第002話 魔王、日本に帰還する! その2

 駅前から徒歩でおおよそ十分の距離。

 たどり着いたのは親の顔と同じくらい見慣れた昔懐かしい我が家……いや、さすがに十五年も見てないとそれなりに古さが目立つな。

 ここが異世界なら魔王軍四天王の第七席『マイスター・ヘパイストス(厳つい顔のドワーフ親父)』にお願いして即座にリフォームしてもらうところである。

 まずは玄関先、なんとなく苔むした気がしないでもない小さな門の右手に備え付けられている表札を確認……うん、『龍波』って書いてあった。どうやら引っ越しなどはしていないらしい。


 ……うーん、でもこれからどうしよう? いや、もちろん普通に呼び鈴を押せば良いだけだってのは分かってるんだけどな。

 でもほら、俺って十五年前にいきなり居なくなったわけじゃん?

 相手(両親)もそうだろうけど、俺だって顔を合わせた時になんて話しかければいいのか思いつかないんだよ。

 こんばんは? それともお久しぶり? ……違うな。

 長期にわたり心労を掛けてたんだから、まずは頭を下げて『ごめんなさい』だよな。

 でもほら、わかっちゃいても……三十過ぎたオッサンが謝罪からスタートするのは気まずいんだよなぁ。

 先にも言ったけど最初に『誰だお前?』ってなるのは目に見えてるしさ。


 門の前でそっと右手を上げて呼び出しボタンを押そうとして……気後れからその手をまた下げる。

 そんな事を繰り返すこと、既に十七回目


「あの、家(うち)になにか御用ですか?」 


「おおう!? はい! いえ、えっとですね!」


 そんな不審人物感半端ない行動を繰り返していた俺に声を掛けてきたのはスラッとした、それなりに身長のあるショートカットで目つきの鋭い女性。

 うん、性格のキツそうな美人っていいよね! そしてボーイッシュな中にも色気漂うその雰囲気がとても素晴らしい!

 ……じゃなくてだな。

 この人今『家になにか御用』って言ったよね? てことはつまり――


「もしかしてもしかすると……葉狐(ヨウコ)……か?」


「どうしてこの不審者は私の名前を知ってるのかしら?

 その見た目通りやっぱりストーカー?

 て言うかこの人、よく見れば学生服姿なんだけど……それも制服を着てるだけじゃなくてカバンまで持ってるって結構本格的なコスプレなんだけど。

 顔は何となくお義父さんに似てる気もするし……とくに生え際とか」


「全然似てねぇわ!

 俺の頭髪は大型犬の尻尾並にフッサフサだわ!

 あんなメキシカン・ヘアレス・ドッグ、猫で言うならスフィンクス、げっ歯類ならハダカネズミみたいなデコしてねぇわ!

 てかお前こそ怒っている時の義母さん並に人相の悪い……じゃなくて、目つきの鋭い顔になってるじゃねぇか!」


「普通の人間は家の前に不審人物が居てゴソゴソしてればこんな顔になるのよっ!

 あとスフィンクスの顔っておデコっていうよりも脳みそみたいな顔してるわよね?

 そんなことよりもあんた……もしかしなくても兄貴……よね!?」


 何を思ったのか俺の首筋に顔を近づけクンクンと匂いを嗅ぎだす推定ヨウコ。

 身内の識別方法が外見、身体的特徴ではなく体臭とかちょっとマニアック過ぎではないだろうか?


「この匂い……少し加齢臭らしきものが混ざってるけど間違いなくお兄ちゃんだ……。

 てかあんた、今まで十年以上もいったいどこで何してたわけ!?

 自分探しの旅に出るならせめて置き手紙くらいしておきなさいよ!!」


 いや、いきなり異世界に拉致られた人間にそんな無茶なことを言われましても……。

 いろんな感情が顔に現れては消え、コロコロと表情の変わるこいつは俺の義理の妹であるヨウコ。

 歳は俺よりも三歳下だったから二十八歳か?

 『義妹(いもうと)』という甘酸っぱい供給で集合させてかーらーのー『二十八歳』というギリギリ需要があるかどうかの年齢で突き放しに


「痛っ!? えっ? どうしていきなりのローキック?」


「なんとなく不愉快なこと考えてそうだったからよっ!

 いや、そんなことよりも! あんた、どうして出ていった時と同じ学生服姿なの?

 帰って来るなら意味の解らないコスプレしてないで普段着で帰ってきなさいよっ!」


 いや、普段着(戦争用)は魔王様ルックだったからもっと意味の解らない格好なんだけど……。

 ちなみに今日着てた俺の衣装っていったら……あれだぞ?

 『大量のイミテーション髑髏がぶら下がった首飾り』とか、『股間部分を挟むように魔界猪の牙が生えた腰蓑』とかだぞ?

 うん、作ったやつも作ったやつだが、なんとなくその場のノリで着用してた俺もどうかしてるな。


「……まぁいいわ。何があったのか分からないけど……

 どうせ転がり込んでた女の家でも追い出されて、食べるにも困ったから仕方なく帰ってきたとかそんなくだらない感じなんでしょうし」


 いえ、世界征服が終わった瞬間『お前には何の用も無い!』って感じで異世界から送り返されたんです。


「まったく……こんな所で立ち話ししてても暑いだけだし、とっとと家の中に入りなさいよ!

 いい歳した兄貴がそんな制服コスプレしてるのをご近所さんに見られたりしたら私の方まで恥ずかしいんだからね!

 ……あんた、十年以上も好き勝手して家の敷居を跨ぎにくいのはわかるけどさ、義父さんと母さんにはちゃんと心配かけたこと謝りなさいよ?」


「……かしこまった」


 こうして、はからずも故郷に錦を飾ることになった魔王の十五年越しの帰宅は、何やら大きく勘違いした義妹(二十八歳独身)との遭遇により、思ったよりもすんなりと進んだのであった。

 いや、異世界を征服したとか誰にも信じてもらえないだろうからまったく錦は飾れてないんだけどさ……。


~・~・~・~・~


「ただいまー」


「た、ただいま?」


 少しぎこちない帰宅の挨拶になったが、妹と一緒に玄関をくぐった久しぶりの我が家。

 何ていうかこう……自宅であろうとも日本家屋って独特の臭いがするよな。


「おかえりなさい。あら、そちらの方は……ヨウコの彼氏さんかしら?」


「いや、そんなに防音のしっかりした造りの家じゃないんだから外でこいつと話してた声が聞こえてたでしょ……

 そもそも、もしも声が聞こえてなかったら、私が帰ってきただけだったら、わざわざ玄関先まで母さんが出迎えになんて出てこないでしょうに……」


 玄関先で出迎えてくれたのはもちろん『義母』さん。

 最後に顔を見た時は三十六歳だったんだっけ?


「ふむ、さすがに十五年ぶりにもなると」


「クロウくん? お義母さん今お料理中で右手に刃物を握っているのよ?

 あと、誰の人相が悪いですって?」


「いやー! 久しぶりだけど、義母さんはいつまで経っても美人だなぁ!!

 ……お久しぶりです、ただいま帰宅いたしました」


「……おかえりなさい。

 まったく、いくら遊び盛りの高校生だと言ってもさすがに帰りが遅すぎるんじゃないかしら?

 お義母さん、もう少しで警察に届けを……というかクロウちゃんはどうして制服姿なのかしら?」


「たぶんそういうプレイをしてた時に痴話喧嘩でもこじれて追い出されたんでしょ?」


 どうやら妹の中では俺がどこかで女性のヒモをしていた事が確定されてしまっているらしい。


「あの小さかったクロウちゃんが女の人と同棲ねぇ……」


「義母さん達と一緒に暮らしだしたころにはもう高校生だったけどね?」


 昔からご近所さんだったし、母さんと義母さんが(もちろん親父も)友人であったから、小さい頃から知り合いっちゃ知り合いだったから間違いではないんだけどさ。


「そうそう、さっきお父さんから今日はお仕事の打ち上げで飲んでくるから帰りは少し遅くなるって連絡があったのよ。

 だから先にご飯にしちゃいましょうか。

 というよりもとりあえず着替えるのが先よね。

 お部屋は最低限しか捜索してないから心配しなくて良いわよ?」


「私はあんたが居なくなって一週間目に嫌がらせとして色んなモノを机の上に並べてやったけどね!」


「おい、高校生男子の部屋でなんてことしてくれてんだお前!?

 いや、別に見られて困るようなモノは何も無いんだけどな!」


「そうなんだ?

 ああ、あんたのパソコンの『歴史フォルダー』のパスワード、『11922960(いいくにつくろう)』はどうかと思うよ?」


 なん……だと?


「そういえばあの時は『義妹モノ』よりも『義母モノ』の方が多くてヨウコちゃんが不機嫌になったわね」


「べ、別に不機嫌になってなんていないわよっ!

 無修正モノよりも企画モノの方が好きなところがストレートに気持ち悪いと思ったくらいで!

 何なのよ『寿退社した義母が送別会で同僚にNTRれた話』って。

 あと『大家族の中に女は」


「うわぁぁぁぁぁぁ!! やめろおぉぉぉぉぉぉ!!」


 帰宅後十分で家を飛び出していきたくなった俺だった。


 いやマジで『昔の性癖が家族に露呈する』って今の年齢(アラサー)だから大丈夫……でもないけどな! そこそこの精神的ダメージを受けたからな!

 でも、もしも高校生当時の俺なら……五年は部屋に引きこもり確定の案件だからな!?

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