4-3 どうして教えてくれなかったの?



「俺のことだけ、見て?」


 同じ台詞を言われた時。

 甘い物が苦手と知った時。


白煉はくれんは誰も殺していない。お前の言葉は虚構・・だ」


 赤瑯せきろうの、本編にはなかった特殊な能力。虚構を幻として見せるなら、あの時の青藍せいらんの行動は今思えば変だった。


 まるでその能力を知っていたかのように、その手は俺の目ではなくてを塞いだ。記憶が半分戻った時、彼の力のことも詳細として追加された。


 赤瑯せきろうの能力は口にした虚構を特定の人物にみせること。つまり、言葉が要となる。言葉を相手の"耳"を通して真実にし、あたかも目の前でそれが起きているかのようにみせる力。


 それを読んだ時、確信した。


 ずっと。なんとなくだけど、思っていたこと。何度も頭を過ったけど、ただ似ているだけと濁していたこと。俺が白煉はくれんじゃないっていっても、全然気にしなかったこととか。転生者だって告白した時に、そんなことよりも俺の好きなひとが誰かなんて、どうでもいいことを気にしていたり。


 その後の好感度の異常な上がり方とか。

 あの時からずっと、青藍せいらんはおかしかった。

 でも。

 俺が好きなひとの名前を告白した時。


「ごめん、白兎はくと


 抱きしめられた。

 唇が重なった。


 それから、あんな恥ずかしいことまでしてしまった。した? された?····って、 そうじゃなくて!


 青藍せいらんも俺と同じ転生者で、この『白戀華はくれんか~運命の恋~』というゲームのシナリオ、しかも隠しルートを知っている人物。


 俺の頭の中にはこのゲームに深く関わっていて、シナリオをすべて把握しているひと。つまり、「渚さん」の存在が過った。けれどもあのひととは会ったこともないし、ネット上でだけの知り合い。俺が間違えるはずもない。


 なによりも、俺の名前を呼んだ時のその響きで確信した。青藍せいらんは間違いなく、海璃かいりだって。


 でもどうして彼がこのゲームの内容を把握しているのか。しかも俺もプレイする前だった、『隠しルート』のシナリオを知っているのはなぜなのか。


 まだ公開すらされていない作品なのに、それを知っているということは、少なくとも海璃かいりもゲームに関わっていたということ?


 そんなのあり得ない····けど、それ以外説明がつかない気がする。


 でもどうして教えてくれなかったのだろう。

 焦りすぎて名前を言いそびれたから、俺だって気付かなかった?


 そんなわけ、ないよね?

 ゼロは知っていたの?

 知っていて、隠していた?

 嘘、付いてたの?


『この件については最重要機密事項のため、あなたの頼みであっても公開する権限がありません。ひとつだけお伝えできることがあるとすれば、青藍せいらんには白煉はくれんにはない制限があり、それを何度も無視すれば強制排除されるということ。現に、青藍せいらんのペナルティはすでにふたつ付いており、最後のひとつを破れば、完全にこのセカイから消えます』


 ペナルティ?

  強制排除って····もしかして俺のせい?

 そんなこと、青藍せいらんはひと言もいってなかったよ?

 違う。そうじゃないよね。

 リスクがあって言えなかったのか。

 

『あくまでも青藍せいらん青藍せいらんというキャラクターであるということ。キャラ変や故意による改変、またネタバレ要素はペナルティとなり、それに関しての主人公補正は行われません。逆にあなたは何度も死亡フラグが立ちますが、基本的に回避できる仕様になっていて、あのように自身の正体のことを告白しても改変とはみなされません』


 俺にはそのペナルティがないから、基本的になんでもありだけど、青藍せいらんには行動や言動の制限があるから、原作のキャラに忠実じゃないといけないってこと?


『はい。そのように解釈していただければ良いかと思います』


 朝、目が覚めた時。


 広い寝台の上でそのぬくもりに抱かれていた。背中に伝わってくる、自分とは違う体温。すっぽりと青藍せいらんの腕の中に収まっている俺になすすべはなく。しばらくゼロと頭の中で会話しながら、彼が目覚めるのを待つしかなかった。


(ホントに····海璃かいり、なんだよね?)


 そう確信したから、俺は受け入れたんだ。途中から青藍せいらんを好きになっていたのは、その中身が海璃かいりだったから? それとも、やっぱり海璃かいり青藍せいらんが似ていたから?


海璃かいりも俺のこと、好きでいてくれた····って、そう、思っていいのかな?)


 でもいつから?

 だって、疎遠になっていたこともあった。

 俺のことなんて、全然気にしてなかったのに。


 あの時も。放課後、一緒に帰ろうって約束していたのに。ずっと待っていたのに先に帰ってしまった海璃かいり。俺は楽しみにしていたのに海璃かいりは違うんだって思い知って、すごく悲しくて。メールの文字だけで済まされちゃうような、ただの友だちのひとりなんだって。それでも、嫌いになることはなかった。


 時々くれる電話やメッセージに勝手に浮かれて。

 細くていつ消えてもおかしくない関係が、まだ繋がっていることに安堵して。


 今だって、こんな風に抱きしめられていることに幸福感さえ覚えている。海璃かいりがくれる言葉はぜんぶ、俺の宝物なんだって。


 あんな場所に触れられて。すごく恥ずかしかったけど、嫌じゃなかったのは····やっぱり相手が海璃かいりだったからだろう。姿は違っても、海璃かいりだってわかったから。じゃなきゃ、あんなこと。


 俺は思い出しただけで顔があつくなった。


(お、俺の馬鹿! あんなの、恥ずかしい以外のなにものでもないよっ)


 男同士だし。ほら、たまに冗談で聞くこともある。もしかしたら海璃かいりは初めてじゃなかったのかな? あんな風にできるなら、あり得なくもないよね? 友だち同士でやったことがある、とか?


 自分で考えておいて、ドン引きしてしまう。


(····ちょっと待って。この状態で誰かが入ってきたりしたら、俺、人生終わる気がするんだけどっ)


 絶対に誤解される。特に 雲英うんえいのあの腐女子設定を考えれば、明らかに彼女の期待通りの展開といえよう。でも実際はただ触れられただけで、いや、キスもされたけど····とにかく! 誰かがここに来る前に海璃かいりを起こさないと!


『あくまでも彼は青藍せいらんで、あなたは白煉はくれんであることを忘れないように。このセカイのルールには従う必要があります』


 つまり、青藍せいらん海璃かいりと呼ぶのはルールに反するということ? でも俺の名前は呼んでもなんともなかったのに?


『それがこのセカイの理。そもそも自分が転生者であることを告げるのはご法度なのです。でもあなたはそれができるトクベツな存在。その意味を、よく考えてみるといいでしょう』


 そんなこと言われても。


「う····ん····はく、と······?」


 ぎく!

 俺は思わず肩を大きく揺らした。

 いや、身動きできない状態の俺が動揺するのはおかしいけど!


「····おれの、だ」


 耳元で吐息まじりで囁かれ、ぎゅっと腕に力が入る。ただでさえ密着していたのに、さらに隙間なく抱きしめられる格好になってしまい、俺はもうどうしたらいいかわからず混乱する。しかもそんなことを寝言でいうなんて、誰だって勘違いしちゃうよ!


 俺は思わずぎゅっと目を瞑って、早くこの状態から解放されようと意を決して口を開いた!


「せ、青藍せいらん様! 起きてくださいっ」


「う····ん? ······もうちょっとだけ、」


「起きてくださいってばっ」


 焦った俺は、自分の頭を後ろに勢いよく振った!!


 ごんっ!


「んぐっ!?」


 鈍い音が頭の中に響く。

 い、痛い····。


 おそらく俺の頭は青藍せいらんの顎辺りを直撃し、お互いに痛いところを押さえる。その甲斐あって俺は腕の中から解放され、そのまま片手を付いて起き上がると寝台から素早く飛び降りた。うん、白煉はくれんの身体能力すごい!


「せ、青藍せいらん様ごめんなさい! 後でちゃんと謝りますから!」


 俺は顔を合わせるのさえ恥ずかしすぎて、そのまま扉を蹴って部屋を飛び出す。乱れる衣を直しながら、ひとの気配がすれば身を隠し、暗殺者スキルを利用して自室まで誰にも気付かれないように辿り着いた。


「はあ····疲れた····」


 閉じた扉に背を預け、俺は大きく嘆息して俯くと足元に視線を向けた。あそこから逃げることに夢中で、裸足のまま出てきてしまったようだ。


「おはよ~、ハクちゃん!」


「ひゃっ!?」 


 突然正面からかけられた声に、俺は変な声を上げてしまった。


「う、雲英うんえいさん⁉ なんで起きてるんですかっ」


「だって朝だもん。それよりハクちゃん、私の言った通りになったでしょ? お泊りどうだった? 誤解は解けた、みたいね」


 うぅ····どこみて納得してるんですか?


 にまにまと雲英うんえいさんは満足そうに笑みを浮かべ、俺の首筋をじっと見つめてそう言った。あんまり憶えていないけど、たぶんなにか痕が残ってるのかも。海璃かいりに軽く噛まれた気もするし。


「いや、誤解ですって! おそらく深い意味はないと思います!」


「え~、そう? でもハクちゃんが元気になって良かった。昨日よりスッキリした顔してるもの」


 色んな意味でスッキリさせられたというか····。


「じゃあ、もうきっと大丈夫だよね」


雲英うんえいさんって、本当に不思議なひとですよね」


 本編のヒロインで、俺の親友枠として位置する 雲英うんえいというキャラクター。本編とはちょっと性格も違うし、なんだか親しみもあって。そんな不思議な雰囲気が、彼女にはある。


「でも····ありがとうございました。俺、ちゃんと青藍せいらん様と向き合えたと思います」


「そっか。良かったね、ハクちゃん!」


 彼女が行動してくれなかったら、俺はもやもやしたまま今日を迎えていただろう。あれも元々用意されていた 雲英うんえいの行動なのかな。


 それでも。

 感謝の言葉をいわずにはいられなかったのだ。



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