第22話 革命、そして

ある日、ビスタ・ドライドは窮地に立たされていた。


目の前にあるのは仲間が伸されて倒れ伏している様子だけ。

……いや、もう一つある。

ささくれた木刀を手に自分たちを一方的に殴り倒してきた、マントを羽織った小柄な女だ。

口元を隠していて顔はよく見えない。


うずくまっている仲間を女が蹴飛ばした。

「テメェ……」

怒りが込み上げてくるが、それ以上に脇腹にもらった一撃が痛む。

この女はただの木刀で横なぎに食らわせただけで、たったの一太刀で大の大人十名余りを倒してしまった。

剣の扱いが上手いとかそんな次元じゃない。


「あんた、一体何の恨みがあってこんなことするんだ」

俺は女に話しかけながら静かに魔力糸を伸ばして仲間たちを治療する。

応急処置程度にしかならないが、やらないよりマシだ。

「……」

女の視線は俺の魔力糸に向いていた。しかし、彼女は何も動こうとしない。

「答えろよ。わかんだろ、俺らがなんでこんなことしてるのかぐらい」

「わからない。なんでこんなことするの」

「……そうかよ」


俺は脇に刺していた短刀に手を伸ばす。

一か八か、争ってみるしかないのだと、悟っていた。


〜〜


さて今日はどうするか。


自分がララライ領にきてから二週間が過ぎようとしていた。

午前中には座学や礼儀作法の授業を受け、午後はいつも領内を散策しての日々。

「シン様。今日は何を見にいくんだい?」

マースは稽古上がりのようで、汗だくになりながらいつも護衛についてくれている。

「今日も見てみたいものがあるんですよ。ララライ領名物の竺廊絹っていう、上質な織物があるそうで」

竺廊絹。何でもそれで作られた布に包まって寝るとあらゆる病が治ると噂の魔法の絹だそうだ。

マルトの医導院ではこの絹を使った寝台を使用していたらしく、話を聞いてから一度は見てみたいと思っていた。

話だけ聞くと胡散臭いものだが、実際ちゃんと効果もあるらしい。

「よくまぁそんなに色々興味が湧くね」

「魔法は奥が深いですから」


ここ最近で自分は魔法の魅力にすっかり取り憑かれてしまった気がする。

実際に誰かを治療したりしたことはない。

だがどうやって魔法を使えば人の怪我を治せるのか、魔法を使ってどんなことができるのかということの探究というものが今の自分の趣味と言えるのかも知れない。

側から見れば医導官になろうとしている学生そのものだろうが。




それから自分とマースは竺廊絹を作っている工房まで足を運んだ。

まぁ、思ったようには行かなかった。何でも製造過程は秘密なものだそうだ。当然と言えば当然である。

それでも収穫はあった。竺廊絹自体は手に入れることができたのだ。

しかも一反まるまるである。布団だとかに加工されていない分多少レアものだ。

それなりに値は張ったが、旅費が随分と余っていたから特に問題はない。

「シン様。騙されちゃいないかい?」

「何の。相当良心的な値段ですよ、これでも」

竺廊絹はこの街の特産であり、製法も秘密にしているだけあって相当高価なものだということは知っていた。

一つの医導院につき一台の竺廊絹の寝台、というのが一般的と言えるほどだ。医導官という仕事がかなりの高級とりなことを考えればどれほどの価格のものなのかは推しはかれる。


「私からすりゃただの布と変わんないけどね。絹としちゃ上等かもしれないけどさ」

マースはこう言っているが、この布の価値は触ってみるとわかる。

魔力がそのまま、発散せずに通過するのだ。

通常、魔力というのものは体から放出すると魔力糸にしない限り、霧散してしまう。その際に雷や熱だとかのエネルギーに勝手に変換されてしまうのが常だ。しかしこの絹糸は魔力としてほとんどが通る。多少熱を持ったりはするが少し温いぐらいで問題にはならないだろう。


これはすごい。しかし、同時にこうも思う。

「……体を癒すって、どうしてこの性質が治療につながるんですかね?」

素朴な疑問だった。魔力を通すとそれがほとんど霧散せずに通るというこの布に包まって何があるというのか。

マースが少し興味を持ったようで、絹の触り心地だとかを触って確かめている。

「少しあったかいけど、何したんだい」

「魔法を少しかけてみました」

「湯に浸かっているみたいでこりゃあいいね。少し分けてくれたりしないかい?」


魔力を通すとお湯に浸かっているような温もりがある布。

それにくるまると病が治る。

なるほど風呂か。


「……全部あげますよ」

「いや、冗談のつもりだったんだけど。どうしたんだい、急に暗い顔して」


いや、確かに効果的なのだろう。体温が下がった患者にかけるだけで、患者自身の魔力で湯たんぽがわりになるのだから効果的だ。熱だとかにも使えるかも知れない。


だが。こう、摩訶不思議な魔法で病が治るみたいなものを想像していたところにこの効能はないだろう。


「魔法って何なんですかね」

マースはきょとんとした顔をしていた。


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