第19話 杖つきの少年

「もう少し腕の筋肉をつけた方がいいね。剣をふる力に負けてるよ」

「はい!」

「ほら、まただらっとしてる」

「はい!」

長年の引きこもり生活によって、自分の体は立派なボディーに仕上がっていた。。

剣の重さに負け、振るたびに剣先が地面にぶつかる。これではクワを持った方が幾分か生産的だ。

「思ったよりも、鍛えがいがあるね」なんてマースは言っていたが、それが皮肉にしか聞こえない。

定期的に馬車の荷台から降りて剣を振り、体力が切れたら再び馬車に乗っての移動の旅。過酷なんてものじゃなかった。

そんな道くさを食いながらでも夜までには宿に着いてそこで寝ることができるのは、ひとえにマースが旅慣れているからだろう。


「問題はやっぱり足だね。力を込めることができないっていうのはやっぱりなんとかしないと」


自分の足がこうなってしまったのに自分はいくつか仮説を立てた。マルトの言っていたことと、感覚で理解してきたことを元に建てたものだ。

医導官であるマルト曰く、自分の足はレイシャの流した雷の魔力を受けてしまい、自分自身の魔力が流れづらい体になってしまっているらしい。

しかしそれと足が動かしづらくなる直接的な理由は未だ解明されていない。

理由には見当がつくが、それがどうしてそのような結果になるのかがわからないというのは別に魔法に限らず起こることだ。


そこで思い出したのはマースが持っていた剣だ。

彼女が使っていた剣に彼女の魔力が滞留していた。彼女が意図的にやったものではないということは、すなわち無意識的に彼女が魔力を扱っているということになる。

そしてこの旅の最中気づいたのは、マースは常に臨戦体制で警護に当たってくれているということだ。


それがどういうことか。もし彼女が剣を握るに魔力をなんらかの形で利用していたとしたら、ある程度辻褄が合う。

この世界の人々は何か力を込めるたびに魔力を消費しているのかもしれない。となれば足に魔力を行き渡らせることができない自分の体がこうなってしまっている理由にもなる。


ただこれはあくまで仮説だ。

力を込めるということが筋肉を使うということであれば、歩くことすらままならないはずだ。

しかし自分は歩く程度なら問題なくこなせる。

そこからつまづきそうになったりすると、そこから立ち上がれなくなってしまう。

これら動作の違いが未だ推測できていない。


「……道のりは長いですね」

二つの意味で自分は少し自虐的に呟いた。




マースと旅を始めてからもうそろそろ二週間になろうとしていた。

ララライ公族領へはある程度街道も整備されている。ほとんどが馬車での移動の旅だから命の危険というものはあまり感じられない。

そのはずだった。

「シン様、明日から山越だ」

マースが宿で準備がてらに言ってきた。

山を越える、というのはこの国においてはかなり危険な行為だそうだ。

帝国の東部には霊峰と呼ばれる山脈が続いている。そのさらに東には敵国との防衛戦が引かれ、たびたび小競り合いが繰り広げられてきた地域だ。

自分たちが今いる場所はその霊峰近くの宿場町である。そこからララライ公族領へ行くにはどうしても霊峰の一部を越えなければならない。

登山というほどの傾斜を登ることはない。


しかしここで無視できないのは山賊の存在だ。敵国との戦争で落武者になった連中が徒党を組んでこの一帯に住み着いているらしい。

帝都から帝国北部への最短経路を行こうとするとどうしても彼らの縄張りに足を入れることになる。運賃を安く済ませようとした商人の一団なんかは彼らの格好の獲物である。それこそ自分のような貴族も獲物としては上出来といったところだろう。

山賊と言っても元は戦争経験のある兵士だ。そこそこの手だれであろう。

「なんとかして霊峰を迂回するような道はないんですか」

「それは難しいって言ったろう。そうなると大湖を沿うように移動しなくちゃならないし、あそこら辺は街道もない林の中を移動することになる。獣に襲われながらの長旅は、シン様には無理だと思うね」

「それは、そうですね」


そもそも帝都を出た時点でもっと違う安全な道を行けばよかったのかもしれない。


いやそんな道はない。行くとすれば大湖を反時計回りに歩くルートだが、そうなれば反王政派閥の公族領を経由することになってしまう。本末転倒だ。


「まぁ、盗賊に襲われた時のために私がいるんだ。任せなよ」

「……お願いします」

女性に守られるというのはいささか情けないが、頼る他ない。



〜〜


次の日、マースと自分は馬車から降りて徒歩で霊峰に向かった。

馬に乗っていてはかなり目立つ。それになだらかとはいえ山を越えるのに馬は向いていないからという理由で、自分は杖を手に歩くことになった。

二日ほどかけて行う山越の旅。

「シン様。足の具合はどうだい」

「だい、丈夫、です」

「息が切れてるね。少し休むかい」

「……あと少ししたら、お願いします」

この二週間の剣術の訓練で得たのは果たしてなんだったのか。

引きこもりにこの道はかなり険しい。


少し歩いた先から涼しい風が吹いてきている。

独特な匂い、水の音。

「川があるね。一旦休憩にしよう」

マースのその言葉を聞いた途端、自分は糸が切れたようにぽてんと座り込んでしまう。


体力のなさは一つの課題だな、なんて思いながら自分は再び立ち上がった。

まだ山越は終わっていない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る