5-10 エンディング後、その先の未来の話



 青鏡せいきょう殿の湯殿は、温泉施設かと思うくらい広い。数人が一緒に入っても問題ない広さなのに、ふたりだけってすごく贅沢。さっきまで青藍せいらんのお付きのひとたちがいたけど、すぐに席を外すように指示を出してくれた。


 ふたりで入るのだってすごく恥ずかしいのに、ひとから見られているなんて恥ずかしすぎて死ぬレベルだよ!


 お風呂には色とりどりの花が浮かんでいて、白く濁ったお湯のおかげで色々と隠せるので助かった。昨日、俺たちは正式に婚約をしたことになっている。青藍せいらんの何度目かのプロポーズを俺が受け入れ、とうとう身も心も捧げてしまった。


 はじめてだったけど、キラさんのアドバイスを聞いて、ちゃんと準備をしていたおかげだろう。


青藍せいらん、様····えっと、大丈夫ですか?」


 一応、お付きのひとは下がらせているけど、ここでは白煉はくれん青藍せいらんでいようと、湯殿に来る前に話していたので設定を守る。


 にしても、こんなにお風呂が広いのに、どうしてくっつく必要が?


 俺は青藍せいらんに抱っこされる形で、背中と胸がぴったりとくっついているような状況なのだ。しかも腕でしっかりホールドされていて、身動きが取れない。いや、白煉はくれんの身体能力があれば、簡単に抜け出せるんだと思うんだけど、それをする理由もないし。


 俺たちのことは周囲も周知している。従者や護衛のひとたちだけでなく、皇帝陛下や皇子たちでさえも誰も突っ込んでくれない。


 さすがBLゲームのセカイ····。


「よく考えたら、青藍せいらんって若いけど体力ないし、ヒロインより弱い設定だったのをその身で知ることになるとは····むしろ、あんなに何回もした・・のによく平気だね、ハクは」


「言い方···が、なんかヤだ」


 でも昨夜のことは、思い出すだけでもどきどきしてしまう。


 青藍せいらんがぐったりしているのに対して、白煉はくれんはちょっとだるい程度。問題があるとすれば、下半身に違和感があるくらい?


「お風呂、気持ちいいね。お花、青藍せいらん様がお願いしてくれたの?」


「そうだよ。特別って感じでいいだろう?」


 ゆったりと浸かれて、いい香りもして、なんだかすごく癒される。


「····不安?」


 青藍せいらんがきゅっと腕に力を入れたおかげで、さっき以上に隙間なく身体がくっついた。耳元で掠れた声でそう言った青藍せいらんに、俺は小さく頷く。だって、この後はもうエンディングしか残っていない。


 ゼロたちが言うには、エンディングはゲームのエンドロールみたいに流れ、俺たちはそれに関わることはないらしい。結婚式や、数年後に青藍せいらんが皇帝になるというまでの過程も、そのとなりで彼を献身的に支える白煉はくれんの姿も、一枚絵のように切り替わっていくだけなんだって。


「俺も、おなじだ」


 海璃かいりにもわからないこと。


 ゲームが終われば、ホーム画面に戻るのが普通だ。そこで選択するのは、「はじめから」か「つづきから」だろう。乙女ゲームだと、集めたスチルイラストが見ることができる「ギャラリー」みたいな項目もあったりするけど。


「このまま、ずっと一緒にいられるなら、それ以上は望まないのに、」


 このセカイで生きていこうにも、エンディング後の先がないならそれも叶わないだろう。俺たちの役目も終わっちゃうってこと?


「みんなとも、もう逢えない?」


「ここのセカイのみんなにも、現実セカイのみんなにも、逢える可能性は少ないだろうな。だって俺たちは、もう····」


 そうだ。俺たちはあの時、暴走車に撥ねられて····たぶん、死んだんだと思う。

 転生って、そいういうことでしょ?


「けど、俺は白兎はくとと離れる気はないから。もし、神サマなんて存在が本当にいるのなら、それだけはなんとしても叶えてもらう」


「······海璃かいり、」


 そんなこと、本当にできるのかな?


 しばらくしてお風呂を出て、お付きのひとたちに新しい衣に着替えさせてもらった俺たちは、重い足取りのまま湯殿を後にした。



******



『これより、エンディングとなります。心の準備はよろしいですか?』


 ふたりで白煉はくれんの部屋に着くなり、ゼロが問いかけてきた。部屋にはキラさんもいて、どこか元気がない様子だった。三人とも、不安しかない。俺たちは、本当にどうなってしまうんだろう。


「みんなにお別れ、できないってことだよね····」


『あなたたちはここで終わりですが、彼ら彼女らはゲームの中で生き続けます。本来の青藍せいらん白煉はくれん雲英うんえいもまた、同様です』


白煉はくれんたちは、エンディング後も幸せに暮らせるってこと?」


『そのように描かれているのは事実です』


 つまりは、俺たちがゲームのキャラとしての役目を終えただけで、この中のキャラたちはちゃんと続いていくってことでいいのかな?


「ちょっと悲しいけど、それなら救いがあるわよね。元々は彼女たちのお話なわけだし。バトンタッチしたって思えば、いいのかも」


 キラさんがいつものハキハキした声で頷いた。でも結局、俺たちがどうなっちゃうのかはわからないままなんだけど。それもエンディング後にわかるのかな?


 海璃かいりは俺の手を握り締めたまま、なにも言わなかった。


『三十秒後にエンディング開始。我々の役目もそこで終わります。短い間でしたが充実した時間でした。この先のことはあなたたち次第です。どうか、そのことをお忘れなきよう』


「え····、ゼロたちともお別れなの?」


「なんだか、寂しいわね。イーさん、今まで本当にありがとう。あなたのおかげで、 雲英うんえいとして頑張れた気がするよ、」


『カナン、こちらこそ楽しい時間でした。あなたの行動にはハラハラさせられましたが、無事にエンディングを迎えることができて嬉しいです。ナビゲーターとしての役割は終了しますが、これまでのことはけして忘れません』


 イーさんの穏やかな声に、キラさんは少し涙目だった。さっきは強がっていたのかもしれない。俺も、すごく寂しい。今まで傍にいた存在が急にいなくなるなんて。


マスター、ボクは別に寂しくなんてないですからね。あの方がどのような決断を下そうとも、文句は言わないでくださいよ?』


 ナビくんはそんな風に言うけど、どこか無理をしているような気もする。あんなに海璃かいりと仲良しだったのに、寂しくないわけないんじゃないかな?


「ああそうかよ。俺もせいせいする。煩いのがいなくなるからな」


 って、言いながらも、優しく笑っている海璃かいりの表情に、俺はほっとする。そうだよね。このふたりはこれが自然なんだよね。


『三、二、一、ゼロ。エンディング開始です』


 ゼロのカウントダウンが響き、開始の声と同時に俺たち三人の景色が真っ白になった。目の前には映画館にあるような大きなスクリーン。そこに映し出される美しいイラストと、その下に流れる文字。


 気付けば俺たちの姿も、魔法でも解けたかのように、元の姿に戻っていた。眼鏡がなくても見えているのは、これが現実ではないからなのかも。


 エンディングは止まることなく次々に流れていく。空間に響きわたる音楽は、『白戀華はくれんか~運命の恋~』のハッピーエンドの時に流れる、ゆったりとした明るく壮大なED曲だった。歌は入っておらず、文字に集中できるようになっているのも同じだった。


 そこには青藍せいらん白煉はくれんが赤い衣裳を纏い、みんなに祝福されながら結婚式を挙げているイラストが。


 その後は 雲英うんえいのその後だったり、海鳴かいめい蒼夏そうか碧青へきせい、それから赤瑯せきろうの日常風景なんかが描かれていて、一旦画面が暗くなり····。


 ――――数年後。という白い文字が浮かんだ。


 皇帝の座に就いた青藍せいらんと、その横で幸せそうに微笑む白煉はくれんの一枚絵。それが最後に見つめ合って、軽い口付けをしているイラストに変わり、右下の方に『~HAPPY END~』の文字が浮かび上がる。


 三人ともなにか言葉を交わすでもなく、スクリーンからイラストが消えるまでじっと画面を見つめていた。


 なんだか、すごく、胸の辺りがじんじんする。


 それは大好きなゲームをクリアした時の感動にも似た、感情。達成感みたいな、もの。


 それから、とうとう終わってしまったという喪失感。まさにそれだった。


「三人共、おつかれさま~!」


 突如、底抜けに明るい若い青年の声が、なんの前触れもなく背後からかけられた。


 俺はびくっと肩を震わせ、キラさんは「ひゃっ⁉」と声を上げ、海璃かいりは少しイラっとした表情を浮かべて各々反応する。


 おそるおそる振り返ってみると、そこには見知らぬひとたちが四人、前にひとりその後ろに三人一列で並んでいた。


 前にいるひとがさっきの声のひとだろう。にこにこと上機嫌な様子で、見た目は三十代くらい? 艶やかな黒髪、長めの短髪で瞳は金色だった。綺麗な顔立ちのすらっとした男性は、白いシャツに白いズボンを穿いていて、なぜか足元は裸足だった。


「あの····えっと、どちらさま、ですか?」


 すごく嫌な予感がする。

 胡散臭いというか。

 このひとになにか言われても、素直に信じてはいけないような····。


「あ、あの····、もしかして、」


「この度は――――、ほんっっっっとうに申し訳ございませんでしたーーー‼」


 え? ええーーー⁉


 そのひとは、突然、本当に唐突にその場で勢いよく土下座をした。しかも、ひれ伏すように白い地面に額をしっかりと付けて····。


 これ、どういう状況?


「説明がまったく足りてません」


「これでは誰も納得しませんよ?」


「うわぁキモイ。初対面で本気の土下座とか、超~迷惑行為」


 あ、あれ? この感じは既視感が。


 ひとりは白いスーツ姿の眼鏡をかけた女性。すごく真面目そうな雰囲気で、仕事ができるキャリアウーマンって感じだ。


 ひとりは執事みたいな装いの、同じく白い服に身を包んだ二十代後半くらいの穏やかそうな男性。背が高く、紳士的な雰囲気がある。


 ひとりは白いパーカーと白い半ズボンの小学生くらいの少年。可愛い顔なのにどこか含みがあって、土下座をしている青年に対してかなり辛辣だった。


「もしかして、イーさん? ゼロにナビくん?」


 キラさんも同じことを考えていたみたいだ。


「あ、あの、なにがどういう? えっと、このひとはいったい?」


 土下座をしたままの青年に視線だけ向けて、三人に訊ねる。


「はい。私たちはこの方の分身体で、この方は正真正銘、神と名の付くお方のひとりです」


 淡々と語ったその声はあの機械音ではなかったけど、まさにゼロそのものだった。


 っていうか、今、なんて?

 神と名の付くお方のひとりって。


「そう、なにを隠そうこの私こそ、君たちのセカイのカミサマだよ♪」


 顔を上げた「神と名の付くお方」が、にっこりと天使の如く微笑んで言い切った。


 俺たちは呆然と立ち尽くし、後ろの三人は呆れた様子で「はあ」とわかりやすく嘆息した。



◆ 第五章 了 ◆


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る