第3話

俺は丁寧な口調を崩さないまま話した。


「その、ナジル君」新人の名前を呼んでみると、気にいらないのか、眉を釣り上げている。

小さい声で「気やすく名前呼ぶな」とかつぶやいているようだ。


「君は、もしかしてギルドの上層部の関係者か、いいとこの息子さんとかなのか?


だとしても、一応最初に採用担当者から説明受けたと思うが、


仕事のやり方を俺から教わるように言われたよな?


俺は、何もそちらに自分の仕事を押しつけているわけじゃない。そのへんは誤解しないでほしい。


それか、俺の教え方に不満があるのかもしれんが、


以前からいる先輩方が辞められてて、指導できるのが俺だけになっているんだ。


上に他の者に指導を変えてくれと頼んでもいいが、


多分俺で我慢しろと言われる。


それと、来客応対についてなんだが、君はもしかして顧客の相手をするのに、ひどくストレスを感じるタイプなのか?


まあ、俺も、別に来客の対応がうまくできているわけじゃないし、ストレスに思うことはしょっちゅうだ。


来客応対に関しては、みな最初は辛く思うことが多い。君だけじゃない。


ナジル君も慣れていけば、できるはずだ。皆、そうしてきたんだ。」


「うーん、まず、あんたの勘違いについて教えといてやるけど、


俺、ここの誰かの親戚とかそんなこと全く無いから。


俺は自分で道を切り開くことができる男なんだよ。


前からこの職場にいるのに、まだ何となく所在無さげにして、新人の俺にもヘコヘコするしかない感じのあんたには、


上を目指すということが、コネが無いと難しいとか感じるんだろうけどな。」


ナジルは変にニヤニヤし始める。


「あんたの教え方が悪いとかそういう話じゃなくってさ。


教わってもやる気がない、どうでもいいことなんか覚えても仕方ないから、


そういうことは先輩のあんたの方で全部やってくれっていう話なんですよ。


いい加減わかんないかなあ。


その辺がわからないと、頭悪いって言われますよ?先輩。


あ、だから今まだ、こういう下っ端仕事しかしてなかった?


そうなら、ごめんね?」


うわあ、こんな反応が返ってくるなんて、全くの予想外だ…


こいつの人柄自体も、救いようがないように思える…


俺は怒りより呆れ、固まってしまった。


傍から見たら、遠い目をしていたかもしれん。


…一応、指導をしないといけないんだよな?

こいつに…


そして、これをどうにか使えるようにしろと!


たしか、俺、そう命令されてるんだよな…


俺はなんとか気持ちを奮い立たせて口を開いた。


「…ナジル君、君が上にかかわる仕事とやらをするようになったとするだろ?


その時、周りから、


こんな立場なのに、初歩的な顧客の対応や接客が、きちんとできてないじゃないか!


など、立場が下の人間からも、陰口叩かれるかもしれないぞ?


今のまま、直さなければな。


あるいは、客自体からクレームをつけられることもあるだろう。


顧客は最初は一見さんでも、そのうち上客に化けることが結構あるんだぞ。


あまり相手を選んで態度を変えない方がいい。身分を隠してくる連中もいる。


普段の行いは、気をつけていても、ふとしたことで表に出てしまうからな。


新人の今のうちに、失礼でない振る舞いを、一通りできるようにしといた方がいいと思うぞ。」


「はあ…わかった」ナジルはかなり不満気ではあるが、


他人から陰口叩かれるという点になぜか思い当たる部分があったらしく、少し言うことを聞くつもりになったようだった。

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