第17話 剣士との旅路
検問所を出た後自分とマースは近くの村まで立ち寄り、そこに繋いであった馬車に乗った。
馬車といってもちいさな荷台のついただけのものだ。貴族の乗り回すような派手な個室なんてものはない。
それに揺られながらマースは色々な話をしてくれた。
「ここから私たちは霊峰に繋がる街道を抜けて、ララライ公族領に向かいます。途中獣や盗賊が襲ってくることもあるかもしれませんから、警戒だけは忘れないでください」
「盗賊がいるんですか?」
「数は少ないですけどね」
周囲に広がるのは広大な麦畑だ。
もしこの畑を抜けて、盗賊に出会したらどうすれば良いのだろうか。
マースと自分は果たして逃げられるだろうか。
荷台がついた馬車は彼らからすれば格好の獲物だろうから、簡単には逃げられない。
応戦しようにも役に立たない自分を守りながらマースが戦うことになる。
そのときはサルバリットの息子である自分を守るために、彼女は戦うのだろう。
「……マースさん。敬語で話すの、やめてくれませんか。初めて会ったときはそんな感じじゃなかったですし、目上の人に敬語で話されるのはむず痒いです」
「そうかい?じゃあそうさせてもらうけど」
彼女は呆気に取られたような顔をしながらも、砕けた話し方に戻った。
馬車に揺られてから半日は過ぎただろうか。
旅の上で気をつけることをマースが教えてくれているうちに日が沈んできていた。
もうそろそろ、夜になる。
夜になるということは、危険も増えるということ。彼女が教えてくれたことだ。
「やっぱり、剣術は学んだ方が良いのでしょうか」
自分は彼女に問いかける。
「剣術かい」
「この足じゃ、まともに剣を触れないのはわかってはいるのですが。どうしても、このままじゃいけない気がするんです」
マースは自分の足を見つめてくる。
全く動かないと言うわけではない、しかし剣をふるには不十分なその足を彼女はじっと見つめる。
「父上は義足だ。普段の生活で時折不自由しているのをよく見たよ」
「そうでしょうね」
「でも、剣をふるときはなんの枷にもなっていないようだった。うまく使っているみたいだったね」
ギレイは、義足とは絶対に曲がらない足のようなものだと言っていたらしい。
人の足のように関節を軸にして自由に動くものではない、不自由なものだと。
「足を第二の剣のように扱っていた。当然負担は尋常なものではなかったけれど、君にもそういう戦い方ができるんじゃないかな」
彼女は顔をこちらに向けてニカっと笑う。
あの時、初めて会った時のように晴れやかなその笑みを見て、自分はどこかほっとしていた。
彼女は、自分をただのシンとして見てくれているような気がした。
「私たちの流派は他流派と比べて足技が少ない。もちろんないわけではないし、克服しなければいけないものもたくさんある。それでもいいなら、この旅の間私が教えてもいいよ」
「本当ですか?」
「ああ。剣士に二言はないよ」
彼女は一本の短剣を投げて渡してくる。
「剣をふるのはいいことだからね」
その短剣を握ると、少し柄の部分が温かった。別に彼女が握りしめていたわけでもない。しかし、どこか体の髄に染み渡る熱があった。
「……魔力、か?」
ロマンチックに解釈しても良かった。むしろそうした方がいいのだろうとは思ったが、どうも気になる。
この感触は、魔力を物体に通した時とよく似ていた。
彼女が魔法を使えるとは、あまり考えられない。
マースは剣士だ。わざわざ魔力を剣に通して何かをしていた可能性はないだろう。
となると無意識に魔力を扱っているということになる。
「その短剣、私のお古だけどあげるよ。最近は使ってなかったけど切れ味は保証する」
「どこかで試し斬りをした、とかですか?」
「うん?今朝やったばかりだけど。なんでそんなこと聞くんだい?」
「ちょっと気になって」
おそらく、マースは剣をふるときに魔力を込めている。それがどうしてか、どうやっているのかはわからない。
魔法は医導官になろうとする人間くらいしか学ばないニッチな分野の技術だ。一般人でも扱えるような簡単な代物ではあるが、魔力を飛ばす感覚、受け取る感覚というものまで鍛えようとすると相当な鍛錬が必要になる。魔力糸なんかがいい例だ。
この剣に込められた魔力はおそらく芯に伝わるように強く、しかし発散しないように押し込められている。ただ魔力を剣に流すだけだと柄の部分が火傷するような熱さになるだろうし、かといって微弱な魔力だとおそらくこのような熱は残らない。
この熱の胎動は間違いなく繊細な魔力操作が可能にした代物だ。
「マースさん。魔法を扱ったことはありますか?」
「魔法?そんなもんあるわけないよ。シン様はあるのかい?」
「ええ少し。医導官に知り合いがいて習った程度ですが……」
「へぇ。そりゃすごいね」
彼女は魔力を無意識的に使っている。
となると考えられるのは剣を握るときに魔力を流すことで何か効果があるという可能性だ。剣をふる速度が早くなる、とか。
それ以外だと魔力を流すのはあくまで動作の副次的なものであるという説。力を込めたときにいつの間にか体が魔力を放出してしまっている、という可能性。
前者の説が本当であれば胸が躍る話だが、可能性は薄い。そのような効果があればとっくに技の一つとして定着しているだろう。
しかしそういう話は聞いたことがない。
「……さっきから何考え込んでいるんだい?」
自分は剣を少し上に掲げて、意図的に魔力を流した。当然熱を帯び始める。そのまま力を流し続けていたら炭化してしまう。咄嗟に流した魔力を糸を出して吸収した。
魔力糸が使えないと医導官になれないというのは、こういう使い方もあるからだ。
「この剣の、柄のところに魔力が籠っていました。おそらくマースさんの魔力です」
「私、魔法なんて使えないんだけど」
「でも確かに魔力を感じたんです。心当たりとかはないんですか?」
「ないねぇ」
彼女はまるで興味がないようで、馬に跨りながら向こうを見ていた。
「シン様は医導官になりたいのかい?」
彼女はふと、そんなことをいってきた。
確かに今の自分は側から見れば医導官を志す少年のようなものだろう。
魔法についてよく調べ、鍛錬も行い、その上魔法書を持ち歩いているのだから。
しかし、自分はあくまで軍人の息子だ。
医導官にはなれない。
「少し、興味があって調べただけです。魔法だって何かいい使い道があるかもしれないですし」
「じゃあ、剣を覚えて軍人になりたいんだね」
言葉が詰まってしまう。
「意地悪なこと言ったみたいだね。ごめんよ」
「……いえ」
自分の顔は自分では見えない。
それがよほど暗い顔をしてしまっていたのか、彼女の顔からは笑みが消えていた。
馬が土を踏み締める音のみが聞こえてくる。
「……よし、次の街に着いたら少し剣の練習をしてみよう」
「本当ですか」
「ああ本当だとも。剣を振ればちょっとした悩みだって消えて無くなるさ」
それから少しして。日が完全に傾く前に自分たちは宿場町に到着した。
馬から降りて、宿に着いた途端自分は気を失うように眠ってしまった。
このような旅が、あと一月ほども続く。
道のりは長い。
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