第5話 可憐
レイシャという少女について少し話をしよう。
元の名前をローズレイ・レイシャ・レザーリータ。ローズレイという辺境伯の娘として生を受けた少女であったが、彼女の父であるレザールが謀反を働いたとして処刑されてしまい、身寄りがなくなって今に至る。
物心がつき始めたばかりの頃に父親が処刑されるというショッキングな出来事あって、彼女はどこか抜け落ちたところがある少女だった。
頭は良いのだが、何かに思い立ったらすぐに行動に移してしまい周りが見えなくなるところがあるのだ。
彼女はしきりに本を読みたいと言っていた。
マルトの書斎に何度か忍び込んで本を読もうと色々めくってはみるが、文字がわからず途方に暮れる日々。文字がわからないのならわかるようになるまで読んでみようと、構わず忍び込んでは、本を読もうとする。
何日もかけて読もうとしていた本が、他の国の文字で書かれたものだと気づいた時は愕然としていた。
彼女を哀れに思ったマルトが、自分の時間を削って少しずつ文字の読み方を教えることにした。すると彼女は驚くべき速さでそれを理解していった。
天才だ、とマルトはすぐに気づいた。
しかし自分にはこれ以上さく時間がない。文字の読み書きだけではなく、より幅広い学問を勉強しなければこの才能を潰してしまうことになる。
それは、レイシャ自身も理解していることだった。
〜〜
「シンさん。少し教えて欲しいことがあるのですが」
「はい。なんですか」
「この本の、この一節なのですが」
「ヨーロレッヒの詩、ですか。いいですよ」
シンが孤児院に来てから一ヶ月が立とうとしていた。
レイシャは暇があればマルトの書庫にある本を読んでいるようで、凄まじい勢いで勉学に励んでいる。
リッツはまだ簡単な本しか読めないというのに、彼女はすごい。
正直、転生した自分より彼女の方が出来がいい。
「『一を十にして百を得るは難く、されども千を万にすることは易く』。何事もやり始めた時というのは難しいですが、進んでいけば物事はうまくいくという意味ですね」
「ヨーロレッヒの詩はためになると思いますよ。頑張ってください」
「はい!」
トテトテと音を立てながら彼女は書斎へと戻っていった。
何か恨めしそうにグレイがその様子を見ている。
グレイはあまり物覚えが良くなかった。すでにわかっている内容はすらすらと答えられるのに、全くわからないものになるとてんでダメになる。
今レイシャが読んでいる詩集も前に彼が挫折してしまっていたものだ。
「先生、魔法はどうするんですか」
「……ひとまず読み書きができるようになってからですね」
グレイは魔法書が読めなかった。だからあの時シンに頼み込んできていたのだ。
「いつになったら一緒に読んでくれますか」
「魔法書の中身がちゃんとわかるようになるまで、です」
少し不満そうな様子の彼だが、それ以上は何も言わずに手元の本へ向き直った。
リッツやレイシャと話していると忘れがちになるが、ここにいるのは子供達である。
投げ出さないあたりは、彼もまた大人びた一人の子供なのだ。
〜〜
昼過ぎ。子供達への授業を一通り終えて、自分は孤児院の庭先に出ていた。
グレイとリッツは居残りで少し課題を出している。
そして、彼には申し訳ないがひと足先に魔法の練習を始めることにした。
自分が彼より先に魔法を勉強すれば、彼は自分のことをお手本にしながら魔法の練習ができる。逆に自分は至らないところを彼に指摘してもらえる。
こういう大義名分がある、ということにしておこう。
さて、魔法書をぺらりとめくってみる。
前書きだのがつらつらと書かれていたが、そこら辺はいったん後だ。
「魔法の三大原則……火、力、雷?」
この本によると魔法は大きく三種類に分別されるという。
・空気に魔法を使うと雷を起こせる
・水に魔法を使うと波を生み出す
・物体に魔法を使うと熱を生み出す
これら三種類の法則をうまく扱うことを魔法というらしい。
また人間には魔力というエネルギーがあり、それには絶対量があって個人差がほとんど存在しないとも書かれていた。
「魔力を扱うには他人に魔力を制御してもらうのが一番、ってどうすればいいんだこんなの」
「魔法の練習ですか?」
「あ、レイシャか」
「レイシャか、って……私がいちゃダメですか?」
ダメというわけではない。
しかしグレイに告げ口されたら色々と立場が悪くなってしまう。
「グレイには何も言いませんよ?」
「なんでグレイの名前がそこで出てくるんですか」
「グレイに黙って魔法の勉強始めたんですよね?」
「……」
「図星でしたか」
レイシャはやはり賢い子だ。こういう感の鋭さは末恐ろしい。
「勉強はどうしたんですか」
「話すり替えましたね。まぁいいですけど」
レイシャはふふん、と鼻を鳴らしながら先ほど読んでいたヨーロレッヒの詩集を突き出してくる。
「『人死ぬる時、安寧を求めてはならず。明らかなること、これ実に人死ぬる時は争いの中である』ヨーロレッヒが晩年に遺した詩です。人が死んでしまう時は平穏な時ではなく、戦いの中で死んでしまうものであるという意味ですね。実際にヨーロレッヒが亡くなった時は翌年に戦争が起こってしまった、と他の本に書かれていました」
「……よくできました」
詩の意味を理解するだけでなく、その背景まで調べ尽くしてくるとは思わなかった。
負けてしまった、そう実感させられる。
「……もう教えれることは何もなさそうです」
「計算はどうするんですか?」
「もともということなかったですよ。歴史も、自ずと調べていけるでしょう……」
なぜか口を尖らせながらレイシャは「そうですか」といって自分が読んでいた魔導書を取り上げる。
「シンさん、魔法使えないんですか?」
「ええ使えませんよ。使えるんですか?」
「これぐらい簡単なものなら」
この娘、実は自分と同じく転生した別人なのではないだろうか。
いや言葉遣いといい、教えなければ詩が読めなかったところといい、おそらく違うだろう。違うよな?
「私が教えてもいいんですよ?」
「いや、自力でなんとかします」
「本当に?」
本当は、魔力の流れとやらがわからなくて困っていた。
ただそれを口にしたら本当に敗北してしまう気がする。
転生して中身が大人な自分が、この6歳の少女に敗北する。
「本当に、いらないんですか?」
「……魔力の流れの掴み方だけ、教えてください」
「はい!」
レイシャの顔が花のように明るくなった。こういうところはとてもわかりやすい。
ニコニコと笑いながら彼女は立ち上げって手のひらを広げる。
そして人差し指だけをピンと伸ばしてこちらを指さしてきた。
刹那、パチンという何かが弾ける音と共に体が痺れるような感覚に襲われる。
「これが空気に魔力を通すってことですね。うまくやればシンさんに雷を落とすことだってできるんですよ!」
「うん、うまくできてるんじゃないか……な」
体が痺れてまともに動かない。全身がピリピリと震えている。
そして、ほのかに感じる体の芯を通る熱いエネルギー。
「魔力、感じました?」
この熱いのが魔力というやつなのだろうか。
……を扱えるようになれば自分でも魔法が、使える?
頭が回らない
その瞬間、自分の意識はどこかへと消えてしまった。
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