第16話 剣士との遠出
「シン、お前には一度家を出てもらう」
「……はい?」
唐突に父からそのようなことを告げられた。
そばには母がいる。彼女に助けを求めるように目配せをしたが、彼女はそれに気づくも黙っていた。
「どうしてですか」
「お前のためだ。帝都にこれ以上住むのは危険だと、俺が判断した」
父から語られてのは現状の立場だった。
帝国内で内紛が始まる恐れがあるということ。
父がそれの矢面に立つ可能性があるということ。
彼の政情が苦しいとは聞かされていたが、そこまでとは思っていなかった。
「お前をラライカ公族の養子になる。ちゃんと相手方とは話をつけてあるから、三日以内には出発しろ」
ラライカ公族。公族家の中でも中堅といったところの家だったはずだ。
長男を領主にすえ、次男三男を軍に入隊させるしきたりがあると聞く。そこでできたコネを使って家を存続させている、とも。
半分軍属みたいな家だ。確かに父の味方となってくれるだろう。
「俺と、母さんのことは心配するな。軍も味方になってくれる」
父はそう笑いかけていた。
はっきり言って、この屋敷での生活は半年に満たなかった。
しかし楽園のような場所だった。
多くの本に囲まれ、何かに追われるようなこともなく過ごせた。
「しかし養子か……」
貴族社会では養子を取ると言うのは別におかしな話ではないらしい。
ただ父の話によるとラライカの家は王政派閥の総本山のような場所だという。
そこに養子に出されると言うことは、すなわち自分も王政派閥の一員として見られていると言うことになる。
こんな世間知らずの、半ば引きこもりのような生活をしていた自分が、だ。
「父は自分をどうしたいのだろうか」
ふと、そんなことを呟いてしまった。
〜〜
そうこうしているうちに出立の日になった。
養子として公族領にいる期間はおおよそ五年と聞かされている。
五年もの間、自分は母と父と、グレイやレイシャ、リッツたちと離れ離れになってしまう。
片道だけで一ヶ月はかかる道のりだ。そこで、父が護衛と馬車を手配してくれたという。護衛の人は長旅に心得があるようで、困ったら頼れとも言われてしまった。
「シン様。お迎えにあがりました」
そう言って窓から入ってきたのはどこかで見覚えがある女性だった。
女性は窓をパタンと閉め、平然と土で汚れた靴で部屋に上がり、傅いてくる。
「この屋敷からお連れし、そのまま帝都を抜け出すところまで手筈はつけてあります。お荷物は……」
「ここにまとめてあります」
小さな鞄には三冊の本と、水筒と、結構な額の金が入った麻袋が入っている。
「これだけ、ですか」
「はい。護衛、お願いします」
女性は静かに頷くとその鞄を左の脇腹に、そして自分を右脇腹に抱えて再び窓から出た。
出る時、自分の持っていた杖がひっかかって足に当たった。少しミミズ腫れができた。
「帝都から少し出たあたりで下ろします。それまで捕まっててください」
女性は人目につかないような路地をぐるぐると周っている。
「迷ったりしてないですよね」
「まさか」
女性は自分を抱えながら息一つきれていない。それどころか少しペースが上がっていた。
彼女が走るたび、自分の頬が腹に当たる。
少し姿勢が崩れれてそれが彼女の腰のあたりにまで達する。
自分はその感触が心地よくて、その姿勢のまま動かないでいた。
「……やっぱり、変わってないですね!」
彼女に抱えられるまま、自分たちは帝都の端にある検問所まで到着した。
「あの、どこかで会ったことあります?」
「覚えていないんですか?」
「すいません……」
女性はカラカラと笑いながら頭を撫でてきた。
「マースだよ。本当に覚えていないのですか?」
あの人か。
マース、リッツの道場にいた師範の娘だ。
自分は彼女の腰のあたりを見て鼻血を出した。
「やっぱり変わっていないですね。さっきも私の腰のあたりに頬擦りしてたし」
してない、と言いたいが実際してしまっているのだ。何も言えない。
「これからよろしくお願いしますね。シン様」
彼女はそう言って検問所の方へと歩いていく。自分も顔を赤くしながら彼女の後を追った。
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