4-8 語られた真実



 自分が情けない。

 守るなんて大口叩いておいて、結局は守られて。


 ヒロインが物理的にも精神的にも自分より強いなんて、主人公失格だろう!


 白兎はくとの告白で、俺は逆に平静を取り戻す。


(俺だって、白兎はくとに負けないくらい白兎はくとが大好きだ! なんなら俺の方が絶対先に好きになったと断言できる! この想いは誰にも邪魔させないし、誰にも譲らない!)


 無言で立ち上がった俺は、表情を変えずにゆっくりと歩き出す。


(そっちがその気なら、こっちだって黙ってないんだからな。蒼夏そうかがなにか企んでるのはわかったし、碧青へきせいもあの調子だとあいつに利用されてるってことだろ?)


 だったら俺も、その船にすすんで乗ってやるさ!


「父上、私もお話したいことがあります」


 その言葉に対して、「話してみなさい」と皇帝は許可をくれた。このひとが超が付くくらいお人好しであることを俺は知っている。そして、ある事件の真相を誰よりも知りたいと思っていることも。


「誘拐未遂事件と、その裏で起こっていた誘拐事件。そこにいる 雲英うんえいの父、雲慈うんけい殿の暗殺未遂・・事件、そして花嫁探しの儀式で起こったあの騒動を含め、そのすべてを企てた者が誰か。今、この場で進言いたします」


 隠しルートにおいての最大の恩情。それは、よう妃の顛末。彼女は本編では過剰なまでにヒロインを虐げたり、その想い人との関係をあの手この手で邪魔してくる敵役。


 そんな彼女の本編での罰は廃妃。

 皇子を生んでいるから、一応の情けをかけてはもらえるが、一生日陰の身となる。それは彼女にとって一番の屈辱だろう。


 だが、この隠しルートでは少し結末が違うのだ。


青藍せいらん皇子、発言は慎重にすべきです。そんな大それたこと、いったい誰が企てるというのですか?」


 きょう妃が白々しく口を挟んできた。まるで、隣で真っ青になっているよう妃に追い打ちをかけるかのように。彼女もまた、この件が誰の仕業かをだいたい把握している。その上で傍観していたわけだが、この機会を逃すわけがない。


「そうですよ、青藍せいらん。その口ぶりだと、あなたにはその犯人がわかっているかのよう····発言はその者の人生にも関わることです。どうか慎重に、」


 皇后が心配そうに眉根を顰めた。このひとは本当にわかっていないため、正直心苦しいところもある。なぜなら皇后はよう妃に対して好意的で、後宮を任せるくらいの信頼を寄せていたからだ。


「まず私の誘拐未遂事件。これは本当に雲慈うんけい殿は関係ありません。あの日、座学が終わった後。私が内医院を訪ねた理由こそ、彼がこの件にまったく関係ないという証拠になるからです」


「それはいったい、どういうことなのだ?」


「はい、父上。実はあの日、」


 座学が始まる少し前。いつものように青藍せいらん海鳴かいめいが付き添い、座学が行われる場所へ向かう途中の道で白煉はくれんと合流した。座学に参加する者たちの中でも最年少だった白煉はくれんだが、その才能は誰よりも優れており、下級官吏の息子という身分のせいで周囲からは目の敵にされていた。


 座学は身分関係なく受けられる。それなのに、身分を問うなんておかしな話だった。青藍せいらん白煉はくれんが一部の者たちに虐げられている現場にたまたま居合わせ、「彼は自分の友だから、彼を悪くいうということは自分に対して侮辱しているのと同じだ」と言ってやった。


 それ以来、白煉はくれんへの嫌がらせはなくなった。青藍せいらんだけでなく、強面こわおもて海鳴かいめいまで傍にいるようになったので当然だろう。


白煉はくれんの顔色が悪く、当時の私は彼を弟のように大事に想っていたこともあり、座学が終わるなり侍医である雲慈うんけい殿の許へ向かいました。その行動が原因で、雲慈うんけい殿が疑われてしまったこと。何度も誤解であることを説明しましたが、聞き入れてもらえず。子供ながらに無力さを感じました」


「つまり、兄上が雲慈うんけい殿の許へ行ったのは、たまたまハクちゃんが具合が悪そうだったからで、元々約束していたわけじゃなかったってことだね」


 すかさず蒼夏そうかがひとり言のように相槌を打ってきた。こいつに良いように使われてるのは解せないけど、今はそれが頼もしいというのも確か。


「何度説明しても誰もわかってくれない。そう考えた当時の私は、父上にも母上にも話すことを諦めてしまった。それに加えて、白煉はくれんの失踪。それに対して動揺していた私は、なにを最優先にすればいいのかさえわからなくて····、」


 疑いをかけられた雲慈うんけいは王宮を去り、白煉はくれんの行方も途絶え、結果、どちらも救えなかった。


「あの時ちゃんと言葉を交わしていたら、結果は違っていたかもしれないのに」


 傍で見ていた自分が、唯一その疑いを晴らせたはずなのに。


「今ならはっきりと断言できます。雲慈うんけい殿こそ巻き込まれた被害者であり、誘拐に失敗した犯人が罪を曖昧にするために手を回し、私の証言を握り潰したのだと」


「そんなことができるなんて、よほどの地位にいるひとかも?」


 肩を竦めて蒼夏そうかが嘆息する。


「父上、 雲英うんえい殿がその身一つで花嫁探しの儀式に参加した理由を知りたくはありませんか?」


雲慈うんけいの娘が、花嫁探しの儀式に?」


「はい。私もその理由は訊いておりませんが、その真意を知りたくはないですか?」


 青藍せいらんはかなり序盤の方で、 雲英うんえい雲慈うんけいの娘だと気付く。それは、皇族の侍医である雲慈うんけいから娘の名前を聞いていたからだ。もちろん皇帝も皇后も知っている。


雲英うんえい、前へ出て話をしてくれまいか。いったいなにがあったのだ?」


 皇帝の命により、 雲英うんえいが立ち上がり、拱手礼をしたまま一歩前へ出る。


「皇帝陛下のお言葉に感謝します。私、 雲英うんえいがあの花嫁探しの儀式に潜り込んだ本当の理由。それは、二年ほど前の出来事。父が何者かに命を狙われ、殺されかけたことに関係があります」


「····殺され、かけた?」


 横で白兎はくとが不思議そうな顔で俺の方を見てくる。

 まあ、そうだよな。本編では殺されたことになってるんだから。


「一命は取り止め、今は動けるようにもなりましたが····後遺症のせいで、医者として以前のように多くの患者さんを診ることは叶わなくなりました。私はそんな父を助けるため、本格的に医術を学ぶようになったのです」


 キラさん、ちょっと声が震えてる。さすがにこの場でいつもの調子はでないよな。でもここが 雲英うんえいの最後の見せ場でもある。これ以降、メインイベントに彼女が関わることはない。もちろん、裏ではヒロインを助ける親友枠なので、その役目はエンディングまで続くわけだが。


「疑いが晴れないまま王宮を去った父ですが、ひとから感謝されることはあれど、恨まれるような行いはしておりません。あの夜、私は父の機転で床下に隠され難を逃れましたが、数人の足音を聞きました。何者かが父を殺すために雇った賊でしょう。手練れの暗殺者であれば、必ず生死を確認するはず。しかし彼らはそれをしなかった」


 それはつまり、白煉はくれんの属していた暗殺集団、"梟の爪"の仕業ではない証拠でもある。


 彼らは実力者なので、判断が早い。失敗とわかればすぐに退くが、素人相手に手を抜くことはない。武芸の武の字もかじっていない雲慈うんけい相手に、失敗はあり得ないだろう。


「おかげで、父は命をなんとか繋ぐことができました。こればかりは、犯人の詰めの甘さに感謝しております」


 本編では暗殺者によって確実に殺されており、赤瑯せきろうは彼女にとって仇という立場になる。

 そこからの赤瑯せきろうルートを語りたいところだが、今は止めておこう。


「私はこの暗殺未遂が誘拐事件の真相に関係があるのではないかと考え、王宮に潜り込むための機会を窺っていました。そこに皇子様の花嫁探しという絶好の口実を得、不誠実と思いながらも自分の目的のために参加したのです。もちろん、この件に関して父にはなにも伝えておらず、私が王宮にいることも知りません」


 医術の修行で少しの間旅に出る、という適当な理由を付けて、こんな危険なことをしている娘のことなど知る由もない。


「すべては私の誘拐未遂事件から始まった連鎖です。それに巻き込まれた者たちの失われた時間は、いったい誰が責任を取るべきでしょうか?」


「もちろん、それを指示した者、それに従った者たちだろう」


 はっきりとそう言った皇帝陛下の言葉に、よう妃はどう思っているのか。


 まだ白を切れると思っている?

 それとも諦めて認める?


「父上、この件に関して私からもお伝えしたいことがあります」


 蒼夏そうかが絶妙なタイミングで発言する。

 まさか、ここで自分の母親の悪行を暴露するつもりなのか?


「私が独自に調べた内容をお話しても?」


「お待ちください!」


 蒼夏そうかの問いに重なるようによう妃の声が響き渡る。

 誰もが注目する中、よう妃はなにを語るのか。


 その場にいた皆が彼女の方に視線を向けた。よう妃のその表情は、俺が想っていたものとはどこか違っていて。彼女がこれからなにをしようとしているのか、まったく予想ができなかった。


 白兎はくとが不安そうに俺の衣を引いた。まだ白煉はくれんの立場は確定しておらず、どこで引き合いに出されるかもわからない。


 それでも。


「大丈夫。なにがあっても、今度こそ俺が傍にいるから」


「······うん、」


 安心させるようにいつもの笑みを浮かべ、それに応えるように白兎はくとは小さく頷いてくれた。


 しかしこの後。

 事態はよう妃の意外なひと言によって、幕を下ろすこととなる――――。



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