3-8 白煉の試練
まるでそれは、夢みたいな時間だった。
指輪でもはめるかのように、俺が適当に選んでしまった薄青色の半透明な腕輪を、
その瞬間、なんでもないただの腕輪が、とても大事なものに変わってしまった。
ぜんぶ。
俺にとって特別な物。
「私の可愛い未来の花嫁に、」
「じゃあ、今度は君が本当に好きなものを見つけよう。最初に約束したの、憶えてるでしょ?」
触れられるだけで、頬があつくなる。
どきどきする。
俺の前で見せる笑顔が好き。
俺のことを考えてくれるのも、嬉しい。些細なことで誤解されるのが怖い。嫌われたくない。
恋愛イベントも中盤に差し掛かった中、なぜか現れた怪しいひとたち。
たぶん、俺、このひとたち知ってる、かも?
顔の下半分を布で覆い、黒い衣を纏った数人が俺たちを囲み、ある場所へと導く。そこには本編で攻略キャラとして出てきた暗殺集団の頭領、
金色の瞳。
まるで獲物を狙う猛禽のような眼に、油断すると捕まりそうになる。
『
兄さん、ってそんなに親しい仲だったの?
『記憶を失ったあなたに名を与えることはせず、彼はあなたのことを、』
ゼロが途中まで解説してくれたが、その答えは本人が口にしてくれた。
「来たな。やっと戻ったか、名無し」
『と、呼んでいたようです』
「····
これってどういう展開なの⁉
(だとしたら守らなきゃ····俺が、守るって決めたんだ。暗殺者としてのスキルを使えば、たぶんなんとかなると、思うんだけど)
こんな、今にも崩れそうなぼろぼろの屋敷に連れ込んでやることなんて、ただひとつじゃない? 他にも仲間がいるかも。
『今回のイベントは隠しイベントで、
半分? ということはもう一回あるってこと?
「思い出さないか? ここは、俺とお前がはじめて出会った場所だ」
「····あなたに救われた場所ってこと、ですか?」
俺が今の段階で知っていることは、皇子を暗殺するために儀式に潜り込んだ暗殺者であることと、少し前に解放され追加された詳細だけ。
『現在の詳細を読み上げます。
いや、そこは今はどうでもいいから!
『キーアイテム、銀龍の守り刀の効果により隠しイベントが発生。これより、
だから出かける前に持たせたのか。
そういえば、必要な時に教えてくれるってゼロが言ってたっけ。
だとしても恋愛イベント中に隠しイベントって、盛り込みすぎでは?
「あの時のことは、感謝しています。でも今は、
「感謝? なにか勘違いしているようだ。俺がお前を助けたって思ってるんだろ? ずっとそうだったもんな。つまり、まだ完全には思い出しちゃいないってことだ」
「····どういう意味ですか?」
俺は首を傾げて訊ねる。
確かに詳細には"助けられた"ではなく、"拾われた"って書いてあるけど。
「
「でもそこの皇子サマはその理由、知ってんだろ? なんで教えてやらない?」
「····え、どういう、」
俺は思わず隣にいる
「そもそも、そこの皇子サマが玉佩をお前に持たせたのが原因だからさ」
「持たせたんじゃない」
すぐさま
「同じことだろうが。結果、玉佩を持っていたそいつが賊に攫われた。賊どもは皇子の顔なんざ知らないからな。目印を皇子だけが持つ青龍の玉佩にしていたのさ。当時座学に参加していた皇子は
『私に恨みを晴らしに来たんだと思った』
あの言葉の意味が、今更わかった気がする。
「どうせバレてんだろうから言うけど、
約八年前。
七歳くらいの頃の出来事。
幼い
何日もまともに食事をしておらず、動くこともままならない状態だった。泣き叫んでも疲れるだけ。両手両足を縄で縛られていて、逃げることもできない。本当に経験していたかのように、不快感が胸の中に淀む。
「俺たちがここにやって来た時、賊たちに慰みものにされかけてたっけ」
「ハク、聞くな。そいつの言葉は、ぜんぶ嘘だ」
「嘘? なんで嘘を付く必要がある?」
怖い。痛い。怖い。怖い。痛い。助けて。
震える唇。俺は今、
なにがきっかけだったのかはわからない。急に男たちの視線が
酒に酔っていた男たちに囲まれ、なぜか手足の縄が解かれていく。その様子をぼんやりとした視界に映していたのも束の間。
小さな身体が男たちに押さえ付けられ、汚い床に沈められた。抵抗も虚しく、涙はすでに枯れ果てていて。頬を殴られた後、大きな手で口を塞がれ弄ばれる寸前の状態だった。
そして――――。
「や、······やだっ····見たくない、のに····っ」
小さな手が俺に助けを求めている。
「駄目だ、見るな!
次の瞬間。男たちの身体が、四肢が、一瞬にして飛び散った。目の前に広がる血の海。ぽたぽたと天井から落ちてくる雫。
「あ····うそ····、」
ゆらり。
乱れた衣をなおすこともなく、ゆっくりと立ち上った幼い
ぴしゃ、ぴしゃ。
歩く度に血溜まりが音を立てた。虚ろな紅い瞳。夢の中を歩いているかのようなふらついた足取りで、こちらにゆっくりと歩いて来る。
一歩。また一歩。ゆっくりと。けれども。
糸でも切れたかのように傾ぎ、そのまま倒れかけた
こんなの、嘘だ。
「思い出したか? 奴らはお前が、自分の手で殺したんだ。生きるために、逃れるために、な。あいつらの後始末、大変だったんだぜ? バラバラの骸を袋に詰めるのもひと苦労さ」
「嘘を付くな!
「あれを見てもいないのに、なぜ嘘といえる? そいつが何者か、お前は知っていただろう? さっさと返せ。そいつはお前の手には余る。俺たちと一緒にいる方が能力も活かせるしな」
「
(····虚構? 殺してない? でも、俺が見たモノ。あれは、本物にしか見えなかった····ぜんぶ嘘って、なんで言い切れるの?)
「ハク、落ち着いて。君ならきっと、大丈夫。あいつの言葉に惑わされないで、」
(····過去の記憶が曖昧な状態じゃ、なにが真実かなんてわからない。あれは
重なる心臓の音。
あたたかくて、安心する。
大丈夫。きっと、大丈夫。
「じゃあ、お前も見てみるか? その力の片鱗だけでも、ぞくぞくするぜ?」
複数の足音が一歩分、俺たちに近付いて来るのがわかった。俺を抱えたまま、
『記憶の欠片の回収により、新たなスキルが解放されました。現在、レベル3までの特殊技を発動できます。こちらのスキル画面より、必要に応じて技を選択してください』
その時、ゼロの声が頭の中に響く。
閉じた視界に現われたもの。
それは、いつもの選択肢とは少し違う、いくつかの技名が並んだスキル選択の画面だった――――。
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