第6話 騒動
目が覚めると、そこには母がいた。
自分は母の膝の上で眠っていた。
「えと、ここは……?」
「医務室だよ。目が覚めたみたいだな」
声のする方には、マルトがいた。
医導官の制服を身に纏っている。帰り道か何かだろうか。
……医務室?
「医務室って、一体何が?」
「シン!」
起きあがろうとすると、母が力一杯に抱きしめてくる。
農村出身で力仕事もしてきた母の抱擁は、正直息苦しい。
「は、母様?」
「無事で、よかった……」
その母の抱擁で、寝起きで虚だった意識が戻ってきたのがわかった。
そういえば、レイシャに頼んで魔力を掴むために魔法を打ち込んでもらったんだ。
しかしそのショックで気を失ってしまった。
おそらくこの場にマルトがいるのは治療してくれたからだろうか。
ふとあたりを見回すと、レイシャの姿がどこにもなかった。
「……レイシャは、どこですか」
母の腕を払って彼女を探そうと立ち上がる。
しかし、足がいうことを聞かなかった。
「ッ……」
「無理すんな、足の筋肉がおかしくなってんだ。重ための筋肉痛みたいなもんだからすぐ治るが、今は安静にしとけ」
マルトがそう言って立ちあがろうとする自分の肩を抑えつける。
足よりそのおさえてくる腕の力の方が痛い。
「レイシャに用があるんだろ?呼んできてやるからちょっと待ってろ」
手をひらひらとさせながらマルトは医務室から姿を消した。
彼はこのことを特になんとも思っていないらしい。
そんな問答を見て、母が頭を撫でてくる。
「何があったのかは、マルトさんから聞いてます。それがもし本当なら、私は……」
母は初めから自分が孤児院での仕事をするのを快くは思っていなかった。歓迎されなかった時のことをしきりに考えていたのだろう。そういう人だ。
ただ、それでも自分が行きたいというから許可してくれた。
しかしその結果がこれである。
母の側から見れば孤児院の子供が自分の息子に魔法を打ち込んで気絶させた。マルトは後遺症の心配はないと言っていたが、それでも不安にはなってしまうものだ。
ただの子供の喧嘩で済ませられる問題では、ないのかもしれない。
「マルトさんからはなんて?」
「その子、レイシャが、あなたにいいところを見せたくて、うまく魔法が使えないのに魔法を見せた。でもやっぱり制御できなくて、あなたに魔法が当たってしまって、気絶させた、って」
レイシャは魔法をうまく扱えていなかったのだろうか。
でも彼女は自分に魔力の流れを見せてくれた。その実演は完璧だったはずだが。
「本当ならあなたに当てる魔法はもっと小さいものにするつもりだったけど、でもその子は失敗してしまって、思っていたよりもっとずっと大きい魔法になったから、わざと外そうとして、でもそれがあなたに当たって……」
話が見えてきた。
実はレイシャは魔法が扱えていなかった。しかし、自分にいいところを見せようとして、失敗。小さいの魔力を当てて魔力を実感するというものだったが、想定よりも大きな魔法になってしまった。慌てて標準を外そうとしたがうまく制御できずに自分に直撃してしまい、今に至る、と。
母もマルトも現場を見ていないから、おそらくこれはレイシャがマルトに打ち明けた内容だ。母も母で慌てているから、こう口下手になってしまっているのか。
「シンは、どうするの?その娘と」
母はそう、神妙な面持ちで語りかけてくる。
「どうするも何も、変わりませんよ。変えたくもないです」
「……そう」
「心配はご無用ですよ。あの子は自分より頭がいい子ですから、もうこういうことは起こりません」
母はため息をついていた。そうして頭を撫でてくる。
「あなたが選んだ道です。好きになさい」
母は医務室のベッドから立ち上がると、部屋の近くにいた女中と話して家に帰って行った。
今日はひとまず安静にするためにもここに泊まっていくこととなった。
母の顔は、少しやつれていた。彼女には心配をかけてしまっていた。
ただ、悪いことはしていないと思う。
「シラさん。帰ったか?」
「はい」
「ならいい。ほら、入ってこい」
マルトが連れてきたのは、レイシャと、リッツであった。
レイシャは目を赤く腫らしていた。それと、頬に痣ができている。
「レイシャ!?どうしたんですか、その痣は」
「すまなかった!」
そう言ったのはリッツであった。
「こいつにはきつく言っておいた!もうこんなことさせねぇ!だから、本当にすまん!」
彼には何かと謝られてばかりな気がする。
レイシャは頭を下げるリッツの姿を見て、すこし涙目になっていた。
そしてリッツの瞳にも、うっすらと涙が見えた。
「やめてください、そんな」
「レイシャを呼びつけてぶん殴りてぇってのはわかる!でも殴るなら俺を殴ってくれ!頼む!」
どこから自分がレイシャを殴るなんて話になってしまったのか。
しかし、リッツが冗談を言っているようにはとても見えなかった。
「やめろ、リッツ。シン坊は怒っちゃいねぇよ。な?」
「え?」
「シン坊、なんかレイシャに言いたいことがあったんだよな?」
レイシャは、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
なぜここまで彼女は追い詰められているのか。あれほど聡明な彼女が、なぜ。
いや、ここまで追い詰めたのは自分の責任なのか。
考えれば、当然である。
あの時、目を覚まして一番にレイシャをここに呼んだということは、彼女を糾弾するためと思われても仕方のないことだ。
自分は曲がりなりにも大兵団長サルバリットの嫡男であり、ここにいる孤児とは身分が違う。そんな人間に危害を加えたとなれば、最悪監獄送りになっても仕方のないことだった。
迂闊だった。
「でも、レイシャを呼びつけた、って……」
「リッツ。少し黙ってろ」
マルトが一喝すると、慌てていたリッツが口をつむいだ。
彼のいうことは絶対らしい。流石はマルトといったところか。
「レイシャ。顔をあげてください。怒ってないですから」
「で、でも。私……」
「私を庇ってくれて、ありがとうございます。母に面目ないところを見せなくて、よかったです」
「え?」レイシャはきょとんとした顔をしていた。リッツも同じように目をぱちくりさせている。
「私が悪いんです。レイシャにあんな酷いことを言って挑発したんですから。怒ってしょうがないですよ」
「な、なんの話?」
「言ったじゃないですか。お前は魔法なんか使えるわけない、ただの孤児の癖に、って。そういってしまいましたけど、私の間違いでした。あんなしっぺ返しを喰らうとは、いやはや」
「そ、そんなこと言ってないでしょ、シン、様は」
レイシャのその呼び方に、何か引っかかってしまう。
彼女は自分のことをシンさん、シンさんと呼んでくれていた。しかし、彼女は今自分のことを様とつけている。
「そんな呼び方もやめてください。謝るのは私の方なんですから」
「そんなこと言ったのか?シン」
マルトの表情は、曇っていた。
「……はい。教師失格ですね」
「いや!シンさ、まはそんなこと!」
「本当に、そんなことを言ったんだったら、ここから出て行ってもらうぞ」
「……わかりました」
マルトが怒るのも、当然のことだ。
さっき自分が言ったことは、彼が命をかけて育てている彼に対する最大の侮辱に他ならない。
当然の、ことだ。
動かしづらい足を引きずって、医務室から出る。
しかし肩を掴まれて自分はベッドに引き戻された。医務室中にベッドの埃が漂う。
「父さん!シンがそんなこと言うわけないだろ!そんなの、レイシャを庇って言ってるに決まってる!」
「リッツ?」
リッツが、鬼気迫る表情でマルトに食ってかかっていた。
「だよな!?レイシャ!」
「そ、そうです。私が悪いんです」
「だろ!?だから父さん!」
リッツが次の言葉を言う前に彼の口をマルトが塞いでしまう。
「リッツ、もう泣くのはやめろ。男の子だろ?」
「……はい」
「レイシャ、少しシンと話してろ。少し外す」
「わかりました」
リッツを引き連れて、再びマルトは医務室を去った。
去り際に彼はこっちを向いて笑いかけていた。
その笑みの理由はまだあまりわからない。
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