をもらったのかわからないけど……ここまで進行した白血病に効く薬なんて存在しないわ。

 ……あなたもしかして……その薬をもらうためにとんでもない約束をしたりしてないわよね!? たとえばあなたの体を差し出すとか!?』


『ふえっ!? ソンナコトイッテナイヨー……』


『人の弱みにつけ込むように、こんな優しい……少しおバカな娘を騙すなんて……なんて男なの!?』


 悲しいお知らせ……リンネたん、やっぱり少し可哀想な娘さんだった。

 てか言い方!! もっとこう……ほら! なんかあるだろう!?

 そこから始まる親子での大喧嘩。お母さんって病人だよね? そんなに興奮させたら血圧が上がって倒れるんじゃないかな?

 そして玄関先でポツンと佇む俺。居た堪れない、非常に居た堪れないんだけど……。

 まぁ最終的には『あなたがそこまで言うのならこの怪しい薬を飲んでお母さん死んでやるわよ!!』って話で決着したんだけどさ。

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