4-6 この想いは誰にも止められない



 海璃かいりはずっと白煉はくれんを守ってくれていたんだよね?

 俺はそれに気付けなくて、上手く言葉がでてこなくて。

 伝わらなくて。

 なんで? って思ったこともあったけど。


 唇が重なった時。触れられた時。

 気付いた。

 俺はやっぱり、海璃かいりがいい。

 海璃かいりじゃなきゃ、嫌だって。


 もし、奇跡が起きて。あの日をやり直すことができたら、俺は。

 俺は、海璃かいりにちゃんと自分の気持ちを伝えたい。白煉はくれんとしてじゃなくて、白兎はくととして。


 好きだよって伝えたい。


 もうこの気持ちから逃げないって決めたんだ。

 そのためには、この最悪の状況を俺がなんとかしてみせる!


『いいですか? 今回のメインイベントで、よう妃がなにか仕掛けてくるはずです。その矛先はおそらくヒロインに向けられ、あなたが絶対に回避できないような、例えば暗殺者の仲間であることを告発される可能性があります』


 ゼロのいった通り、エンディングが確定した上で改変などまずあり得ない、終盤のメインイベントが変わってしまった。けれども元々のシナリオを知らない俺でも、ここで暗殺者の仲間であることをバラされる展開は予想できた。


 だって主人公とヒロインには弊害がつきものだし、そういう二転三転する物語は他の乙女ゲームにもあったからだ。それが改変されたことで発生したのなら、俺がすることはただひとつ。


(もし失敗しても、海璃かいりたちになにか罰が与えられるようなことにはならないだろうし、俺ひとりが悪いことにすればいいだけ!)


 こういう時に偽っても意味がないことを知っている。選択肢も出ない。つまり、俺の考え方で合ってるってことでいい?


『この状況を覆すには、ヒロインのひたむきさ、強い想い、そして素直な気持ちがどれだけ伝わるかが重要です』


 ゼロが俺がやろうとしていることに対して、強く背中を押してくれる。三人が動揺する中、俺はゆっくりと立ち上がり、座っている青藍せいらんの横を無言で通り過ぎた。


 こういう時にもスキルって役に立つんだなぁ····ステルス効果のあるそのスキルで、途中まで誰にも気付かれずに蒼夏そうかの横に辿り着いた。みんなの目には一瞬であの場所まで移動したように見えたはずだ。


 俺はその場に跪き、頭を深く下げて丁寧に拱手礼をした。


「皇帝陛下にお伝えしたいことがあります」


 皇帝も皇后も蒼夏そうかの横に突然現れた俺に対して、ものすごく驚いていた。


「ハクちゃん、なにする気?」


 同じように横で跪いている蒼夏そうかが、この事態を楽しむかのように囁く。


「いいだろう。事実、君が青藍せいらんの命を救ってくれたことに変わりはない。弁明があるなら、皆の前でするといい」


 知ってる。皇帝も皇后もすごくいいひとたちなんだってこと。本編でもふたりは仲睦まじく、どのルートでもヒロインに優しかった。


 そこを逆手に取る俺は、卑怯なのかもしれない。でも、これは賭けでもあった。この隠しルートは、本編のキャラが少し違う性格だったり、予想しない動きをすることがあったから。


 俺はゆっくりと深呼吸をしながら拱手礼を解き、真っすぐにふたりを見上げる。


『このメインイベントでは必要のないアイテムですが、念の為持っていくといいでしょう。このアイテムはお守り代わりとしての特殊効果の付与がありますので』


 白煉はくれんが初期に所持していた暗器や、他の持ち物を隠した箱の中にあったそれ・・が、俺の切り札になる。本来ここで使うアイテムではないので、そのタイミングは俺自身が決めるしかない。


 袖の中に密かに持ち込んだそれ・・の効果のおかげだろうか。すごく怖いことをしているはずなのに、思いの外平静でいられた。


「私は暗殺集団"梟の爪"の一員であり、あの儀式に潜入していた暗殺者です」


 ざわざわと周囲の声がノイズのように耳に伝わってくる。


「記憶喪失は半分嘘で半分本当。自分自身のこと、暗殺集団にいたという記憶、それから幼い頃の記憶がないというのは本当です。俺が付いた嘘は、ただひとつ。自分がもしかしたら暗殺者の仲間かもしれないという、可能性」


 本編のルートで青藍せいらんが襲われるのを知っていたこと。そうなる前に海鳴かいめいに殺されたモブ暗殺者だったこと。これは話す必要ないよね? あくまで白煉はくれんとしての記憶と事実。


「私、いえ、俺は。正真正銘、身も心も男です」


「え? そうなの? こんなに可愛いのに?」


 蒼夏そうかがいちいちうるさい。

 けど、これも使える気がする。


青藍せいらん様にはすでにすべてをお話しています。青藍せいらん様はそれでも俺に傍にいて欲しいといってくださいました」


 これも真実。

 そしてその理由こそが、そこに更なる説得力を生むはず。


「最初にいった通り、俺には幼い頃の記憶もありません。だから青藍せいらん様が、なぜそこまで俺に善くしてくれるのかわかりませんでした。なんなら、なにか裏があるんじゃないかって、俺は疑っていました。例えば、俺を使って暗殺を命じた主犯格を捕まえたいのかなって」


 ちら、とよう妃の方に視線をわざと送る。彼女はびくりと肩を揺らしてわかりやすく反応してくれた。

 

 まさか俺が正直に話すとは思っていなかったのだろう。さっさと捕らえられて退場すると目論んでいたはずだ。


「これを、ご存じですか?」


 俺は、今だといわんばかりに袖からある物を取り出して掲げた。それは、龍をかたどった翡翠の彫り物が付いた青い紐飾り。キーアイテムのひとつ、青龍の玉佩ぎょくはいだった。


「驚きました。それは、青藍せいらんの玉佩です。あの日、誘拐未遂事件があった日に失くしたと聞いています。しかしそれをどうしてあなたが?」


 皇后が純粋な気持ちで質問してくる。青藍せいらんがどのように伝えたのかは知らないが、そこには疑惑というより疑問の表情が浮かんでいた。


「最初は俺もわかりませんでした。でも、あるひとに再会して····思い出したんです。俺が、この玉佩を持っていたせいで青藍せいらん様と間違われ、攫われたあの日のことを」


「間違って、攫われた? なるべく詳しくその時の状況を話しなさい」


 皇帝も身を乗り出して説明を求めた。当然だ。あの誘拐未遂事件には 雲英うんえい父、雲慈うんけいへの疑いもあり、それは皇帝にとって信じられないことだったからだ。


 皇帝自身が、当時一番信頼していた者へのあらぬ疑いを晴らすためにも、事実を語るこの流れは悪くない。


「あの日、座学が終わって帰ろうとした時、青藍せいらん様はひとりでどこかへ行ってしまわれました。海鳴かいめいさんは俺と挨拶を交わした後すぐ、青藍せいらん様を捜すために出てき、そこで別れたのですが····俺はあるもの・・・・を見つけて、それを届けるためにどちらかを捜すことにしたんです」


「それが、その玉佩ってこと?」


 蒼夏そうかがすかさず答え合わせをしてくる。

 示し合わせたわけじゃないのに、良いタイミングで質問してくるのは、俺の意図を組んでくれているからだろう。


 蒼夏そうかは自分の母親が裏でやっていることを知っている。本編ではそれを明るみにし、青藍せいらんの後押しもあって、ルートによっては、なりたくなかった皇帝となることを決意するのだ。


「でもそれは叶いませんでした。そこで待ち構えていただろう賊たちに囲まれ、殴られ、俺は意識を失ってしまったから」


「ひど。小さい子にすることじゃないよね。誰の差し金だろう?」


 よう妃の顔がどんどん真っ青になっていく。


「俺は攫われた先で殺されかけていたところを、暗殺集団"梟の爪"の頭領に拾われましたが、その時に今までの記憶をなくしてしまったため、生きるために彼の許で暗殺者としての技術を学ぶしか、選択肢はありませんでした」


「可哀想に。じゃあ、本当に暗殺者として何人もひとを殺しちゃったの?」


 俺は首を横に振る。蒼夏そうかはそこには安堵の色を浮かべ、すぐにいつもの読めない飄々とした表情に戻った。


「頭領は俺に暗殺の仕事は一度もさせることなく、身の回りの世話ばかりさせていました。この記憶は、先ほど話した"再会したひと"によって戻りました。頭領本人の口から聞いたので間違いないでしょう。青藍せいらん様や海鳴かいめいさんもその場にいましたので、今話したことに嘘偽りはないと証明できます」


「ふーん。じゃあ、君はいったい誰なの? 自分が誰かを思い出したんでしょ?」


「はい。俺は白煉はくれん。八年前に両親と共に失踪し、賊に殺されたということになっている、下級官吏であった白葉はくようと、元宮廷女官の明鈴めいりんの子です」


 これは記憶が戻り、解放された詳細を隅から隅まで読んだ俺の知識。

 隠しルートを知らない俺の精一杯の努力。

 そしてこれが、本当に最後の悪あがき!


「どうしたって、暗殺集団の中にいたという過去は変えられません。運が悪かったのかもしれない。でも、結果的に良かったと思っています。この暗殺者としての技術で、大切なひとを守れたから」


 本当の想い。

 ここで、ちゃんと伝えてみせる!


「なにより俺は、青藍せいらん様が大好きなんです。この気持ちは、想いは、たとえここで殺されたとしても、止めることなんてできません!」


 まっすぐな気持ち。

 揺るがない決意。

 性別なんて関係ない。


 もうこの気持ちから逃げないって、そう、決めたんだから。


 ずっと伝えられなかった気持ち。

 現実セカイで伝えたかった気持ち。


 その想いは。

 きっと誰にも止められない――――。



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