番外編2 蘇 夏琳の誤算 後編
「
明るくてハキハキした声が耳に届く。
ん? どちら様でしょう?
桃色の質素な漢服を纏っているのに、どこか品のあるその方の姿を見た時、
「あなたは····確か、
見た目はまあ、中の上くらいかしら?
瞳の色はこの国では珍しい緑色。
彼女はいったいどういう立場でここに?
「私はハクちゃんの侍女兼主治医というか、友だち以上親友未満って感じかしら。完治するまでは、ここで一緒に生活するっていう約束なの」
一緒に生活?
とういうか、この方。先程からなんだか馴れ馴れしい気が····。
「あ、
「ハク様。 本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「い、いえ! こちらこそ呼び出してしまってすみませんでしたっ」
ハク様は深く頭を下げてなぜか謝るので、
「怪我の具合はどうですの? 顔色は悪くないようですが、」
「はい。
(ハク様をひとり占めするなんて、許せませんっ)
そもそも、もっとちゃんとした医官に診てもらった方がいいのでは?
彼女はただの見習いと聞きました。そんなひとに大事なハク様を任せるなんて、
(とにかく、ハク様の親友にふさわしいのはどちらか、見極めさせてもらいますわ!)
まず手始めに、当初の目的である『ハク様と刺繍を楽しむ会』で、この方を試してみましょう。ハク様の傍にいるのなら、これくらいは完璧にできて当然ですもの!
「あの、実はあんまりこういうのやったことなくて。良かったら教えてもらってもいいですか?」
「もちろんですわ。
「ハクちゃん、刺繍なら私も得意だよ? 傷口を縫合する時に役に立つから、自己流だけど小さい頃から趣味でやってたの」
丸い机を中心にして、
(お互いに、勝負ということですわね····望むところです)
ハク様には基本的なやり方を教えて、その後は笑顔で会話を交わしながらも手は黙々と動かして縫い上げていく。
「完成ですわ」
「私もできた~。ハクちゃんはどう?」
「····初心者なりに頑張りました」
自信なさげに布を隠すハク様····可愛らしい!
「ふふ。じゃあせーので見せ合いっこしましょう。誰の作品が一番か勝負ね!」
「じゃあいくよ~。せーのっ」
同時にお互いの作品を机の上に並べる。
「ハクちゃん、可愛い~。兎さんね!」
「素晴らしいですわ! 周りのお花もよくできてますし、なによりまるで生きているようです!」
「そんな大袈裟な····、」
はじめてとは思えない、見事な仕上がり!
白い布ではなく青い布を選んだのはそういうことだったのですね。なにより、中心の赤い瞳の兎が可愛らしい。お世辞ではなく、本当に素晴らしい作品でしたわ。
「私なんかのより、
「やった~。ハクちゃんに褒められた~」
「これは····引き分けということでいいですわね」
く······これは文句が付けられない。
やりますわね、
「ふふ。
は? 今、なんて言いました?
「だって。一緒に遊んで、笑って、気が合うってわかったら、友だち以上。もう親友といっても過言ではないわ!」
「
「····いいんですの?」
もちろんです、とハク様は微笑んで頷いてくれた。ハク様とはすでにあのお茶会の時点で親友でしたから今更ですけど、まさか
(彼女とはどちらかと言えば、ハク様を奪い合う好敵手という感じでしたのに····どこで間違えたのでしょう?)
その後三人で楽しくお茶会をしていると、扉を叩く音と共に聞いたことのある声が聞こえてきた。
「
ハク様は首を傾げて扉の方を見つめてゆっくりと立ち上がり、声のした方へと歩いて行った。もしかして煩くしすぎたのかしら?
「ホント、
「どういう意味ですの?」
横でぽつりと呟いた
至上主義とは?
それはいったいどういう意味なのかしら?
机に頬杖を付いて、にっこりと笑う彼女。その笑みはなにか含みがあって読めない。別に
「私たちがハクちゃんを独占してるのが嫌なのよ。あの調子だと、扉の向こうで聞き耳でも立ててたんじゃないかしら?」
「
「まあ、本来の
ますます意味がわかりませんわ。
本来もなにも、
「でも、あんなお顔もされるんですのね」
何を話しているのかははっきりとは聞こえないが、ハク様の耳元でなにか囁いている
「ねえねえ。
「諦めるもなにも
もちろん、万が一の可能性を夢見ていたのは事実。だって、皇子様の花嫁だなんて、誰もが憧れる夢でしょう?
「それよりも、ハク様の可愛らしいお顔を眺めている方が、ずっと幸せですわ」
「そうなの? うーん。
「もう十分なくらいですわ」
親友と呼べる者なんて今までいなかった。周りはみんな敵だらけ。笑っていても心の中では罵っているような関係。けれども、このおふたりは違う。本当に楽しい時間だった。こんなに心から楽しめたのははじめてかもしれない。
「また、遊びに来ても····いいのでしょうか」
「もちろんだよ!って、私が言うことじゃないけど。ハクちゃんもきっとおんなじ気持ちだと思うよ?」
「····ありがとうございます」
本当はハク様とたくさん仲良しになろうと思ってやって来たのに、彼女との関係の方が深まった気がします····。
帰り際に教えてもらったこと。どうやら近い内に
きっと、あのおふたりなら認められることでしょう。だって、あんなに想い合っているのですから。
(あら。そういえば、ハク様の記憶は戻ったのでしょうか?)
一番大切なことを聞きそびれてしまったけれど、また今度お逢いした時にでも訊いてみることにしましょう。
さて。
次はなにをして遊びましょうか。
番外編2 蘇 夏琳の誤算 後編 ~完~
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