第13話 恋慕

レイシャがシンが道場で倒れたと聞いたのは、リッツとグレイが孤児院に帰ってきてからのことだった。

リッツは終始、なぜ先生が鼻血を出して倒れたのかわからない様子だったがグレイは何かを知っている風だった。


即刻、彼を問い詰めてみると、道場にいるマースという女性の腰を見てから、シンの様子がおかしくなった、とのこと。

その話を聞いて、なんだか私は無性にムカムカした。


お父さんが仕事から帰ってくると、グレイも連れて今日のシンの様子を報告した。

「シン坊が倒れた?一体どうして」

「鼻血出して、こう、バタッと。先生も大丈夫だって言ってたし、多分病気とかじゃないから。多分、平気だと、思う」

グレイは嘘をつくのが下手だ。隠したいことがあると、こうやって言葉がおかしくなる。


「道場の女の人の体を見て、興奮して倒れた、ですよね」

「……そう、です」

私が言い直すと、お父さんはケラケラと笑い出した。

「なんだ!そんなことだったのか。いや、確かに、そりゃ……フッ」

「リッツはわかってなかったっぽいから、言わないほうが」

「あぁ、黙っていよう。あいつには話しづらいよな」

自分の姉弟子に、自分の読み書きの先生が興奮して鼻血を出した、なんて聞きたくもないだろう。それには賛成だった。


「あいつもマセたところあるんだなぁ。いや、驚いた」

「何がおかしいんですか」

私は、ふとそう聞いてしまった。

おそらく、すごく不機嫌で不貞腐れたように聞いてしまっていた。

「シンがそんなすけべだったなんて、そんなの。だめです」

「スケベ?あぁ。まぁ、確かにな」

お父さんは笑いながら、私に諭すように、教えてくれる。

「でも男なんてそんなもんだ。そりゃ、少しは幻滅するかもしれんが、許してやってくれ」

「幻滅なんて、そんな」


「レイシャは女だからわからないんだよ。そもそもお前には秘密にするつもりだったし」

グレイもお父さんに続いてそう諭すように言ってくる。

なぜだか無性にイライラしてくる。


「わかり、ました」

これ以上こういう話を聞いていると、ムカムカが大きくなる気がした。

私は不貞腐れながら、その場を後にした。


〜〜


レイシャの様子が最近おかしい。

何か頼み事をしようとすると彼女はそっぽを向いてどこかへといってしまう。

頼み事を言う前にいなくなってしまうので、どうしたものかと迷っていると、いつの間にか頼もうとしていたことをやってくれている。


「何か嫌われるようなことでもしましたかね?」

グレイにそう聞いてみても、彼はさぁ?とすっとぼけてしまい、アテにならない。

リッツに聞いても、わからない、と言われるだけだ。


レイシャに頼むのは課題の丸つけ程度の簡単な内容だった。

自分が授業を行い、彼女がそれの補佐をする。それがここ一年近く続いていた。

レイシャに手を借りている状況でマルトから給料を受け取るのは気が引けたので彼に聞いてみると、レイシャが勝手にやってることだから気にするな、と言われた。


レイシャは頭のいい子供だ。

どれほど頭が良くても、子供なのに変わりはない。

「レイシャ、最近なんだか様子がおかしいですけど……何かありました?」

「別に。なんともないです」

「なんともないなんてこと、ないでしょう。何かして欲しいことでもあればいってください。力になりますよ」

「……なんともないですから」


こんな子供らしい問答を繰り返していた。


〜〜


リッツに付いてもらいながら、家に帰った。

少し前までは世話役の人に連れられながら帰っていたが、今ではその役が変わっている。

何せ下手な大人より強くなったリッツなのだ。変な輩が来たとしても彼なら大丈夫だろう。

「先生。じゃあ、また明日」

「はい。ありがとうございます」

リッツが何か言いたげな顔をしている。

「何かありました?」

自分がそう問いかけると、彼は苦々しそうに俯いていた。

「レイシャのことですけど」

「はい」

「怒ってないんですか」

「何がですか?」

「最近。ずっと不貞腐れてて、先生にも失礼な態度とってるみたいですし」

リッツの顔には不安の文字が広がっている。

「怒ってなんかいないですよ。むしろ彼女は私がやるべき仕事を手伝ってくれてるわけですし、怒られても文句は言えない立場です」

「……そう、ですか。先生がそういうなら、別にいいんです」

リッツはそう言い残すと、その場を後にした。


家に帰ると、母が待っていた。

何やらとても嬉しそうで、一枚の手紙を手にそわそわとしながら椅子に座っている。

「ただいま戻りました」

「あら、おかえりなさい」

「何やら嬉しそうですが、その手紙に何か?」

「……父様からの手紙ですよ。中身は、もうすぐ帰ってこられるって」

なんと。

「本当ですか!?戦争に勝ったのですか!?」

「ええ。しかもすっごい活躍したんですって!ひょっとすると将軍になれるかも……」

「本当、ですか……」

父の活躍は、時折耳にしていた。

敵の大兵団を手玉に取って砦を制圧したとか、敵の将軍を討ち取ったとか。

いつ戦死してしまってもおかしくない場所にいたにも関わらず、それほどの功績を上げてくるというのは、戦争なんかに疎い自分でも良くわかっていた。

「さすがは父上です。いつ頃帰ってこられるのですか」

「二ヶ月ほど先になると。色々な処理もあるそうで、早くてもそれぐらいにって」

「本当、ですか……父上が」

自分は、ふと自分の足を見てしまった。後ろめたいことなどない、はずなのだ。

しかし少し不安になってしまっている自分がいる。


「帰ってきたら盛大にお祝いをしましょう!」

「そうですね」

浮かれている母親を尻目に、自分の内心というものは穏やかではなかったのだろう。

頬を伝う汗の感触が嫌に残っている。

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