5-10 エンディング後、その先の未来の話
ふたりで入るのだってすごく恥ずかしいのに、ひとから見られているなんて恥ずかしすぎて死ぬレベルだよ!
お風呂には色とりどりの花が浮かんでいて、白く濁ったお湯のおかげで色々と隠せるので助かった。昨日、俺たちは正式に婚約をしたことになっている。
はじめてだったけど、キラさんのアドバイスを聞いて、ちゃんと準備をしていたおかげだろう。
「
一応、お付きのひとは下がらせているけど、ここでは
にしても、こんなにお風呂が広いのに、どうしてくっつく必要が?
俺は
俺たちのことは周囲も周知している。従者や護衛のひとたちだけでなく、皇帝陛下や皇子たちでさえも誰も突っ込んでくれない。
さすがBLゲームのセカイ····。
「よく考えたら、
「言い方···が、なんかヤだ」
でも昨夜のことは、思い出すだけでもどきどきしてしまう。
「お風呂、気持ちいいね。お花、
「そうだよ。特別って感じでいいだろう?」
ゆったりと浸かれて、いい香りもして、なんだかすごく癒される。
「····不安?」
ゼロたちが言うには、エンディングはゲームのエンドロールみたいに流れ、俺たちはそれに関わることはないらしい。結婚式や、数年後に
「俺も、おなじだ」
ゲームが終われば、ホーム画面に戻るのが普通だ。そこで選択するのは、「はじめから」か「つづきから」だろう。乙女ゲームだと、集めたスチルイラストが見ることができる「ギャラリー」みたいな項目もあったりするけど。
「このまま、ずっと一緒にいられるなら、それ以上は望まないのに、」
このセカイで生きていこうにも、エンディング後の先がないならそれも叶わないだろう。俺たちの役目も終わっちゃうってこと?
「みんなとも、もう逢えない?」
「ここのセカイのみんなにも、現実セカイのみんなにも、逢える可能性は少ないだろうな。だって俺たちは、もう····」
そうだ。俺たちはあの時、暴走車に撥ねられて····たぶん、死んだんだと思う。
転生って、そいういうことでしょ?
「けど、俺は
「······
そんなこと、本当にできるのかな?
しばらくしてお風呂を出て、お付きのひとたちに新しい衣に着替えさせてもらった俺たちは、重い足取りのまま湯殿を後にした。
******
『これより、エンディングとなります。心の準備はよろしいですか?』
ふたりで
「みんなにお別れ、できないってことだよね····」
『あなたたちはここで終わりですが、彼ら彼女らはゲームの中で生き続けます。本来の
「
『そのように描かれているのは事実です』
つまりは、俺たちがゲームのキャラとしての役目を終えただけで、この中のキャラたちはちゃんと続いていくってことでいいのかな?
「ちょっと悲しいけど、それなら救いがあるわよね。元々は彼女たちのお話なわけだし。バトンタッチしたって思えば、いいのかも」
キラさんがいつものハキハキした声で頷いた。でも結局、俺たちがどうなっちゃうのかはわからないままなんだけど。それもエンディング後にわかるのかな?
『三十秒後にエンディング開始。我々の役目もそこで終わります。短い間でしたが充実した時間でした。この先のことはあなたたち次第です。どうか、そのことをお忘れなきよう』
「え····、ゼロたちともお別れなの?」
「なんだか、寂しいわね。イーさん、今まで本当にありがとう。あなたのおかげで、
『カナン、こちらこそ楽しい時間でした。あなたの行動にはハラハラさせられましたが、無事にエンディングを迎えることができて嬉しいです。ナビゲーターとしての役割は終了しますが、これまでのことはけして忘れません』
イーさんの穏やかな声に、キラさんは少し涙目だった。さっきは強がっていたのかもしれない。俺も、すごく寂しい。今まで傍にいた存在が急にいなくなるなんて。
『
ナビくんはそんな風に言うけど、どこか無理をしているような気もする。あんなに
「ああそうかよ。俺もせいせいする。煩いのがいなくなるからな」
って、言いながらも、優しく笑っている
『三、二、一、ゼロ。エンディング開始です』
ゼロのカウントダウンが響き、開始の声と同時に俺たち三人の景色が真っ白になった。目の前には映画館にあるような大きなスクリーン。そこに映し出される美しいイラストと、その下に流れる文字。
気付けば俺たちの姿も、魔法でも解けたかのように、元の姿に戻っていた。眼鏡がなくても見えているのは、これが現実ではないからなのかも。
エンディングは止まることなく次々に流れていく。空間に響きわたる音楽は、『
そこには
その後は
――――数年後。という白い文字が浮かんだ。
皇帝の座に就いた
三人ともなにか言葉を交わすでもなく、スクリーンからイラストが消えるまでじっと画面を見つめていた。
なんだか、すごく、胸の辺りがじんじんする。
それは大好きなゲームをクリアした時の感動にも似た、感情。達成感みたいな、もの。
それから、とうとう終わってしまったという喪失感。まさにそれだった。
「三人共、おつかれさま~!」
突如、底抜けに明るい若い青年の声が、なんの前触れもなく背後からかけられた。
俺はびくっと肩を震わせ、キラさんは「ひゃっ⁉」と声を上げ、
おそるおそる振り返ってみると、そこには見知らぬひとたちが四人、前にひとりその後ろに三人一列で並んでいた。
前にいるひとがさっきの声のひとだろう。にこにこと上機嫌な様子で、見た目は三十代くらい? 艶やかな黒髪、長めの短髪で瞳は金色だった。綺麗な顔立ちのすらっとした男性は、白いシャツに白いズボンを穿いていて、なぜか足元は裸足だった。
「あの····えっと、どちらさま、ですか?」
すごく嫌な予感がする。
胡散臭いというか。
このひとになにか言われても、素直に信じてはいけないような····。
「あ、あの····、もしかして、」
「この度は――――、ほんっっっっとうに申し訳ございませんでしたーーー‼」
え? ええーーー⁉
そのひとは、突然、本当に唐突にその場で勢いよく土下座をした。しかも、ひれ伏すように白い地面に額をしっかりと付けて····。
これ、どういう状況?
「説明がまったく足りてません」
「これでは誰も納得しませんよ?」
「うわぁキモイ。初対面で本気の土下座とか、超~迷惑行為」
あ、あれ? この感じは既視感が。
ひとりは白いスーツ姿の眼鏡をかけた女性。すごく真面目そうな雰囲気で、仕事ができるキャリアウーマンって感じだ。
ひとりは執事みたいな装いの、同じく白い服に身を包んだ二十代後半くらいの穏やかそうな男性。背が高く、紳士的な雰囲気がある。
ひとりは白いパーカーと白い半ズボンの小学生くらいの少年。可愛い顔なのにどこか含みがあって、土下座をしている青年に対してかなり辛辣だった。
「もしかして、イーさん? ゼロにナビくん?」
キラさんも同じことを考えていたみたいだ。
「あ、あの、なにがどういう? えっと、このひとはいったい?」
土下座をしたままの青年に視線だけ向けて、三人に訊ねる。
「はい。私たちはこの方の分身体で、この方は正真正銘、神と名の付くお方のひとりです」
淡々と語ったその声はあの機械音ではなかったけど、まさにゼロそのものだった。
っていうか、今、なんて?
神と名の付くお方のひとりって。
「そう、なにを隠そうこの私こそ、君たちのセカイのカミサマだよ♪」
顔を上げた「神と名の付くお方」が、にっこりと天使の如く微笑んで言い切った。
俺たちは呆然と立ち尽くし、後ろの三人は呆れた様子で「はあ」とわかりやすく嘆息した。
◆ 第五章 了 ◆
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