5-7 帰る場所



『報告しま~す。隠しイベントが無事に終了したようですよ~。これにより、恋愛イベントの発生時期が確定しました。イベント発生は三日後です。また、発生場所の変更を確認しました。発生場所は王宮の庭園です』


 良かった。


 白兎はくとは隠しイベントをクリアできたようだ。ナビがいつもの如く、画面に表示された文字を適当に読み上げている。


 ん? 今さらっと重要なことを言わなかったか?


「え? 市井しせいじゃなくて、王宮の庭園? これってなにか意味があるのかなぁ?」


 キラさんも首を傾げている。


 白煉はくれんの最後の隠しイベントは、俺たちには見ることはできないものだった。キラさんは青藍せいらん白煉はくれんを見送った後、部屋から出てきた。いつも通りこっそり覗いていたようで、


「ハクちゃんのポニーテール可愛かったでしょう! 理由は教えてくれなかったけど、絶対に願懸けだと思うのよね。青藍せいらんと同じ髪形にして、ひとりで頑張ろうっていう気持ち、健気で可愛いっ」


 と、ひとりではしゃいでいた。


 あれ、キラさんが決闘だから邪魔にならないようにって、結ってくれたんじゃなかったのか。白兎はくとがそうして欲しいって頼んだという事実に、俺は素直に嬉しいと思った。


「王宮の庭園か····青藍せいらん白煉はくれんには接点のない場所かも。全然この変更の意図が読めないな」


 本来はもう一度市井しせいでデートイベントをして、前にできなかった「好きなもの探し」をふたりだけでする恋愛イベントだったはず。


 イベントの最後に青藍せいらん白煉はくれんに永遠を誓って、王宮に戻ってからは青藍せいらんの部屋で····って流れだ。


『いずれにしても、我々にできることはなにもありません。流れのままに、最後の恋愛イベントを迎えるしかないようです』


 キラさんのナビゲーターであるイーさん? が淡々と答える。


『他のキャラたちがなにかしてくるっていうのも、もうないかと思いますよ? あの方・・・がなにか考えているんだとしたら、青藍せいらん白煉はくれんのことではなくて、あなた自身と彼に関わることなんじゃないですか?』


「それはつまり、このゲーム云々じゃなくて、俺と白兎はくとが解決しなきゃならない問題ってこと?」


 といっても、もうお互いに気持ちはわかりきっていて。告白もした。あの日からほとんど毎夜、一緒に過ごしている。恋愛イベントのラストに向けて、色々と準備····というか、なんというか。


 とにかく、なにがあってもいいように本番に向けてふたりで練習····しているのだ。


 うーん、日本語難しい。

 もちろん、最後まではしていないし、白兎はくとの気持ちを優先している。


「なにが起きても不思議じゃないけど、危険なことはないのかも。始まってみないとわからないのがもどかしいわね」


 机の上で頬杖を付き、キラさんは大きく嘆息した。誰にもわからない、最後の恋愛イベント。その先のエンディングでなにが待っているのか。俺たちには想像することすらできない。それこそ、初見プレイとなんら変わらないわけで。


 不安はもちろんあるが、そう思うとなんだか楽しみでもあった。自分たちの知らない物語の行方。その先。俺たちはこのセカイで生き続けるのだろうか。それとも、なにか思いもよらないことが待っているのか。


白兎はくとがいる場所が、俺のいる場所だ。それ以上は望まないし、欲しいとも思わない。このまま青藍せいらんとして皇帝になって、白煉はくれんと一緒に生きていくのも悪くないんじゃないか?)


 そもそも、俺たちはもう····元のセカイには戻れない。戻るという手段も、戻れる保障もない。


 もし戻れるのなら、あんなことが起こる前。白兎はくとにデータを送った時に戻れたら····なんて、都合が良すぎるよな。


 俺たちが各々頭を悩ませていた時、部屋の扉が開かれる。白兎はくとが帰って来た? そう思って振り向いた俺たちの視界に映ったのは、意外な人物だった。


「すみません。部屋から光が漏れていたので、消し忘れているのかと」


海鳴かいめい?」


「····青藍せいらん様? 雲英うんえい殿と一緒だったんですね。ふたりだけ? 白煉はくれんはどこです?」


 深夜に女性とふたりきり。しかも白煉はくれんの姿がないとなれば、誤解を招きそうだけど····。現に、海鳴かいめいは怪訝そうに眉を顰めて俺を見据えているように思える。変な想像はしていないと思うけど、弁解した方がいいかも。


「····やはり、間違いではなかったようですね」


「えっと海鳴かいめい? ····なにか誤解をしていると思うんだが、」


 なにに対しての"間違いない"なのか。

 今の状況?


白煉はくれんに似た者が誰かと一緒に宮殿を出て行く姿を見ました。途中まで追ったのですが見失ってしまい····ここにいないということは、見間違いではなかったということね。青藍せいらん様は理由をご存じで?」


 えっと、つまり····。


 赤瑯せきろうと一緒に宮殿から出て行く姿をたまたま見てしまった海鳴かいめいが、ふたりを追って行ったけどまかれたってこと?


 暗かったから確信はなく、戻って来て部屋に灯りが点いていたことで安心したが、確かめるために声もかけずに入ったら、白煉はくれんじゃなくて俺たちがいたってところか。


「もしかして、白煉はくれんに愛想をつかされたんじゃ····青藍せいらん様、いったい彼になにをしたんです?」


 海鳴かいめいはいたって真剣だ。


 なにをしたか、と問われれば、色々した。したが、別に愛想をつかされるようなことではないし、なんならお互いの気持ちを深めていたといってもいいだろう。


海鳴かいめい、お前に話しておきたいことがある」


 信じてくれるかはわからない、けど。

 彼なら黙って聞いてくれる気がした。


 俺は一からぜんぶ順を追って話し始める。俺たちが転生者で、このセカイは作られたもので、白煉はくれんがどこへ行ったのか、ぜんぶだ。海鳴かいめいは頷くでも首を振るでもなく、ただ静かに話を聞いてくれた。


「つまり、白煉はくれんは今、自分の記憶を取り戻すための試練を受けていると? そして、青藍せいらん様は青藍せいらん様ではなく、転生者という存在だと? 白煉はくれん雲英うんえい殿も、同じ····私たちは、げーむ? という作り物の中の登場人物、」


 真面目過ぎる答えが返って来たが、その通りだったので俺は頷く。


「色々あって、今の状況はゲームのシナリオ通りではなくなっている。本来、海鳴かいめいがこのイベントに介入することはないからだ。それが今、なぜかここにいる。それはつまり、もうここはただのゲームのセカイじゃなくて、そこに住むひとたちはそれぞれの意思で動き出しているってこと」


 ホンモノもニセモノもない。

 ひとつの存在なのだと。


「騙していたわけじゃないけど、俺たちにも制限があったから。話していいことの方が少なかった。そこは許して欲しい」


 俺は誠意をもって頭を下げる。途端、海鳴かいめいはその場に跪き、拱手礼をして「頭を上げてください」と慌てた様子でそう言った。


「あなたがなんと言おうと、私にとって青藍せいらん様は青藍せいらん様です。私などに頭を下げないでください」


 もしかして、理解してくれた?

 その上で、俺を青藍せいらんと呼ぶのか、このひとは。


「私の主は生涯ただひとり、あなただけです」


 その言葉に、俺はもうなにも言えなくなった。ただのキャラではない。そこに確かに存在するひとたち。この『白戀華はくれんか~運命の恋~』を彩る魅力的なキャラ。彼ら彼女らは、間違いなくこのセカイで生きているのだ。


「ただいま····って、海鳴かいめいさん⁉」


 いや、すごいタイミングで帰って来たな。


 白兎はくとが扉の前で跪いている海鳴かいめいに驚いて、声を上げた。俺と海鳴かいめいを交互に見て、なにを思ったのか頬を膨らませた。


青藍せいらん様、海鳴かいめいさんをいじめないでください」


「····どうしてそうなる?」


海鳴かいめいさん、立ってください。青藍せいらん様になにか言われたんですか? 海鳴かいめい、さん?」


 絶対に勘違いしてるって!

 海鳴かいめいは好きで跪いてるんだから、俺のせいじゃないぞ⁉


 ふっと海鳴かいめいが穏やかな笑みで白煉はくれんを見上げ、その手を取っていた。そんな風に笑うひとではないのだ、本来は。その原因は確実に白兎はくとなのだと、思い知る。


白煉はくれん、その剣は?」


「あ、ああ····ええっと、これはですね、」


 腰に佩いていた剣を指差して、海鳴かいめいが問う。わかっていて訊いているのだ。だって、あれは青藍せいらんの剣だから。


 動揺している白煉はくれんの頭に手を置いて、また笑みを浮かべている海鳴かいめいに対して、俺は少なからず嫉妬する。だって、そうだろう? 海鳴かいめい白煉はくれんを諦めたとはいえ、かつて想いを寄せていたわけだから。


「無事でよかった。帰って来てくれて、よかった」


「····海鳴かいめいさん?」


「なにか私が手伝えることがあれば、今まで通り遠慮なく言ってください。では、もう遅いので部屋に戻ります」


 海鳴かいめいはすっと後ろに下がり、もう一度拱手礼をした後、部屋を出て行った。ぽつんと残された白兎はくとは不思議そうにじっと扉を見つめ、ゆっくりと俺たちの方へと視線を戻した。


「おかえり、ハク」


「おかえりなさい、ハクちゃん!」


「····ただいま、」


 海鳴かいめいが言った台詞。

 帰って来てくれて、よかった、と。


 その言葉の意味が、青藍せいらんを通して俺の心に伝わってくる。


 二度と、失いたくない。手を離したくない。だからこそ、傍にいてくれると安心する。青藍せいらんの許に帰って来てくれたこと。


 当たり前だけど、そうじゃないんだって。


 だから白煉はくれんがここに帰って来てくれたことが、青藍せいらんはただ純粋に嬉しかったんだ。



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