第005話 魔王、変な場所で自称相棒に絡まれる! その1

 おかしな気配――地球では存在しないと思っていた魔力の気配――を辿り、地下街から階段をのぼりたどり着いたのは……賑やかな交差点。ただ外に出ただけだからね? 普通に高層ビルが広がって大勢の人が行き来してるのは当然なのだ。


「てか駅前とか地下街とか商店街の方なら多少はわかるけど、こっち方面はまったく地理感がないんだよなぁ……」


 高校に通っていた当時の友人(雰囲気イケメン)の話だとこのあたりって男一人または男女一緒に利用する宿屋(ファッショナブルな内装のホテル)とか、大人の宅配業者とかが固まって営業している地域らしいんだよな。

 つまり、彼女もいなければお金も持っていない……そもそも高校生男子の利用はダメ! 絶対! な一角だったのだ!


「外に出て魔力の発生源をハッキリと感じることは出来たけど……」


 ホテル街ってこう、自分が使うわけでもないのに男一人で歩くの恥ずかしくね?

 もちろん普通のお店、コンビニとか食べ物屋とかお寺さんとかもあるから堂々としてればいいだけなんだけどさ。

 てかコンビニの外にいる白いビニール袋の中に数本の飲み物やコンビニスイーツを持ったオッサン連中は一体何をして……ああ、待ち合わせしてたのか。……待ち合わせでいいんだよな?

 なんかやってきた女の人は相手の名前の確認とかしてるし、そのくせすぐに腕を組んでコンビニから去っていったんだけど?


 なんとなくこれ以上深くツッコミを入れるのは青少年の教育上よろしくなさそうな気がしてきたので尾行するのは止めておこう。

 そんな『現代のセーブポイント』みたいなコンビニの話は置いておくとして……今大切なのは魔力の存在である。

 あちらの角を曲がり、こちらの小道に入り……たどり着いたのは年季の入った雑居ビルの裏手。

 目の前に現れたのは蜃気楼のように歪み渦巻く……ドラ○エの旅の扉?


「てかどう見ても転移陣とかそれに類する何かなんだけど……」


 入り混じった路地の奥とはいえ、関西最大級の繁華街のど真ん中。

 こんな見るからに怪しいモノがあれば、普通なら近隣の誰かに発見されてちょっとした騒ぎになっている……はずなんだけど。


「認識阻害とか人避けの結界みたいな力でもあるのかな?」


 もちろんそんな隠蔽効果など魔王である俺の前では何の意味もないんだけどな!

 異世界でならそれほど珍しくもない『転移ゲート(仮)』……だけどここ、日本だからなぁ……つまりどう考えても厄介事。

 そんなモノに自分からわざわざ飛び込んでいくとか正気の人間のすることではないのだ。

 ……でもほら、どうしてこんなモノが日本に存在するのかむっちゃ気になるじゃん?

 そう、家族のため、この平和な世界を守り抜くため、在宅警備員である俺には秘密を暴く義務があるのだ!

 まぁただの興味本位、野次馬根性なんだけどな。


 もちろん危険だと感じるような場所や相手なら絶対に関わらないんだけど……幸いなことに、この場所から感じる魔力は最下位の魔物が発する気配と同程度。

 そう、こっちに帰ってからの三日間、伊達に部屋に引きこもってたわけじゃないんだよ? こちらでも魔法が使えるのか? 思い通りに身体が動かせるかの確認やインベントリの整理なども完了、戦闘準備は完璧なのである!

 決して昔集めていた動画の再生をしようとしたらOSが古すぎてどうすることも出来ず暇を持て余していたわけではないのだ! 新しいPCが欲しかったがために仕事を探してたわけではないのだ!


 残念ながら『魔王城(向こうでの自宅)』に転移することとかは出来なかったけど……その他の能力はこちらでもとくに問題なく使いこなせると思いたい。


「そうは言っても一応転ゲート(らしきもの)だからなぁ」


 もしも『地獄』みたいな悪魔しかいない場所に飛ばされたら、こっちに戻ってくるのにそれなりの時間が掛かるかもしれないしなぁ……。


「まぁその時はその時で『ヨウコに説教されなくて済んだ』と思えばいいか」


 ……十五年ぶりに失踪していた兄が帰ってきたと思ったら数日後に五千円(こづかい)を持って消えたとか、それこそ次に再会した時は何を言われるかわかったもんじゃないけどな!

 そもそも俺がこれを転移ゲートだと思ってるだけで、もしかしたら立体映像的なモノで向こうにすり抜けるだけみたいなことも……うん、飛び込んだりは控えておいたほうがいいな。

 もちろんちゃんとした転移ゲートだったとしても、勢いよく飛び込むのは危ないんだけどさ。

 揺らめく空間の渦の中にそっと手を突っ込み、中に入れるかどうかを確認する。壁には触れずに吸い込まれてゆく腕……間違いなく向こうに何らかの空間は存在するようだ。


 通れることさえ確認できればこれといって覚悟を決める必要もないので、気楽にそのまま中に入っていく。

 軽い浮遊感の後、転移した世界は――

 

「あれ? さっきとおんなじ場所?

 ものすごく薄暗くなったし、人の気配もまったくしなくなったけど……」


 そこは曇天に覆われた街。音の消えた世界。

 いや、消えたのは音だけじゃなく電気も……いろいろな場所から漏れているはずの光もか。


「なんだろうこの見慣れた街に俺一人っていう、昔読んだマンガみたいな、ポストアポカリプスなこの世界は」


 じわりと胃液が滲み出してくる焦燥感のようなこの雰囲気……男の子なら興奮するよな!

 おそらく他人に見られたらドン引きされるであろうニヤけた顔をしながら一人ぼっちの繁華街を堪能しようと行動を開始――


「てか何だよこんな時に」


 しようと思ったところで胸ポケット、義母さんに出してもらった親父のスーツの内ポケットに入れていたスマホ(性能不足によりほぼ通話専用)が震えだす。

 ……いやいやいや。現実世界じゃないはずなのに電波とかどうなってんの? アーユーってこんな場所にも基地局建ててるの?

 そもそも俺の番号を知っている相手なんて家族以外ほとんどいないのに……毎日ストーカーが裸足で逃げ出しそうな件数のメールを送ってくる妹はいるんだけどさ。

 まぁあれだ、このまま放っておくのも気持ちが悪いので仕方なくポケットからスマホを取り出し、着信相手を確認する俺。


『ようこそ! デモンサマナーの世界へ!』


「んふっ、何だこれ?」


 通話ボタンも押してもいないスマホからいきなり中性的な子供っぽい声が聞こえてきた事に、あまりにも意味がわからなさすぎて思わず変な笑い方をしてしまったけど『オッサン気持ち悪い』とか言うのは禁止である。

 そう、連続で面接を落ち続けたアラサーの心はとても傷つきやすいのだから。

 スピーカーモードにしたわけでもなく、ブラウザを呼び出したわけでもなく、アプリを立ち上げてもいないのにいきなりスマホから聞こえてきた『ようこそ! デモンサマナーの世界へ!』と言う何者かの声。


「とりあえず胡散臭いし忙しいから無視って事でいいな」


 そのまま電源を落としスマホをポケットに戻そうと……

 ボタンを長押ししても電源がオフにならないんだけど? チッ、早めに新しい機種に変えないとダメだな。


『待って待って!! スマホの故障とかじゃないから!!

 だっ、ダメだよキミ!? 人の話はちゃんと最後まで聞かないとっ!!

 まったく、これだから結構歳いってるって理由で面接を落とされ続けたオジサンは……』


「おっ? 喧嘩か? 言い値で買ってやるぞ? 残金八百円だけど」


 『妖怪首置いてけ』ならぬ『妖怪金置いてけ』に変身してやろうか?

 

「……いや、そうじゃなくてだな! どうしてスマホが能動的に喋ってるんだよ!

 そもそも電波が飛んでもいないであろう場所で通話が成立してる時点でお前は人ではないだろうが!」


 さすがに片手ちょっと面接を落とされたくらいで幻聴が聞こえだすほどメンタルが弱くは無いはずなんだけど。


『それはキミがボクの事を無視しようとしたからだよっ!

 あれだよ? 普通なら! ……いや、普通なら選ばれるのはもっと若い』


 飲み屋の壁に向かって力いっぱいスマホをぶん投げてる俺。


「いや、どうして投げ捨てたのに地面に転がるでもなく宙に浮いてるんだよ!?

 あまつさえ捨てたのに自分の意思で手元に戻ってくるとかどういう了見なんだよ!

 無機物は無機物らしく素直に壁にぶつかって粉々になれよっ!」


『せっかくバディになる人間を見つけたのに壊れるとか嫌だよっ!

 だからそういうことするの止めて? ネズミとネコも仲良く喧嘩するでしょ!

 ボク、これでもキミの案内人なんだからねっ!

 暴力反対! まずは『対話(アイ・ラブ・ユー)』から始めよう!』


「いや、知らねぇよ……妙なものと会話して呪われでもしたらどうしてくれるんだよ。

 というか、別に案内とか求めてねぇ……無くもないのか?」


 こちらに入る時に使った転移ゲート(ほぼ確定)も消えちゃったからどうやって向こうに帰るかすらわからないし。

 帰れないのに落ち着きすぎ? 繰り返すけど、ここには脅威になりそうな存在がいないんだもん。

 最悪空間魔法でそのへんの時空を切り裂けばどうにかなるかな……なんて?

 もちろんそんな力技で脱出したら転移先にも数百メートル規模で空間の消失が起こる可能性があるから本当に最悪の事態にでも陥らない限りは使えないんだけどさ。


『ふふっ、そうでしょうそうでしょう!

 おっちょこちょいなキミにはボクのような優秀なバディが必要だもんね!』


 てかそこそこ面倒くさいぞこいつ……。

 うん? スマホが勝手に喋って飛んでるのに驚きが少ない?

 だって異世界にはもっと理由が解らないうえに見た目も不気味なモノがいっぱいあったし……。

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