5-8 白煉の日記



 隠しイベントをクリアし、白煉はくれんの記憶の欠片が揃った。白兎はくと赤瑯せきろうから返してもらったという、白煉はくれんの日記を手に俺の部屋にやって来た。


 お互いに寝間着の単衣だけ纏い、寝台の真ん中で。白兎はくとは俺を背にして体育座りをしていて、ぴったりとくっついている状態だ。


 胸の辺りに違う体温があるの、すごく落ち着く。白兎はくとも油断しているのか、安心しているのか、俺に背を預けてくれている。


「本当にどこも怪我してないんだな? 腫れてるとこはない? 掠り傷だって傷だからな? それはしてないってことにはならないんだぞ?」


「ちょっ····海璃かいりのばか! どこ触ってるの⁉」


 最初は白煉はくれんの腕やら脚やらを衣を捲って確かめていたが、その流れで平らな胸やら腰やらを順番に触っていく。さすがに白兎はくともたまらなくなったのか、俺の腕をべしべしと叩いて拒否するが、本気で嫌がっているわけでもなさそうだ。


 俺たちはあのBL本事件? 以来、色々とあってほぼ毎夜一緒にいる。これくらいの触れ合いは可愛いものだと自分でも思う。むしろ楽しい。白兎はくとが恥ずかしがって照れている顔を拝めるなんて、恋人の特権といえよう。


 お付き合いからはじめた俺たちは、手も繋いだし、抱き合ったりキスもした。まだ最後まではしていないけど、その直前までの関係にはなった。今は最後の恋愛イベントに向けて、心と身体の準備中という感じ。


白兎はくと、後ろから抱きしめられるの好きだろ? 俺もこうやって後ろから包むようにぎゅってするの、めっちゃ好きなんだよね、」


「······うん、」


 横顔だけしか見えないけど、小さく頷いた白兎はくとは耳まで真っ赤だった。もう何度もこうしているのに、全然慣れないんだよな。そんな顔されたら、俺まで恥ずかしくなってくるだろ?


海璃かいりって····こういうの、すごく慣れてるよね?」


 うわぁ····俺、もしかして疑われてる?


 言っても信じてくれないだろうけど、俺は今まで誰とも付き合ったこともないし、こんな風にくっついたり触ったりもしたことなんてないんだからな?


「そう? ぜんぶBL本の知識だよ。実践したのは白兎はくとがはじめて」


「そう、なんだ····BL本ってすごいね」


 感心するの、そこなんだ?


 俺のはじめてが白兎はくとだって言ってるのに、大事な部分が完全にスルーされてるんですけど!


 まあ、まさかBL本の知識がこんなところで役に立つとは思ってもみなかった。俺が好きなBL本のシチュエーションのひとつ。


 こうやってふざけ合いながらも、内心はどきどきしてて、でも好きが溢れてる。今の俺たちってそういう感じだと思うんだけど、白兎はくとはどう思ってるんだろ?


白兎はくとだって、くっつくの好きだろ? 俺は、白兎はくととこうしてるのが好きなんだ」


 隙間がなくなるくらいぎゅっと後ろから抱きしめる。これくらいはっきり言わないと、白兎はくとには伝わらないってこのセカイに来て気付いた。


 それはきっと、俺が不安にさせるようなことばかりしていたからかもしれない。勝手に離れて行ったり、気まぐれで連絡したり、白兎はくとの気持ちよりも自分の気持ちばかり優先して。


 でも今は、違う。

 ちゃんと伝えたいことを伝えて、好きだって気持ちを表現したいと思ってる。


「いい香り····キラさんがお香でも焚いてくれた?」


 首筋に鼻を近づけた時、ふわりと甘い香りがした。湯浴みはお互いにすでに済ませていて、その後は少しそれぞれの時間を過ごしていた。その間に部屋に焚いたお香の移り香が、白兎はくとの髪や衣に付いたのかも。


「うん、俺もこの香り好きなんだ。そんなことより、早く読んでみようよ」


 白兎はくと····今の流れって、恋人同士だったらそういう雰囲気・・・・・・・になるやつだぞ?


 なのに、そんなことって····。


 確かに、本題は手に入れた白煉はくれんの日記だったけど! もうちょっといちゃいちゃしたいじゃん! せっかくふたりきりなのに!


「そ、そうだな。そっちが今日はメインだしな!」


 心の声とは反対に、俺はうんうんと頷いた。


「読むのにちょっとだけ邪魔だから、腕、ほどいてくれる?」


「やだ」


 むっと俺は頬を膨らませる。我ながら子どもか! とも思ったが、意地でもこれは譲れないぞ。ずっと思ってたけど、青藍せいらんに対する塩対応って、あれ、白兎はくとの素だったんじゃ。


「····はあ。じゃあ、このまま読むね」


 はあ、って····。


 こうなったら、なにがなんでも絶対にくっついたまま離れないからな!


 って、これじゃあ、しっかり者のヒロインと、仕事はできるのに私生活だめだめ主人公の図じゃないか? カッコわるい····でもこれだけは譲れない。わんこ系攻めだって需要はある。俺の場合はちょっと違うか。


赤瑯せきろうに拾われた後、日記を書き始めたみたい。記憶がないなら、些細なことでも記録しておけって言われたんだって。本当にいいひとだよね、赤瑯せきろうって。暗殺者としての冷たくて残酷な面と、こういう優しい気遣いのギャップが、彼の魅力だと思う。実際、話してみたらそれがすごくよくわかって····って、海璃かいり?」


 恋人の前で、他の男のことを褒めるとか····。


 でもまさにその通りなんだよな。赤瑯せきろうというキャラはそういう立ち位置で、白煉はくれんを大事に想ってくれていた存在。


 幼い頃の白煉はくれんにとっては、唯一の頼れる兄さんだったわけで。なのに嫉妬してる俺、最低だ。


「······なんでもない。続けて?」


「うん? 白煉はくれんの夢の話が書いてある。これ、赤瑯せきろうが言ってたやつかも」


 知ってる。


 でも白兎はくとは発見したことが嬉しかったのか、俺が内容を知っていることを忘れているようだ。だからあえてそこはなにも言わない。


 やっぱり、自分で知ってこそ楽しいわけだし。それがゲームの醍醐味だ。


「名前もわからないその子とのやり取りが、白煉はくれんにとっては安らぎで、支えだったみたい。やっぱりこれって、小さい時の白煉はくれん青藍せいらんのことかな? あ、ねえ、ここ····庭園の話が書いてあるよ?」


「庭園? そんな場面なかったはずだけど」


 不思議に思って、俺は白兎はくとを抱きしめたまま横から日記を覗いた。確かに、そこには庭園でのことが書かれていた。もしかして、最後の恋愛イベントの場所が変わったこととなにか関係があるのかも?


 仮にこの「知らない子」を青藍せいらんとして読み進める。白煉はくれんはある日、青藍せいらんに手を引かれ、王宮内の庭園にやってきたようだ。本来、皇族だけが利用できるその庭園には色とりどりの花々が植えてあり、所々に四阿あずまやが建てられていた。


 青藍せいらんは、誰かに見つかったら····と不安がる白煉はくれんをよそに、どんどん奥へと進んで行く。小さな子どもだけが通れるだろう秘密の道を潜って辿り着いた先。そこは所謂、手作りの秘密基地だった。


 俺の中の青藍せいらんの記憶ではなく、その部分を目にした時に突然頭の中を駆け巡ったモノ。それは、白兎はくととの思い出。もしかして、これって。


海璃かいり····これって、どういうこと?」


 白兎はくとも気付いたみたいだ。


 これは確かに白煉はくれんの日記だけど、ここに書かれている庭園でのことは、間違いなく俺たちの子どもの頃の思い出だった。それをぜんぶ読み終えた後、俺たちは最後の恋愛イベントの意図が、なんとなくわかった気がした。


「····ホント、ずるいな。こんなことまで知ってんのかよ」


 俺たちをこのセカイに転生させたらしい、とんでもない存在。


 これは、俺と白兎はくとしか知らないこと。


海璃かいり、おぼえてる? あの時、俺、海璃かいりのあの言葉の意味をよくわかってなくて。でも大人になって思い出した時、すごく嬉しかったよ?」


 日記を閉じて、大事そうに胸に抱えて。白兎はくとは俺に身体を預けるように寄りかかって来た。あの時のことは、俺にとってはすごく大事なことで。


 でも子ども同士の約束なんて、時が経てばいつかは忘れてしまう。


「····あの頃の俺は、色んな過程をすっとばしてたからな。我ながら頭おかしい奴だったかも。白兎はくともわかってなくて、完全にきょとんってしてたもんな。意味がわかっていなかったとしても、返事をしてくれたのが嬉しかったんだ」


 俺は白兎はくとの肩に顔を埋めて甘える。あの時よりもずっと前から、白兎はくとのことだけ見ていた。俺のものにしたかった。俺だけの、白兎はくと。そんなの、できるわけないのに。思い知ってからも、あの時の自分の言葉は取り消す気はなかった。


 いつか。

 もしかしたら。

 間違いでも勘違いでもいいから。

 俺を好きになってくれたなら、いい。


白兎はくとがいないと、俺は生きていけない。あの時の言葉は、そういう意味だからな?」


「大袈裟だよ。俺なんかいなくても、海璃かいりは大丈夫でしょ?」


 いや、無理。

 絶対に生きていけない自信がある。


「最後の恋愛イベントが終わったら、俺たち····どうなっちゃうんだろうね、」


 仮に物語がハッピーエンドで終わったとして。

 その後は?


 俺たちは、青藍せいらん白煉はくれんとして生きていくのだろうか。けれども、このゲームにその先はない。エンディングを迎えれば最初のホーム画面に戻るだけ。つまり、俺たちの物語もそこで終わるということだ。


「終わらせない。俺たち、まだ恋人になったばっかりだろ? 恋愛イベントの後、シナリオ通りならふたりがみんなに祝福されて結婚式を挙げ、数年後に青藍せいらんが皇帝になって、その横には白煉はくれんが····っていう、最後のスチル絵で終わる」


 エンディングの後にすべてがわかるとナビゲーターたちはいうけど。

 それって、良いこととは限らないよな?


「俺は、今のまま····白兎はくとと一緒がいい。今が一番幸せなんだ」


「うん······俺も。でも、もし叶うなら、元のセカイで海璃かいりと物語の続きをしたい。おじいちゃんになっても、一緒に手を繋いでいたいな」


 肩に顔を埋めたままの俺の頭をそっと撫でて、白兎はくとは小さく笑った。それは、あの時の答えだって、思い上がってもいい?


「もっと幸せにしてあげたいし、もっともっと幸せになりたいよ。そこにはもちろん海璃かいりがいないと。だからね、一緒に考えようよ。どうしたら俺たち、今以上に幸せになれるのか」


 白兎はくとの言葉に、俺は泣きそうになった。

 これから先の未来のこと。

 留まるんじゃなくて、進むために。

 この恋はここで終わりじゃなくて、寧ろはじまりなんだって。


「キスしていい?」


 いいよ、と恥ずかしそうに白兎はくとが頷いた。

 確かめるように、求め合う。深く、甘い口付け。

 融けて一緒になれたらいい。


 そうしたら。


 いつまでもずっと、離れずに済むから。



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