3-10 エンディング確定



 場面に応じて技を選択する。まるで少し前のRPGのような仕様だけど、上手くできただろうか。選択するだけであんなに動けるなんてチートとしか思えない。実際のゲーム画面だとしたら、おそらく文字とスチルイラストだけの場面だろう。


 でも俺の目の前ではそれがまさに映像となって表現されていて、自分でも怖くなるほどリアルだった。ひとを殴ったことなんてないし、ましてや剣で斬るなんてこと、できるわけがない。けれども技の選択肢次第で、目の前の敵を殺傷できるだけの力があることを知り、指先が震える。


 青藍せいらんがあの時声をかけてくれなかったら、俺はこの手で本当に誰かを殺していたかもしれない。地面に伏した暗殺者たち。正直、危ない場面もあったがゼロのおかげでなんとか切り抜けられた。


(それにやっぱり海鳴かいめいさんの動きがすごい! 流れるようなあのアクション、すごく格好良かった!)


 まるで中国や韓国ドラマの時代劇に出てくる武人や仙人みたいなあり得ない動き。まさにそれだった。白煉はくれんのチート技も大概だったけど。縮地・零とか剣舞・戒とか円舞・乱とか。


 剣から放たれる見えない力のおかげで、気絶させることができたけど、本来は絶命させてもおかしくない技だった気も····。


白煉はくれんって、実はすごい子なんじゃ····だから赤瑯せきろうも自分の傍に置きたがってる? これで諦めてくれるといいんだけど、)


 心の中はぐちゃぐちゃだったが、なんとか顔に出さないように赤瑯せきろうを見据える。左手で持って向けたままの剣はそれなりに重く、そろそろ限界だ。


「お前は自分がどこにいるのが正解だと思う? その力は異質。お前を利用しようとする者は大勢いるだろう。それでも、俺の許に戻る気はないか?」


 先程までの敵意は無く、どちらかといえば諭すような口調でこちらに問いかけてくる。赤瑯せきろうの意図が読めない。


 そもそも、青藍せいらんが視察に俺を連れていることをどうして彼は知ったのか。王宮でも一部の者にしか、青藍せいらんのやっていることは知られていないらしい。


 彼の言う"情報"を提供している者がいるということ、だろうか。


赤瑯せきろう兄さん。今までありがとう。ずっと俺を守ってくれていたんだよね? 俺に青藍せいらん様を殺させようとしたのは、過去を断ち切るためだったのかな? それとも、他に理由が、」


「そんなもの、今更どうでもいい。どうやらお前は、俺のところに戻る気はなさそうだ。これ以上は無意味。さっさとどこへでも行くといい。こいつらが目を覚ます前に、俺の前から失せろ」


 それは····どう考えても。


「俺は、本当にあのひとたちを殺したの?」


 青藍せいらんが殺していないと言った。

 どうして、そんなことがわかるのか。

 ただの感情論? そうであって欲しいというだけ?


「幼い弱った子供が、数人の大人を武器もなく切り刻めるとでも?」


「じゃあ、殺していないってこと?」


「吹っ飛ばされて間抜けな顔で倒れていたがな」


「····吹っ飛ばしたんだ、」


 ふっと赤瑯せきろうの口元が緩む。俺はそれを目にして、ゆっくりと剣の先を下ろす。このひとは、本当にただ逢いに来ただけなのかもしれない。


「俺は暗殺者。これから先もそれは変わらない。お前のことなんざ、もう知らねぇ。どこへでも好きな所へ行ってしまえ」


 赤瑯せきろうは俺に背を向け、それ以上言葉を交わすことはなかった。暗殺者なのに本編でも攻略対象になる彼も、こういうひとだった。


 彼のルートは意外にも感動する話が多く、 雲英うんえいは彼の過去もぜんぶ愛するとはっきりと口にするのだ。俺も結構好きなルートで、赤瑯せきろうというキャラクターが少しずつ主人公に心を開いていく過程は、思わずきゅんとしてしまった。


「行ってきます、兄さん」


 ぽつり、と。


 そんな台詞がふと浮かんで、小さく笑みを浮かべた。お互いに背を向け、瞬きをひとつして振り向いた先。そこには海鳴かいめい雲英うんえいもいたのに、なぜか青藍せいらんと眼が合った。足取りはなんだか軽く、まるで吸い寄せられるようにそこへ足が向かう。


 差し出された手。

 優しい笑み。

 細められた薄青の瞳。


「おかえり、ハク。言っただろう? 君ならきっと大丈夫だって」


「はい、」


 その手に迷わず右手をのせ、俺は頷いた。

 戻れないと思っていた。暗殺者としてあのまま赤瑯せきろうの許へ戻るか、青藍せいらんの前からいなくなるか。どちらかだと思っていたから。


「邪魔が入ったせいで、もうひとつの約束は守れないようだ。この埋め合わせはまた次回。君の好きなもの、今度こそ一緒に探そう、」


 触れた指先があつくて。

 嬉しい、けど。


 俺が白煉はくれんじゃないこと、青藍せいらんは知っているのに。それでもいいのかな? 本当に俺でいいの?


「あの者の気が変わらない内に、早くここを出ましょう」


「そうですね。いつあのひとたちが起き上がって来るかもわからないし」


 海鳴かいめい雲英うんえいの言葉で、現実に戻される。


「ハク、剣を」


「あ、そうでした。お返しします」


 勝手に奪っておいてあれだが、俺は元の主へと剣を返す。青藍せいらんは受け取った剣を鞘に収め、手は繋いだまま、前を歩くふたりを追うように歩き出す。


『イベントクリアです。お疲れさまでした』


 ゼロの声が頭に響く。

 今回はかなり大変なイベントだった気がする。バトルなんて本編にはほとんどなかったのに。それに特殊な能力って、そんなの聞いてないし。


 白煉はくれんのあの身のこなしは普通じゃない。

 なにか出生に秘密があるのかな?

 白煉はくれんの両親って今どうしてるんだろう。


白煉はくれんの育ての親は、よう妃のめいを受けた赤瑯せきろうの手によって、白虎の国で保護されています。この国では行方知れず、もしくは殺されたという情報を流し、本来の命である暗殺は実行されておりません。また、白煉はくれんの生みの親は不明です』


 赤瑯せきろう白煉はくれんのためにそうしたのかな。本当の弟のように想ってくれていたのかも。でも、じゃあますますわからない。白煉はくれんって何者なんだろう。


『イベントクリアによる詳細の解放により、追加の詳細があります。このまま読み上げますか?』


 俺は青藍せいらんに手を引かれながら、ゼロの質問に心の中で返す。


白煉はくれん。白き龍の民の末裔。白き龍の民とは。古の時代にこの地に舞い降りた、天界の龍の化身である神仙が、美しい人間の娘と結ばれたのが始まり。また、ひとと交わったことにより力が半減、寿命の概念が生まれたためすでに亡くなっている。風を自在に操ることができる。少数民族のため、存在自体が希少。赤い瞳、覚醒すると白銀髪になる特徴から、白煉はくれんはその末裔である可能性が高いでしょう』


 う、うん。

 なんだか壮大な話になってきた気が。


『問題ありません。この設定はあまり物語に関係ありませんので』


 そうなんだ····。

 取って付けた設定ってことかな?


『ルートによっては重要な要素ですが、今のルートには特に関りがないため、頭の隅に置いておけば良いかと』


 ん? うん?


『はい。現在のルートは、なにか大きな間違いでも起こらない限り、ハッピーエンドまっしぐらです』


 え? あれ? どういうこと?


白煉はくれん青藍せいらんへの好感度が70に変化しました。双方のイベントクリアにより、ルートが確定しました』


 ええっ⁉ なんでそうなるの⁉

 っていうか、真実トゥルーエンドとの分岐点どこっ⁉


『装飾品の屋台で選んだ腕輪が分岐点です』


 あの適当に選んだやつが····?


『あの時、青藍せいらんがすすめた髪紐を選ぶと、真実トゥルーエンドになります』


 あの恋愛イベントの贈り物の選択が、分岐点だったってこと?

 俺は思わず左手首に飾られた、薄青色の半透明な腕輪に視線を落としたその時――――。


「ハク、どうした? 疲れたなら少し休む?」


 至近距離で現れた青藍せいらんの秀麗な顔面に、俺はびくっと肩を揺らした。近い近い近い! そういえば頭に被せていたあの白い衣、置いてきちゃった!


「ハクちゃん、どうしたの? あ、もしかしてひと目が気になるのかな? はい、私の使っていいよ」


 ふぁさっと頭の上に 雲英うんえいが被っていた衣が乗せらせる。俺は慌ててその薄い桃色の衣を掴んで顔を隠す。青藍せいらんのゼロ距離は心臓に悪い。


「だ、だいじょぶ、です。衣、ありがとうございます。すごく助かりました」


「ふふ。それは良かった。青藍せいらん様、駄目ですよ? 距離感大事!」


「そうです。そんなに顔を近づけたら、白煉はくれんが驚くのも当たり前です」


 畳み掛けるように、雲英うんえい海鳴かいめい青藍せいらんを責める。本当に助かった····顔、真っ赤になってるかも。


「遅くなってしまうと悪いので、早く帰ってゆっくり休みます」


「無理はしないように、」


 言って、青藍せいらんは歩くスピードを緩める。今までもそれなりにゆっくり歩いてくれていたのだが、さらに気を遣ってくれたのだろう。俺は衣の隙間から青藍せいらんの横顔をこっそり見上げる。


(ハッピーエンド····って、なにされるの、かな。告白されて終わり? じゃないよね、やっぱり)


 どきどき。

 今からこんなで、俺の心臓はもつのだろうか。


「ぜんぶ終わらせて戻ったら、お前・・を正式にの婚約者にする。二度と、俺の前からいなくなろうだなんて、考えることがないように」


 うぅ····俺、本当に皇子のお嫁さんになっちゃうの? 男なのに? 元暗殺者なのに?


(そういえば、またって言ってた····俺のこともお前・・って)


 青藍せいらんは余裕がない時に、なぜか一人称が変わるのだ。本編ではなかった設定。これが本来の彼の姿なのだろうか。


(あの時も、余裕がなかったってこと?)


 あんな風に自信満々に言っていたのに、本当は。


 そう想うと、なんだか微笑ましい。あの青藍せいらんが余裕がなくなるなんて、なかなかないだろう。何度かその場面に出くわしているが、それだけ本気で俺のことを想ってくれているのだろうか。


 俺はそんなことを考えながら、夕陽に染まる青藍せいらんを見つめていた。

 ここからハッピーエンドに向けて、物語はどんどん進み始める。


 本当に、これでいいの、かな?


 海璃かいりの優しげな笑顔がふと頭の中に浮かび、ちくりと胸の奥が痛んだ。

 



◆ 第三章 了 ◆


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