4-5 思わぬ伏兵



 皇帝陛下である父と皇后である母。青藍せいらんは第一皇子で、このまま何事もなければ次期皇帝になるだろう立場。


 そんな皇子でさえもなかなか会うことが叶わない存在であるふたりが、今、まさに目の前にいる。


 青龍の国。東方を守護する四神である青龍。東西南北にそれぞれの四神をシンボルとした国が存在している、『白戀華はくれんか~運命の恋~』の舞台。


 我ながら安直なネーミングだが、ここにあまりこだわりはなく、とりあえず中華風といったら四神だよな、という考えから付けた国の名前だ。


 皇族たちが纏う漢服が青なのは、五行説で青が東方の色とされていることから。


 青藍せいらんや他の皇子たち、皇帝が青を纏うのはそいういう理由付けだった。ちなみに皇后や側室が青を纏うのは公の場だけで、普段はその場に相応しい色合いの漢服で登場する。


 今回は公の場というよりは、定期的に行われている皇子たちの近況報告の場なので、特に決まった色の指定はなかった。


 現に、皇后は藍色を基調とした上質な漢服と装飾を纏い、よう妃は紫色を基調とした、皇后よりも装飾や帯などの色を抑えた漢服を纏っていた。


 そしてよう妃の他にももうひとり。珊瑚色の漢服を纏う第三皇子の母であるきょう妃の姿があった。妃たちの中でも一番若い彼女は、可愛らしい顔をしているが中身はしたたかで、どちらからも嫌われることなく上手く立ち回っている、要領の良い女性なのだ。


 第三皇子から順番にひとりずつ報告していくのが決まりで、その間、他の皇子たちは謁見の間の床に設けられた円座に座って待つのだ。数段の階段を上った先にある玉座には皇帝と皇后、玉座から見て左側によう妃ときょう妃の席、右側に皇子や護衛、関係者たちの席がある。


「では碧青へきせい、前へ」


「はい、父上」


 第三皇子、碧青へきせい。十五歳。小さなお団子を作ってハーフアップにした、肩にかかるくらいの長さの薄茶色の髪の毛。青い漢服を纏う彼も、条件によってはヒロインを攻略する側になる。


 青藍せいらんが優しくて聡明な爽やか系イケメン、蒼夏そうかがつかみどころのない気まぐれ系イケメンなのに対して、碧青へきせいは中身はどうあれ見た目は可愛い系男子である。


碧青へきせいは、姉貴とキラさんの、乙女ゲームに可愛い小悪魔系童顔男子は必要不可欠! っていうよくわからない理念によって生まれたキャラなんだよな)


 実際、キラさんが描いてくれた碧青へきせいは可愛らしい容貌の童顔な少年で、そのイラストのイメージから性格を決めたのだが。


(当初は見た目可愛いけど実は腹黒いっていう、母親そっくりなキャラになっちゃって。それから試行錯誤してキャラ付けに成功したっていうか)


 ここに呼ばれる前に、白兎はくと碧青へきせいについての印象をそれとなく訊いてみたんだけど、


「第三皇子の碧青へきせい? ショタ系が好きなひとにはささると思う。可愛い系のキャラって一定の需要があるから。碧青へきせいはただ可愛いだけじゃなくて、プラスの要素があるでしょ? 腹黒いっていうよりは実はマイナス思考で、悲しくて暗い過去があって。そうなってしまった背景が上手く描かれていたから、俺は嫌いじゃなかったよ?」


 という、嬉しい答え。

 その後、めちゃくちゃ疑いの眼差しで俺を見上げてきたけど、俺が『渚』だってことは、まだバレてないよな?


 あらゆるジャンルの乙女ゲームをクリアしてきた、白兎はくとの見解は俺からしてみたら新鮮だった。


 当初は可愛くて腹黒という薄っぺらい設定だったが、『渚』として『しろうさぎ』である白兎はくととチャットをしている時に、プラスの要素についての話題になって。


 それをそのまんま参考にしたら、あんまりパッとしなかった碧青へきせいのルートがいい感じのシナリオになっていったんだよな。


「新しく与えられた公務については、特に問題なくこなすことができています」


「そうか、それは良いことだ。周りの者たちと協力して、以降も励むように」


 今のところ、この碧青へきせいがヒロインの攻略側に来ることはない。なぜならすでに白煉はくれんの好感度が基準値以上になっており、碧青へきせいがここに割り込んでくることはないからだ。


 これはあくまでもメインイベントであり、元々用意された登場でしかなく、これ以上の関りはないのだ。念の為画面を確認してみるが、蒼夏そうか碧青へきせいも立ち絵が別ページにいる。


 海鳴かいめいは攻略側から外れていないが、青藍せいらん白煉はくれんのハッピーエンドが確定した時から、好感度の変化がみられなくなった。


「あー、次、俺の番かぁ。めんどーだけど仕方ないよね。じゃあ行ってくるね、ハクちゃん」


「あ、ええと····いってらっしゃい?」


「ハク、相手にしなくていいぞ」


「はは。ハクちゃんにいってらっしゃいっていわれた~。だるいけど、がんばって報告してくるね、」


 蒼夏そうかは小声でそんなことを言い、ひらひらと右手を振って俺の後ろに控えている白煉はくれんに絡んでくる。


 反射的にだろう、同じように小声で白兎はくとが「いってらっしゃい」だなんて言ったもんだから、蒼夏そうかが満足げに微笑んでいた。もちろん本編にはない行動である。


蒼夏そうかのやつ····普段はあんな感じだけど、あいつ、なんでもできる完璧ハイパースペックイケメンだからな。現場では女性陣に一番人気のキャラ。男性陣は断然、俺も含めて海鳴かいめいだったけど!)


 蒼夏そうかの番になり、入れ替わるように碧青へきせいが戻って来る。


蒼夏そうか兄上にまで気に入られるなんて、君、どんな手を使ったの?」


 ちょっと待て。


「え····お、私、ですか?」


「そうだよ。さっき兄上と会話してたのって、君以外いないよね? そこの子も海鳴かいめいもひと言も話していなかったじゃん。とぼけても無駄だよ」


 なんでお前まで白煉はくれんに絡んでくるんだ⁉


 こちらを、というか完全に白煉はくれんを見下ろす形で立っている碧青へきせいの表情は、白か黒かと問われれば確実に黒い方のモードだった。声のトーンも抑える気がないように思える。案の定、周りの視線がこちらに向けられている。


碧青へきせい、座りなさい。個人的な話は後でゆっくりすればいいだろう?」


 俺は冷静に、青藍せいらんとして諭すように碧青へきせいを見上げてそう言った。けど碧青へきせいはなぜか必要以上に突っかかってきて····。


青藍せいらん兄上、俺はこの子が兄上の花嫁になるなんて絶対に反対です!」


 あろうことか白煉はくれんを指差して、碧青へきせいは大声で騒いだ挙句、さらに事を大きくしたのだ!


(ナビ····なにこれ、どういう流れ? 頭痛くなってきたんだけど····、)


 蟀谷を揉みながら俺は冷静になんとか対処しようと試みるが、皇帝も皇后も突然の事に目を丸くして驚いていた。そんな中、よう妃と視線が重なる。


『これは、よう妃にしてやられたかもしれません。見てくださいよ、あの企みが成功して勝ち誇ったかのような笑み。おそらくですが、碧青へきせいになにか余計なことを吹き込んだのでは?』


 ナビは即座に状況を判断し、俺に報告してくれたけど····これ、メインイベントが改変されちゃうんじゃないか?


「だってこの子、兄上の命を狙った暗殺者の仲間なんですよね? なんでそんな奴を花嫁なんかに? 未遂だったとしても、儀式に潜入した罪を裁くのが先じゃないんですか?」


「そ、れは······、」


碧青へきせい様、まずは青藍せいらん様の話を聞くべきです」


 白兎はくとが真っ青な顔で俯いてしまった。事情を知っている海鳴かいめいがふたりの間に割って入る。キラさんは戸惑った表情でこちらを見ていたが、俺も正直どうしたらいいかわからない。


 これって、かなりやばい状況だよな?

 どうする?

 どうしたらうまく話を逸らせる?


青藍せいらん、どういうことだ?」


「暗殺者の仲間? あなたの身代わりになって助けてくれたお嬢さんだったのではなかった? 青藍せいらん、ちゃんと説明してくれますか?」


 ふたりには婚約の件で話があるということだけ伝えていた。当然、青藍せいらんが自分の花嫁を決めたのだろうと、嬉しい報告を受けるはずだった皇帝と皇后。


(本当のことをいえばわかってくれるのか? 白煉はくれんのことは青藍せいらんが幼い頃にいつも話していたはずだから通じるよな? でもそれを証明するものがない。瞳の色だけで白煉はくれんだっていったところで、信じてはもらえないだろう)


 周囲のざわめきが俺を平静にはさせてくれない。

 どうする?

 どう立ち回ったら、この場を回避できる?


 目を閉じて心を落ち着かせる。頭の中はぐちゃぐちゃで、エンディングが確定して油断していただけになんの準備もしていなかった。だって、こんな大幅な改変なんて予想できるはずないだろう!


(くそ····このままじゃ、)


 そんな俺の横を、なにかが通り過ぎた。途端、ざわめきがぴたりと静まった。ゆっくりと瞼を開けた先。玉座の前。蒼夏そうかの横で同じように跪く白煉はくれんの姿が視界の中心にあった。


 青藍せいらんが贈った白を基調とした漢服を纏い、その場に跪いて深く頭を下げ、丁寧に拱手礼をしている白煉はくれん。いったい、なにをするつもりなんだ? 俺はすぐに横に駆け付けたかったが、動揺しすぎて動けずにいた。


「皇帝陛下にお伝えしたいことがあります」


 この位置では小さな背中しか見えない。白兎はくとがどんな表情で皇帝と向き合っているのか、想像もつかない。


白兎はくと····、なんで?)


 俺はただ、見守るしかできなかった。


 その声は、なにかを決意した強い意思が込められていて、不思議と不安な気持ちが薄れていく。そしてその意味を、俺はこの後すぐに知ることとなる。



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