1-8 絶対に駄目!
御礼として野菜や穀物を貰い、生活自体は成り立っていたが、
かつては父の玉佩を出せば簡単に手に入れられたものも、今では貴重すぎて手が出せないという貧乏生活。身に纏う衣も汚れてもいいような質素なものばかり着るようになった。財産を没収されたわけではないが、こんな状態ではいずれ無くなってしまうのは目に見えている。
けれども父は、お金のないひとたちを救うのに躊躇いはなく、貰えるところからはしっかり貰っていたようだ。父が元宮廷医官であることを知るひとは知っており、いくらでもお金を積んでくれるのだ。
しかし二年前のある日のこと。夜も深まり、雪がしんしんと降り続ける中、事件は起こった。静寂の中、屋敷を囲むように雪を踏む足音がきゅっきゅっと鳴る。
「
その時、初めてこの屋敷の床下に秘密の部屋があることを知る。起こされてすぐ、ここに連れて来られそのまま押し込まれた。扉は床とほぼ同化しており、暗い中では余計にその繋ぎ目がわかりづらい。
「いいか、私が死んでも、なにも知ろうとするな。あの方は臆病で慎重な上に、どこまでも自身の欲望に正直で恐ろしいひとだ。少しでも探ろうとすれば、お前も殺されてしまうだろう」
「父上、私も一緒に、」
「駄目だ。お前は普通の幸せを手に入れ、静かに生きるんだ。困っているひとがいたら、助けてあげなさい。いつものように、お前ができることをお前なりに全力でしてあげればいい。こんな別れ方ですまない。私になにがあっても、奴らが去るまで絶対にここから出るんじゃないぞ」
別れ、はすでに父の中で決まっていた。それは、永遠の別れ。もう二度と逢えないという意味の、別れだと知る。戸惑う
息づかいさえ聞こえないように、身動きひとつしないように、
(父上····いやです······こんなの、間違ってる!)
次の瞬間、鈍い音が耳に届いたのも束の間、とろりと床の隙間から生ぬるい液体が流れ落ちてきた。
ぽたぽたと頬を濡らしたそれがなにか、すぐに理解する。鉄の臭い。どさり、と重い音が頭上で響く。横たわった父から流れ出るそれは、
いくつかの足音がどんどん遠のいて行く。賊たちはひと言も発することなく、仕事でもこなすかのように淡々と父を切り捨て、去って行ったのだ。
あの日から、
その答えは王宮にあるはず! と、
二年後。皇子の花嫁を選ぶ儀式が執り行われることを知る。運が良ければ王宮に入り込める機会もあるだろう。申し込んでみたら、最終候補までなんとか残ることができた。
確信はないが、父が宮廷医官を辞めた理由が深く関係している気がした。
つまり何者かが、父の口から真実を語られるのを恐れて、その前に口封じをしようとした、ということ。手を下したのはあの賊たちだが、それを命じた者はもちろん王宮の中の誰かだろう。
花嫁候補たちが並べられ、
そんな中、あの事件が起こる。突然、皇子の目の前に飛び出した白髪の少女。その少女の肩に突き刺さった小刀のような刃物。それを投げたのだろう、間者が逃亡し、護衛たちが追っていく。
花嫁候補たちは動揺し、勝手に立ち上がって騒ぎ始める。
そこには皇子が少女を抱き上げ、指示をする姿があった。どうやら医官たちはすぐには来られないらしい。あの顔色や症状は遠目で見ても、明らかにただの怪我ではないだろう。
迷うことなく、
「私は元宮廷医官の娘で、医療の知識もあります。せめて医官様たちがここに来るまで、その方の治療をさせてくださいませんか? その症状、おそらく毒です。毒の治療は時間との勝負。お願いです、私に診させてください!」
皇子は意外にもその訴えを取り下げることはなく、そのまま自室に導かれた。苦しそうに顔を歪めている少女を寝台に寝かせ、「必要なものがあればなんでも言ってくれてかまわない」とまで言う。
(おかしいわね····そんな台詞、あったかしら?)
そこで、この物語の本編の主人公であった
『これより、この物語は隠しルートへ分岐します。あなたはヒロインの親友枠に変更されました。スキルは本編より引き継がれており、いつでも使用可能です。ヒロインを助け、エンディングへと導いてください。エンディングは三つ用意されており、あなたや主人公である
良くも悪くもって····責任重大なのでは?
自分は物語を把握しているけど、主人公やヒロインはもちろんわかっていない。それをこちらが導いてあげることで、ハッピーエンドにもBADエンドにもなるということ?
(もちろん、ハッピーエンド以外ないでしょ!)
隠しルートのBADエンドは悲惨すぎる。
彼女の記憶は今も鮮明に残っている。本来の目的は本編で語られるものであって、この『隠しルート』ではあまり触れられないのだ。
「君からみて、
本編ですでにカンストしているスキルが画面に表示され、最適だろうスキルを選んで治療していく。
傷口を縫うのはちょっと躊躇ってしまったけど、用意してもらった薬を塗って包帯を巻くと、最後にそっと衣を整えた。
先程まで小刀が深く刺さっていた右肩部分は血で染まっていて目を背けたくなるような状態だったけど、この後の展開を思えば我慢できる。
「あとはこの煎じ薬を与えれば落ち着くと思います。しかし意識がなく、飲ませるなら口移しでないと難しいかもしれません。私が、」
「駄目だ」
食い気味で
「では、私が」
「「それは絶対に駄目!」」
え? と私と
そこで私は気付いた。
彼、
この『
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