第20話 剣と平穏
シンがララライ公族領に到着したのは、山越を始めてから三週間も経った頃であった。
マースが必死に食糧をかき集め、ゆっくりゆっくりとシンの体力に気を配りながら、三週間。
シンはマースに頭が上がらない。
「まさか護衛の任務が、こんな過酷だなんて思いもしませんでしたよ」
「本当に、申し訳ないです」
「いえいえ、謝ることないんですよ?でもねぇ、もう少し事前に言ってくれれば私も準備できたと思うんですよねぇ」
「本当に、すいません」
「報奨金の方、もう少しはずんでくれてもいいだよ?」
「そのように、手配します」
シンの馬鹿正直なその返答にマースが冗談、と返す。
山を越えてからずっとこの調子でやってきた。
「私はシン様のことを少し気に入ってんだよ。あんたは頭がいい、私じゃわからないようなことも知っていたし、怪我の治療なんかもできる。でもね、体がお粗末じゃ話にならないってのは、わかるだろ?」
シンは申し訳なさそうに下を見ていた。
ここ三週間は終始、マースにおんぶに抱っこの旅。
山越から三日目で山の水で腹を下し、一週間目には熱を出して寝込んだ。
二週間も経った頃には足がまともに動かなくなってマースに文字通りおぶってもらいながら山を抜けた。
前述の通り、食料はマースが現地調達。獣が出た時なんかも彼女が対応した。
「軍人にならないまでも、もう少し体力をつけなきゃいけないね。わかった?」
「はい」
ラライカ領は国防の要所に当たる場所にある。
中心街には広い堀があり、簡単には登れない高さの城壁が聳え立つ。
いわゆる城塞都市だ。
入り口はたったの二つ、しかも憲兵が昼夜を問わず立っているらしい。甲冑を身にまとった憲兵が何人も並んで、街にはいる人間一人一人を見て回っている。
「噂には聞いていましたけど、すごいですね」
「そうだね。ここはいっつもこんな感じだよ」
マースは一度ここにきたことがあるらしい。
さまざまな土地で武者修行に行っていた時期があったようで、ラライカ領もその一つだ。ラライカ公族家という領主の影響からか、この街には剣術道場が多い。
この街で働いている男のほとんどはそれら道場で剣術を学んでいるそうだ。
「剣士にとっちゃ武の聖地なんて呼ばれている場所さ。そこで暇そうにしている憲兵も相当な猛者だね」
マースが指差す方向にいたのはあくびをしながら気だるそうに辺りをふらついている男だった。
しかし体は相当鍛えられている。彼女のいう通り強者なのだろう。
「あの憲兵、サボっていて大丈夫なんですかね」
「……あんだけの人数がすでに配置されているんだから、少し休んだって問題ないってことだろうさ」
気だるそうにしていた憲兵がこちらに気付いてにじり寄ってくる。
酒でも呑んでいるのかと思うほどフラフラと寄ってくる。
ある程度まで近づいてくると、憲兵の視線が自分の杖に向いていることに気づいた。
「フン」
その男は一瞥すると鼻で笑ってきた。
マースの眉が少し寄る。
「行こうか」
自分は彼女の言葉に静かに頷いた。
他の憲兵に声をかけて、父から預かっていた紹介状を見せると彼らは笑顔で街へと入れてくれた。サルバリット卿の武勇というものはここまで届いているらしい。当然と言えば当然だが。
その中の一人が領主の屋敷まで案内してくれると言ってきたので、自分たちはその言葉に甘えることにした。
わざわざ屋敷を探して、そこで誰かに取り次いでもらってとしていては面倒だというマースの判断だ。
それぐらいわざわざ門番を一人引っ張り出すまでもないだろうと思ったが、そうして正解だったと気づくまで時間は掛からなかった。
この街には屈強な男が多い。中には明らかに堅気ではないような風貌の人間もいる。定期的に彼らの怒号が聞こえ、自分と同じくらいの年齢の子供は一人も見当たらない。帝都ほど治安は悪くないと聞いていたが、この様子だとさして変わらないのだろう。
男の怒号が響くたびマースが剣に手を伸ばしかけていて、自分としてはそちらの方が気が気ではない。
「いかんせんうちの人間は荒くれ者ばかりでしてね。護衛の方がいらっしゃると言っても女性と子供の二人だけじゃあ難癖をつけられてもおかしくないんですよ」
「……はぁ」
屈強な男たちが声高らかに王政を守るだのなんだと集まっている。中には反王政派の連中を皆殺しにしろだとか、物騒なものも混じっていた。
「近頃じゃこんなのばっかりです」
「大変ですね」
憲兵の背中がやけにしょんぼりしていた。
憲兵に連れられるまま、自分たちは領主の屋敷までたどり着いた。
屋敷というより城である。街の外周と同じように、いやそれより深く堀が作られていてところどころに人の頭ほどの大きさの窓が付いていた。
おそらくあそこから弓を撃つのだろう。
「それでは、私はここで」
「ありがとうございます。ミスラさん」
マースもぺこりと頭を下げていた。
「またどこかでお会いできると思います。それでは」
ミスラが意味ありげに別れの言葉を残して去っていった。
「……普通こういうのは、またどこかでお会いしましょう、とかでは?」
ふとした疑問をマースに聞いてみたが、彼女は頭に疑問符を浮かべるのみだった。
何をそんなに気にしているのかがわからないと言った様子なのをみて、自分もそれ以上は何も言わなかった。
なんにせよ、自分とマースはここまでたどり着いた。
ここからリンベル・シンの第二の人生が幕を開けるのだろう。
なんて
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