第11話 太刀
カツン、カツンという石畳を叩く音が響く。
杖が人の重みを床に伝え、それが響く音。
「シン先生。杖には慣れましたか」
「まぁ、なんとか。まるで老人のようですが」
シンは孤児院を訪れていた。
杖を持ち、まだ完全には動かない足を引き摺りながら彼は今も子供達に学問を教えている。
「危ないですから、ほら掴まって」
そう彼の手を引くのはリッツだった。
「大丈夫ですよ」
あれから、2年の時が流れた。
懸命にリハビリをした結果杖を使って歩くことができるようになった。かかった期間は半年にも及ぶ。その間、リッツとグレイは懸命に支えてくれたし、レイシャは身の回りの世話をこなしながら自分の勉強を欠かさずしてきた。
時折シンが勝負だといって色々な学問の問題を投げたが、そのどれもをレイシャはいとも容易く解いてしまうほどになっていた。
才能の差というものを感じる。
「みんな、先生が来たぞ」
二年前から教えていたグレイたちはすでに読み書きができるようになっていた。しかし当時幼かった子供たちはまだそれができていないままだ。
一年前からミイシャとジーラという二人の子供に、今年に入ってからはガストラとガイゼンという双子も交えて授業をしている。
杖を置いて、孤児院の中にある広間に向かうと彼らが待っていた。
「それじゃあ、授業を始めます」
齢8歳、夏のことだった。
〜〜
夕方、マルトが孤児院に帰ってきた。
「シン坊、足の具合はどうだ?」
「杖にも慣れてきました。走るのはやっぱり難しいですね」
「そうか」
彼によると二年前に起こったあの事故は体が未発達な子供だから起きたことらしい。
通常大人の体に他人の魔力が流れても多少痛みがあるぐらいでここまで重症になることはない。
しかし子供の体は成長途中で、体内にある魔力量も定まっていないものなのだ。そんな不安定な中に他人の魔力を無理やり押し込んでしまうと、体が過剰な拒否反応を起こしてしまう、らしい。
「大人の体ってのは水が満タンに入った桶みたいなもんだ。そこに他の水を入れたって溢れるだけだ。でも子供の体は桶に少し余裕がある。だから余計な水も入れ放題。レイシャは雷を通してお前の体に魔力を通したから余計に不味かった」
「雷は水に伝わると聞きますけど、それが原因ですか?」
「ああ。人間の体は雷をよく通す。何か他のもの越しに魔法を使えばここまでの大事にはならなかったかもな」
「なるほど……」
さすが、医導官というだけあってマルトは魔法についてはかなり詳しい。
グレイと自分はこうして時折魔法について彼から教わっていた。
ちなみに今グレイはこの場にいない。歴史学が最近疎かになっていたから、レイシャに任せて勉強させている。
「シンはもう魔法を使えるのか?」
「二年もあれば使えるようになりましたよ。マルトさんがいってる魔力糸?っていうのはまだ無理ですけど」
「魔力
なんでも、その魔力糸とやらを使うことで他人の体の中の魔力を制御できるようになるという。医導官にとっての手術道具というわけだ。
「グレイも苦戦しているんですか」
「見てるとそんな感じがするんだよ」
彼はどこか遠い目をしていた。
見てると、ということは相談されたりはしていないらしい。
当然自分にとっても寝耳に水な話だ。
「シン坊、ひとつ相談なんだが」
「はい」
「軍学校に興味はないか」
軍学校、聞いたことはある。父が軍の要人ということもあってゆくゆくは自分も通わなければならないのかと思ってはいた。
「ないですね。剣も持ったことの無い私じゃ、軍に入れるわけないですから」
軍学校の入学試験に必須なもの、それは武勇だ。
なんたら道場で俺は何人抜きをしただの、道場破りをしただの。そういう問答が軍学校では求められるらしい。
この足じゃ、剣なんて持ったところで重さに負けて転ぶのがオチだ。
「というか、なぜグレイの話からそんな話に変わるんですか?軍人になりたいようには見えませんけど」
「あいつのことも心配だが……リッツのことだよ」
「リッツが」
リッツはいい兄貴分として常にみんなを引っ張ってきていた。
剣術の才覚もあるのだとは思う。最近素振りを始めたらしいが、素人目から見てもその筋が素晴らしいのは目に見えてわかった。
「最近道場に通い始めたと聞きますが」
「あぁ。つっても守護流の道場だからな……」」
守護流というのはその文字の通りに、守ることに重きを置いた一派だ。
この国の軍で採用されているのはガイラー流剣術という、全く違う流派だという。
「リッツは軍人になりたいのではないですか?守護流でいくら名を上げたとしても、軍に入れるとは」
「それなんだよ、てっきり軍学校に入りたいもんだと思ってたから。でも、守護流の道場だろ?だからヨォ」
マルトの顔は困惑と不安が入り乱れたような、そんな表情だった。
自分が頼りにしていたリッツが、自分ではわからないことを始めた。そのことがよっぽど不安なのだろうか。
彼はこういう顔をする男ではない。少し新鮮な気分だ。
「その道場に様子を見に行ってほしいのですか?」
「ああ。頼めるか?」
「……私も、少し守護流には興味があったので」
「悪いな」
その後、マルトと少し話をして道場に顔を出すことが正式に決まった。
その道場にはマルト孤児院に新しく入った子供ということで、見学に来たということにした。リッツにもそう伝えている。
「先生が稽古の様子を見にくるなら気合が入ります」なんて言っていた。
本当のところを彼は知らない。
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