第011話 魔王、家庭の事情に巻き込まれる。 その1

 雑居ビルの屋上で不良――で済ませていいのかこいつら? 俺からすればただの犯罪者集団なんだけど?――に絡まれてから十分後。

 寒さではなく恐怖でガタガタと身を震わせながら、パンツ一枚のほぼ全裸姿でフェンス沿いに正座させられた、原型がなくなるくらいに顔面を腫れさせた五人の若者たち。

 連中が裸の理由? 謝罪といえば全裸土下座だからに決まってるじゃん。


「そうだな、まずは死なないように、骨折や内臓破裂なんかもしないように手加減してやった俺に対するお礼は?」


「「「「「ありがとうございます!」」」」」


「うわぁ……」


 一糸乱れず返事をする連中のその姿にリンネたんドン引きである。


「さて、これで彼我の戦力差は十分に理解してもらえたと思うが」


「カガ……?」「加賀……?」「蚊が……?」


「……お互いのと言う意味だ。俺とお前らの強さの差! オーケィ?」


「「「「「はい! わかりました!」」」」」


「(お兄さん、それ『かが』じゃなくて『ひが』だと思いますけど……)」


「(……あっ……だ、大丈夫! どうせこいつらは気づかないから!!)」


 最近の若者の国語離れが酷い……あと、リンネたんはいちいち引かないように。


「よろしい。じゃあ彼女にどうして美人局なんてことをやらしてたのか、キリキリと吐いてもらおうか?

 どうして俺の彼女に美人局なんてやらせてんだコラ」


「そいつはあんたの女(スケ)じゃない……いえ、何でもないです。

 べ、別に俺達が無理矢理やらせてるわけじゃないんすよ?

 そもそも、最初はそこにいるナオトの女(イロ)に手っ取り早く金を稼ぎたい女(ヤツ)がいるって紹介されまして……」


 そこそこ長い話になったのでまとめると。


・お金が必要なリンネたん、一人学校で思いつめた顔で黄昏れる。

・顔は知ってるけど話したこともない同級生(ナオトの彼女)に話しかけられる。

・親身になって話を聞いてくれたヤンキーに心絆され、お金が必要なことを相談する。

・同級生からこいつらを紹介される。

・最初は援○をさせようとしていたが、リンネたんが処じ……生娘だとバレる。

・さすがに生娘に援○は可哀想(後で高く売れそう)なので美人局に切り替える。

・街なかでスケベそうなオッサンに声を掛け、たまり場(になってるビルの屋上)に連れてくるように命令される。

・見た目は冴えないオッサンを連れてきたはずなのにオッサンが強くて返り討ちにあう。 ←今ココ


「なんだこれ……一般家庭の娘さんの転落人生の縮図か?

 てかトトワちゃんも相談する人間は選ぼうね?

 困ってるときに離れていく友達は本当の友達じゃないし、困ってるときに近づいてくる人間は全員詐欺師だからな?

 あといくら困ってたとしても、どこからどう見ても悪人顔のそいつらの言う事を聞いてる時点で三割くらいはトトワちゃんにも責任があると思うぞ?」


「ご、ごめんなさい……あとトトワではないです……」


「てかトトワちゃんって俺の前に誰かに声掛けた?」


「いえ、お兄さんが最初です!」


「そんな嬉しそうに宣言されても困るんだけどね?

 つまり、あれだけ人が居た中でも俺がダントツでスケベなオッサンに見えたと……」


「ご、ごめんなさい……」


 そこは謝るんじゃなくて少しはかばってくれてもいいと思うんだけどな? スケベそう、むしろスケベなのは認めるけどさ!

 英雄が色を好むように魔王もエッチな子は大好きなのだから! でも、色々と忙しすぎて経験の方は……いや、そんなこたぁどうでもいいんだよ!!


「もしも無理矢理脅されて……だったらこいつら全員行方不明にしてやったんだけどなぁ。こいつらに相談した上に状況に流されてるからなぁ……。

 よし! 情状を酌量して、精神に消えないトラウマとふとした時に思い出す体の痛みを植え付ける程度で今回は勘弁してやるかな」


「ヒッ!? か、勘弁してください! 勘弁してください!」

「も、もう二度と兄さんにも彼女さんにも関わりませんので!!」

「払います! お金払います! 毎日は無理ですけど毎月払います!」

「お望みなら若い女をいくらでも紹介しますんで!!」

「タスケテ……タスケテ……」


 コンクリートに頭を叩きつける勢いで謝罪を始める五人組。

 ……やってることはドクズだけど、蜘蛛の糸程度には救いようも……なさそうではあるけれども。何だよ、後で高く売れそうだったから援交じゃなく美人局をさせたって。

 でも、さすがにこれ以上追い込んだら一緒にいるリンネたんが萎縮したりとか責任を感じたりとかしちゃうかな?

 しかし、一つだけ、これだけはどうしても聞いておく必要がある。


「ちょっと女の子を紹介してくれるって話だけ詳し「お兄さん……?」いえ、何でもないです……」



 最後に『もしもまた俺の女に手を出したら……お前らの身内全員三日三晩死んだほうがマシだと思える苦痛を与えてやるからな?』と捨て台詞を残して屋上を立ち去った俺とリンネちゃん。

 完全に悪役の台詞だが俺、魔王だからな? これが通常営業なのである。


「お兄さんって……強いんですね?」


「ん? 最初に言っただろ? 世界最強だって」


「たぶん言ってなかったと思いますけど……」


 そうだっけ? そうかも。……じゃなくてだな。


「えっと、他人の俺が立ち入っていいことなのかわからないし、もしも差し支えなければで構わないんだけど……

 リンネちゃんがお金が必要な理由って一体どうしてなのかな?」


 まぁ女子高生がお金が必要な理由なんてブランド物が欲しいとかそういう……


「あの、ですね。うちが母子家庭だってことはもう言ったと思うんですけど……

 お母さんがその、病気で……末期の白血病……なんです。

 症状が進んでもう薬剤治療も何の効果もなくて……

 本当は入院してないといけないですし、わたしもそうさせてあげたいんですけど……

 お母さん、最後くらいは家で過ごしたいって……

 もちろんそれも半分は本心だと思うんですよ? でも、理由の一つはやっぱりお金がないからだって思って」


 おおう……『家庭的の事情なのかな?』と多少は思ってたけど、想像してた十倍くらい重い理由だったよ……。

 しかし病気かぁ。

 俺の隣にはうつむいたまま、グッと涙を堪えている女の子。

 そして、そんな彼女の不安を取り除くことが俺には……出来たりする。

 残念ながら俺には回復魔法は使えないけど、インベントリに『廉価版エリクサー』が大量に入ってるからな。

 でもそんな日本に、いや地球上に無いようなモノを使っちゃえば色々と問題も発生する――かもしれないわけで。


 しかし、正義の魔王を名乗ってる俺が、知り合ったばかりとはいえ女の子をこんな顔にしたままで、このまま別れるって言うのもなぁ……。

 乗りかかった船というか、揉みかかったおっぱいだしな!

 再び彼女の耳元で甘く、そして優しく心を蕩かせる声で囁く俺。


「(リンネ……もう俺の力は説明しなくとも分かってるだろう?)」


「ふあおぅっ!? お、お兄さん……ダメです、耳はダメです!」


「ふふっ、またさっきと同じように、俺に『助けてください』って頼むつもりはないかな?

 もちろんお代は必要だけど……そうだな、さすがに今回は命の掛かった契約だからちょっと代償は高く付くけど」


 真っ赤な顔で、恨めしそうにこちらを見ていた少女の顔が一転、ポカンとした表情に、そして泣き笑いのような顔になる。


「お兄さん……ありがとうございます。でも……いくらなんでも今日出会ったばかりのお兄さんにお母さん共々養ってもらうなんて出来ません……」


 いや、何の話だそれは!? 俺は病気を治すと言っただけで……言ってないか。うん、話の流れ的には『お金出してあげようか?=養ってやろうか?』みたいに聞こえるのも仕方ないな。

 改めて言い直そうとした俺より先に言葉を続ける彼女。


「でも、そうですね。もしもお兄さんがどうにかしてくださったら……」


 俺の首に細い手を回し、顔を近づけると脳まで蕩けそうな魅惑的な声で、


「(わたしの初めて……あげちゃいます)」

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