5-6 兄弟の絆
膝までの長さの赤い上衣と黒い下衣。長い黒髪はそのまま背中に垂らしているため、動く度に闇夜に揺らいで見える。餞別だなんて言うわりに、
彼が扱うのは刃の広い刀剣。片刃だが見た目通り剣戟においてその攻撃は重く、それを片手で自在に操る
『
ぶつかり合っていた剣をお互いに弾き、左右にそれぞれ飛んで違う屋根の上に降り立つ。
「名無し、いや、
おそらくその通りで、
そういう時は回避か防御の二択が表示され、
選択肢が出るのは決まって、
回避と防御以外に表示される技は三つの選択肢になっていて、ナビが言うように俺自身が瞬時に選ぶ必要があった。
「····あなたの知る
「当然だろう? 何度も手合わせしているのだから、本気がどうかなんてすぐにわかる。お前は自分の実力を隠して、俺の後ろで静かに控えているようなやつだった。だが今回は、そんなつまらないことはしてくれるなよ?」
そこは竹林に囲まれた場所で、風が吹く度にさわさわと無数の笹の葉が擦れる音がして、頭上がやけに騒がしかった。
「この前は、俺の前から失せろとか言っていたのに、なんでまた逢いに来てくれたんですか、
これが隠しイベントの後半で、
だから、最後に逢いに来てくれたのだろう。
手合わせというのは、口実でしかないと。
「渡しそびれた物がある。だが、タダでやるのは惜しい。だから、逢いに来た」
「だからって手合わせの必要が?」
「奪い取ってこそ、意味があるからな」
刀剣を向け、
「そんなの、俺は欲しくないです」
「なにかも聞かずに欲しくないだと? 少しはやる気を出してもらわないと困る」
言って、
「お前が俺の許にいた時に書いていた日記だ。読み上げてやろうか?」
「ひとの日記を読み上げるなんて、悪趣味です」
あの頃の
「ここには、お前が幼い頃に時折見ていた夢のことも書いてあるぞ。察するに、あの皇子サマとのことのようだな? この時のお前はまったくわかっていないようだが、」
き、気になる····。
その夢って、ふたりの大事な思い出なんじゃないかな? いったい、なにが書いてあるんだろう?
「兄さんが返してくれれば済む話です。やはり、戦う理由にはなりません」
「さっきは欲しくないと言ったくせに」
「せっかく持って来てくれたんだから、持ち主に返すのが道理です」
「だから、本気で戦えといっている」
取り出して見せた物を再び懐に戻して、
『隠しイベントは手合わせに勝つことで終了し、記憶の欠片が手に入ります。言葉で説得するのは無理でしょう』
わかってるけど····できることなら戦いたくはないんだよね。
さっきのQTEもかなりぎりぎりで難しかったから。今回のイベントは今までと違って難易度がおかしい気も。
「仕方がないですね。兄さんがそうやって意地悪をするというなら、自分で取り返すことにします」
「言ったからには、全力でかかって来いよ?」
再び、ふたりの剣の切っ先がお互いを指した。ひらひらと笹の葉が舞い散る中、ある一枚の葉が合図となり、
(風に舞う華の如く、自由気ままに変則的な攻撃を繰り出す剣技【風華円舞・絶】、これに決めた!)
途端、
それはさながらゲームの画面を見ているかのようだった。俺自身が動いているというのに、不思議な感覚。
それは一瞬の出来事だった。
同時に、咄嗟に刀剣を盾にして剣圧を半減させた
白き龍の民が風の力を操れるというのは本当のようだ。まるで中国時代劇の侠客たちの戦いのような、迫力のあるシーンだった。
「大丈夫ですか?」
少し心配になった俺は
「····まったく、これだから手放すのが惜しくなる」
ははっと子供のように笑って、
「それは、困ります····」
同じ位置に視線が交わり、
「馬鹿か、冗談に決まっている。お前のようなお人好しは暗殺者には向いてねぇよ。ほら、持っていけ。お前の物だ」
言って、赤い衣の懐から取り出した書物で俺の頭をぺしっと軽く叩いた。瞬きをして、俺はおずおずと
「
「阿呆。別に俺はなにもしちゃいない。許すも返すも元からない。ないものをどう返す? なにを許せというんだ?」
本当に、このひとは。
俺自身が彼との思い出があるわけじゃない。過ごした時間も俺のものじゃないけど。それでも、こんなにも離れがたいと思うのは、
「俺たちの間に、貸し借りなんてない。去る者は追わん。引き留める理由もないしな。まあ、依頼なら格安で受けてやってもいいぜ。いずれは皇子の妃になるんだろ? 殺したい奴がいたら、俺を呼べよ?」
「····必要ありません。みんないいひとたちなので」
少なくとも
「泣くな、
涙をそっと拭って、
「末永く幸せに、な。間違っても出戻って来るんじゃねぇぞ?」
うん、と俺は頷き、ゆっくりと立ち上がる。
「兄さんも、あまり無茶はしないで? 元気でいてくださいね、」
「····お前もな、」
さよなら、はいわない。
逢えなくても、かまわない。
これが最後の関りだとしても。
『報告します。隠しイベント終了。恋愛イベントの発生時期が確定しました。イベント発生は三日後です。また、発生場所の変更を確認しました。発生場所は――――』
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