第四章 交際ゼロ日婚はさすがに無理なので、お付き合いから始めませんか?

4-1 ヒロインの親友枠は信頼度が大事!



 恋愛イベントも隠しイベントも大成功!


 しかも、白兎はくとくんがあの腕輪を選んでくれたおかげでハッピーエンドへのルートが確定した。あとはヒロインの好感度をMAXにできたら、最高のエンディングに向かうはず。


「あのシーンのスチルイラスト、めちゃくちゃお気に入りなのよね~」


 私は自室に籠って、青藍せいらん白煉はくれんの顔を覗き込んで、腕輪を左手首にはめようとしているイラストを仕上げていた。デジタルに慣れていた現実セカイの私は、紙にイラストを描くのは中学生以来だった。あの頃は授業中に先生の目を盗んでは、ノートの端に好きなキャラを描いていたっけ。


『カナン。 雲英うんえいの本来の目的のためのクエストもほぼ達成しました。後は皇帝陛下の前で、彼女の父親である雲慈うんけいの皇子誘拐未遂事件への疑いを完全に晴らすことで、雲英あなた物語ストーリーは終わります』


 イーさんのその言い回しに、なんだが違和感を覚えた。


「ねえ、私たち。エンディングを迎えたらどうなっちゃうの? 元のセカイに戻れる? うーん。でも、これが転生なんだとしたら、戻るもなにも····」


 漫画や小説でいうところの"転生"といえば、完全に死亡後よね?

 これが転移ならまだしも····希望は薄そう。


『それに関しては、エンディングを迎えた時にあの方・・・から伝えられるでしょう。私たちナビゲーターには説明する権限はありません。私たちの役割は、あなたたちをなるべく正しい選択肢に導くこと。今のまま上手くいけば、間違いなくハッピーエンドで終わることができるでしょう』


 まあ、そうよね。

 そもそもこの転生って、なんだか変。普通なら、有名なファンタジー小説とかゲームに転生か、まったく別世界への転生が王道だもの。まだ公表もされていない、しかも素人が集まって作ったフリーゲームに転生って。


「もしかして、あの時····私、海璃かいりくん、白兎はくとくんが事故に巻き込まれたことが関係してる?」


 三人の共通点。それはこの『白戀華はくれんか~運命の恋~』を知っているということ。私と海璃かいりくんは制作側。白兎はくとくんはこのゲームをプレイした最初のプレイヤーだ。


 事故に遭う前、あのカフェで。


 海璃かいりくんがメールの返信と隠しルートのデータを送った後すぐに呼び出したって言っていたから、白兎はくとくんだけは隠しルートに関して完全に初見プレイということになる。


 つまり私たちと白兎はくとくんの一番の違いは、この隠しルートの内容をまったく知らないということ。ここまでで、本来の話から改変されている部分がけっこうある。結果論としてあのエンディング分岐に辿り着いたのは、彼のナビゲーターが上手く誘導したから?


『明日は青藍せいらんが皇帝陛下と皇后に白煉はくれんとの婚姻を認めてもらうように謁見する、メインイベントの日です。そこに 雲英うんえいも同行し、父親の件を皇帝陛下の方から謝罪されます』


 本編のイベントも改変されないとは言い難い。現にあのお茶会も全く違う結果になった。


「本来ならその後はとんとん拍子でふたりの婚姻が進んで、恋愛イベントと赤瑯せきろうの隠しイベントを挟んでからの、甘々ハッピーエンド! のはずだけど····油断できないわよね、」


 白兎はくとくんがこの改変に関わっているのだとしたら、彼がこの転生の"主軸"なのかもしれない。雲英うんえい青藍せいらんの画面にあるペナルティのカウンター。白煉はくれんにはそれがない。もしかして白兎はくとくんの画面は、私たちと微妙に違うとか?


 私と海璃かいりくんが彼と同じ転生者であることに気付けないのは、それが関係している? それとも本当に気付かないだけ? 海璃かいりくんと青藍せいらんを重ねる可能性がゼロってことは····さすがにないわよね?


 でも彼が"好きなひと"ってそもそも海璃かいりくんじゃないの?

 現実セカイで忘れられないくらい、好きなひと。

 それが"彼"なのかとうかを、知ることができたら、本当の意味でハッピーエンドにできるのに····。


「よし。できることは、とりあえずぜんぶやってみるしかないわね!」


 海璃かいりくんのカウンターはもうひとつしかない。ペナルティのカウンターはゼロにさえならなければ強制排除はないはず。そもそも強制排除って実際どうなっちゃうのかも聞いてないのよね。


『強制排除。転生者の排除。つまり、あなたの物語の終わりを意味します。排除後のキャラは本来のゲームのキャラである雲英うんえいに交代し、あなたの意識、あなた自身の存在がこのセカイから消えます』


 イーさんは抑揚のない声で質問に対する答えを提示する。それは機械音声にしか出せない淡々としたもので、逆に現実感がなかった。 


「とにかくシナリオをクリアするしかないってことだけは、わかったわ」


 もちろんペナルティにも気を付けて。多少のネタバレでは一発アウトはないってことも、海璃かいりくんが証明してくれた。その判定は私たちをこのゲームのセカイに転生させた、誰かさん・・・・次第ってことも。


『どうか自分自身を大切に。主人公補正がある限り最悪の結果にはなり得ません。あの場面での青藍せいらんの台詞のように、無茶なことはしないと約束してください』


 主人公補正。それはメタ的な要素で、所謂、主人公だから○○しない、主人公だから○○にならないという創作関連の俗語。最近はそうでない作品もあったりするけれど、途中でそんなことが起これば物語も終わってしまうわけで。


 このゲームにおいては、ヒロインに関してその補正がない。青藍せいらんの行動次第で運命が変わる、そんなシナリオだからだ。


 そうなると、白煉はくれんが主軸という説が薄くなってくるけど。しかしそれは、あくまでも本来のゲームの中での話にすぎないし。


雲英うんえいさん、まだ起きてますか?」


 そんな自問自答をしていると、背中越しにある扉をとんとんと軽く叩く音がした。


 その声の主は白兎はくとくんで、私は慌てて机の上に広げていたイラストや道具を布を広げて隠し、こほんと咳払いをして応じた。


「ハクちゃん、どうしたの?」


 扉を引いて白煉はくれんこと白兎はくとくんを迎え入れる。そこには困り顔で佇むヒロインがいた。親友枠として 雲英うんえいは、すでに信頼度が80以上になっている。


 もはやなんでも悩みを話せる、頼れるお姉さんといっても過言ではないわ!


「そっちの部屋でお話しましょ? ここはひとりなら快適だけどふたりだと狭いし」


 近い内に完成する予定の同人漫画やイラストを見られたら、色々と都合が悪いし。


 改めてヒロインが生活している広い部屋の方へと移り、椅子にそれぞれ腰掛ける。丸いテーブルを挟んで反対側にいる白兎はくとくんは、なんだか元気がなかった。


「明日、というかもはや今日ですけど····青藍せいらん様が皇帝陛下と皇后に俺を婚約者として紹介するって決めちゃったみたいで。そもそもお付き合いすらしていないのに結婚って····俺、どうしたらいいのか」


 所謂、ゼロ日婚というやつだけど、このセカイの貴族や皇族の間ではたぶん当たり前なのかも。そもそも好き同士ですらなくても婚姻関係は結ばれてしまう。親同士の繋がりだったり、権力だったり、政略結婚じゃない方が珍しい気も。一般人ならともかく、相手は一国の皇子で次期皇帝候補なわけだし。


「ハクちゃんは、青藍せいらん様が婚約者じゃ不満?」


「そ、そうじゃなくて····その、好きになろうと努力はしてます。でも、青藍せいらん様も大切な想い人がいて。それは俺じゃなくて白煉はくれんで。俺が転生者で、中身は白煉はくれんじゃないってことを理解してないのかもって」


 これは····どう考えても勘違いしているのでは?

 でも青藍せいらんの中身が海璃かいりくんだって知ったら、白兎はくとくんはどう思うのかな?


 あの時。カフェの前から逃げ出した彼を見た時、私と海璃かいりくんの関係を誤解したんだと思っていた。だから慌てて私も海璃かいりくんたちを追って、あの場所まで駆け付けたわけだし。


 海璃かいりくんは白兎はくとくんのことをものすごく好きで。好きで好きすぎて、このままだと色々と自分自身の考えに問題が起きそうだったから、距離を置いたといっていた。


 でもあの乙女ゲームを通して告白しようと決心した矢先、あんな事故が起きた。結果、私たち三人はまとめてこのセカイに転生してしまったのだ。


青藍せいらんの中身が海璃かいりくんだってこと、遠まわしに伝えるにはどうしたらいいのかしら? それが無理なら····この婚姻をマイナスに考えるんじゃなくて、良い方向に考えさせる? うーん。ここはストレートに青藍せいらん白煉はくれんじゃなく、白兎はくとくん自身を好きなんだってことを自覚してもらうのが一番かな!)


 あんな風に特別扱いされているにもかかわらず、その愛を素直に受け入れられない理由。それこそが、白煉はくれんという存在なのかもしれない。


「ねえ、ハクちゃん。ハクちゃんの本当の名前、青藍せいらん様に教えた?」


「え? ああ、そういえばいってないかも、です」


「だったら名前を教えて、あなたの本当の名前で呼んでもらえばいいと思う。青藍せいらん様が白煉はくれんのことを想っているのか、それともあなた自身を想っているのか、それで答えが出そうじゃない?」


 私の提案に、白兎はくとくんの表情が曇る。


 もしかして真実を知るのが怖い?

 白煉はくれんを選ぶと思ってる?

 そんなことはないから、絶対に大丈夫!

 だって 海璃かいりくんは、最初から"君"しか見えていないんだから!


「任せて! ふたりの恋は、私が絶対に成就させてみせる!」


「ええっ⁉ それってどういう、」


 困惑している白兎はくとくんの手を取り、夜も深い時間、私は青藍せいらんの部屋に突撃訪問するのだった。



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