Hな願いが叶う魔法のノートについて、部活の黒髪清楚な先輩が興味津々で実験台になろうとしている件

ZAP

第1話 見せてくれる先輩(前編)

 文芸部の日野江綾子(ひのえあやこ)先輩に部室の整理を頼まれた。

 

「面白いものが出てきたら教えてね」

「面白いものとは?」

「ふふふ。あなたは何が出てきたら面白いかしら?」

 

 先輩はいつもこういう逆に質問してくるような物言いをする。

 別に不快ではなくて、むしろなんというか、嬉しいんだけど。

 僕の反応を見たがってるってことだから。

 

「そうですね……ネクロノミコンの原本とか?」

「あら素敵、アル・アジフね。でもちょっとだけ芸が足りないわ」

「う。足りませんか」

「昨今は動画の影響なのかクトゥルフもずいぶん一般化したしね。文芸部員としては、もうちょっとひねりが欲しいところ。だけど、うん、面白いものには違いないから六十点をあげましょう」

 

 指を一本立てて『もうちょっとがんばりましょう』と先輩は笑った。

 

「(あー)」

 

 黒髪ロングで清楚そのものな先輩の笑顔はものすごい破壊力だ。

 六十点でこの笑顔なら百点はどうなるんだろう。

 一回でもいいから取ってみたい。

 

「それじゃよろしく。がんばってね」

「はーい」

 

 文芸部はクラブ棟にある六畳ほどの小さな部室だ。文芸部なので部屋スペースのほとんどは本のタワー。部員どころか無関係な学生まで勝手に本を置いていくので、だいたい常に整理が必要なのである。

 そんなわけで一年生部員である僕が整理を担当している。

 さて、と手を付けていく。

 

「面白いもの、ねえ」

 

 日野江綾子先輩、僕と同じ文芸部のニ年生。

 彼女はいつでも面白いものを探している。文芸部員らしいといえばそのとおりだけど。なんとか、先輩を満足させるようなものを見つけたい。だって僕は先輩のことが好きなのだから。

 そう、好きだ。

 一目惚れだった。

 まず美人すぎるのだ。平安時代のお姫様みたいな綺麗な黒髪と顔立ち。そんな人が僕みたいな何の取り柄もない新入生にいつもかまってくれるのだから、好きになるに決まってる。おまけにおっぱいも大きい。

 いま整理中の棚から出てきたこのエロ漫画の表紙ぐらい大きい。

 

「いや、なぜエロ漫画が?」

 

 これは面白いかなと一瞬考える。

 ……が、普通にセクハラなのでやめとこう。

 こいつはゴミ箱に入れて、さて面白いもの、面白いもの――。

 

「お……ノート?」

 

 それは古びたノートだった。表紙は灰色に汚れていて、何十年も経っているように見えた。ちびたエンピツがページに挟んである。そして一番気になったのはノートの題名。

 表紙にエンピツでこう書かれていたのだ。

 

『魔法のノート』

 

「おお!」

 

 やった、これは間違いなく面白いものだ。

 いや別に本物と信じたわけじゃないぞ。でもこんなものを本気で書いた人がいるという事実が素晴らしい。僕は先輩が『わあ、やるじゃない!』と褒めてくれる姿を想像しつつページをめくった。

 1枚目のページに達筆な文字で文章が並んでいる。

 

 * * * * * * * * * *

 ・これは書くと願いが叶うノートです

 ・専用の鉛筆を使って願いを書いてください

 ・願いが叶ったら、次の人に回してください

 * * * * * * * * * *

 

 ふむふむ。

 なるほど、おまじないのノートみたいなものだな。次の人に回してください、というのは、みんなで願い事を共有する意味があったのだろう。クラスの女子はとにかく回しごとをしたがるものだ。

 さて昔の人はどんな願いごとを、と次のページをめくる。

 が、残念ながら白紙だった。

 

「使われなかったのかな?」

 

 もったいない。

 せっかくだから僕が何か書くか。いや文化財みたいなものだし白紙で先輩に見せるべきかな――とか、僕が迷っていたときだった。

 ぽわん。

 文字が、ノートに浮かび上がった。

 

『少年よ。願いを書くが良い』

 

「…………え?」

 

 文字が浮かび上がった。

 それはもちろんありえないことだ。

 だって白紙のノートだ。もう一度触ってみたが、それは液晶でも電子ペーパーでもない。だけど馴染みがある現象だ。本に文字が、浮かび上がる。それはすなわち――魔導書だ。

 

「ほ……本物?」

 

 いやまさか。何かのトリックだ。そうだ、あぶりだしだ。手の熱を感知して果物の汁を浮かび上がらせたんだ――でもこんなに綺麗に? あぶりだしってそんなに器用なものだっけ?

 じー。

 僕はノートをじっと見つめた。

 もしも――もしも、このノートが本物なら。

 

「…………………」

 

 僕は震える手でエンピツを持った。

 そして何かに促されるように書いた。

 

 * * * * * * * * * *

 ・日野江先輩が僕の恋人になる

 * * * * * * * * * *

 

 書いた。

 書いてしまった。

 僕はごくりとつばを飲み込んだ。その次の瞬間。

 ぽわんと、文字が浮かび上がった。

 

『それはできない その願いは我が力を超えている』

「うおい!?」

 

 思わず叫んだ。

 なんだこのポンコツノート。

 僕、人生最大の決意で書いたんだけど。

 

『人の人生を左右する願いだ。運命を変えることはできない』

 

 でもこの本が意思を持っているかのように返事をしているのは本当だ。

 むむむ、だ、だったら。

 

 * * * * * * * * * *

 ・日野江先輩と僕がキスをする

 * * * * * * * * * *

 

 ぽわん。

 

『その願いも我が力を超えている』

 

 これもかよ!!

 

『接吻はハードルが高すぎる。もう少し妥協しろ少年』

「もう少しって!?」

『なんというかこう、ほんのりHなトラブルレベルにしろ』

 

 どんな少年漫画のラブコメだ。

 

「ほんのりHな……うーん、じゃあこうか?」

 

 * * * * * * * * * *

 ・日野江先輩が僕にパンツを見せてくれる

 * * * * * * * * * *

 

 先輩は身持ちが固くスカートも鉄壁なのだ。

 もし見られたなら僕は死んでもかまわない。

 

『うむ、これならまあよし』

「ホントに偉そうだなお前」

『だがまだ行けるぞ。せっかくだからおまけを付けてやろう』

 

 ぽわわん、と勝手に文字が修正されていった。

 

 * * * * * * * * * *

 ・毎日、先輩が僕にパンツを見せてくれる

 * * * * * * * * * *

 

『どうだ、毎日にしてやった、嬉しいだろう』

「うん、まあ、嬉しいね……実際に起こったらだけどね……」

 

 正直、このアホくさい魔導書にはもはやあまり期待できない。

 

「パンツルックの先輩を見せられるかもな……それも美人だろうけど」

「あら、ありがとう。いつかは見せてあげたいわ」

「おお本当ですか。ぜひお願いします」

「うん。だからパンツは諦めてね」

「はい」

「素直でよろしい。九十点」

「………………」

 

 数秒ほどの間。

 

「うわあああああああああ!?」

「うーん。その悲鳴は当たり前でつまらないわ、三十点」

 

 先輩! 日野江先輩が背後にいる!?

 なんで!?


(後編に続く)

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