1-6 ひとはそれを恋と呼ぶ



 俺の五歳年上の姉貴は、趣味で薄い本というやつを作成するような、腐女子である。その友達もほとんどが同じ部類に属するため、かなり本格的な製本をするひともいれば、コピー本と呼ばれる低予算の手作り本で満足しているひともいる。


 俺がBLに対して抵抗がなかったのは、姉貴の原稿の手伝いをすることがあったからでもあるが、中学の時にあることで悩んでいた時に出会ったBL漫画が現実とリンクしすぎていて、思わず感動してしまったのがきっかけだった。


 BLとはボーイズラブの略で、男同士の恋愛を描いた小説や漫画のこと。おもに女性が楽しむ趣味嗜好を詰めた本。


 純粋にオリジナルとして創作されたものと、アンソロジーと呼ばれる漫画や小説、ゲームなど。すでに存在する作品を、プロもしくはプロではないが人気のある創作者さんたちが集まって、一冊の本にまとめたものがある。


 アンソロジーに関しては、好きな漫画のキャラが描かれたなんかいい感じの表紙の本を買ったら、実はBL本でしたという出会いがきっかけで、BLにハマるひともいるくらいだ。


 苦手なひとは苦手だし、ハマるひとはとことんハマる。それがBL沼といえよう。


 姉貴は高校の友達の影響でハマったらしい。部屋の本棚はほとんどがそれ関係の小説や漫画がならんでいる。


 今は中華BLにハマっているらしく、特典で付いてきたという美麗なイラストのタペストリーやポスターが壁に飾られていた。


「可愛いは正義! 男だろうが女だろうが、共通の概念よ!」


 姉貴の口癖である。それは容姿のことでもあり、性格のことでもある。でも本人がそれに対してコンプレックスに思っている場合、必ずしも頷ける言葉ではない。幼馴染の白兎はくとは、その素顔が嫌で眼鏡をかけている。眼が悪いというのもあるが、コンタクトにしない理由はまさにそれ・・


 幼稚園の時、その可愛い顔が原因でイジメられ、小学生になっても揶揄われていた。その度に俺が間に入ってお節介を焼いていたのだが、ある日を境に、白兎はぶ厚い黒縁眼鏡をかけて登校してきた。


 眼鏡ひとつで印象はがらりと変わり、彼を弄っていたやつらも興味を失ったのか、だんだんと落ち着いていったようだ。


 中学三年のある日。俺は久々に白兎の家に遊びに行った。一年ぶりくらいだったろうか。二年の時はクラスも別だったし部活も忙しかったこともあり、たまに顔を合わせるくらいで、昔みたいに一緒に遊んだりする時間はなかった。


 三年になってまた同じクラスになり、たまたま席も近かった。同じ列。俺が前で白兎は後ろの席。昔みたいに、とはいかずとも、話す機会はずっと増え、話の流れで白兎の家に行くことになったのだ。


 白兎が飲み物を取りに行くため、部屋を出て行った丁度その時、彼のスマホが光った。ロックはかけていないようで、俺は悪いと思いながらも画面をつい開いてしまう。


 SNSの掲示板のような画面がそのまま表示され、そこにつらつらと書かれた文字を読んでみれば、どうやら乙女ゲームが好きなひとたちが情報を交換したり、あの作品のあのキャラが好きとか、あの場面が最高!とか、趣味を語り合うサイトのようだった。白兎のハンドルネームは、どうやら『しろうさぎ』というらしい。


 足音が部屋に近づいて来る。思わず電源ボタンを軽く押して、元の状態に戻した。


(白兎、乙女ゲーム好きなんだ)


 特に違和感がない。昔から、女子と遊んでいた印象が強い。基本、優しくて誰にでも等しく接する白兎は、本人が知らないだけで女子にも男子にも好印象なのだ。彼の話題が出る時、彼が褒められている時、俺はなんだか自分の事のように嬉しかった。


海璃かいり、甘いの苦手だったよね? うち、みんな甘党だから、緑茶くらいしかなかったんだけど、」


「あ、ああ。大丈夫。ありがと」


 春。まだ少し肌寒い頃だったので、白兎は温かいお茶が注がれたマグカップを俺の前に置いた。自分の分のマグカップをテーブルに置くと、俺がカーペットの上にそのまま座っていたのを気にして、青色の長座布団をすすめてきた。


「座布団これしかないんだけど、一緒に座る? この部屋に誰かが来ること、ないから····用意してなかった。やっぱり、下の部屋から持ってこようか?」


「俺はここでいいよ。それより、最近なにか趣味とかある? 好きなものとか」


 まさについさっき、知ってしまった、おそらく白兎が好きなもの。乙女ゲームは正直あんまりよくわからないけど、イケメンたちがひとりの女の子を奪い合う? 感じなのかな?


「······えっと、特に、ないよ? 海璃は?」


 俺はその反応で、白兎がそれを隠したいのだということを悟る。まあ、確かに、俺がBLに興味がある、なんて言ったら、おそらく、いや、間違いなく引かれるだろう。


 誤解がないように先に言っておきたいが、俺が好きなBLはアオハル系の爽やかで切ない作品で、大人が読むようなちょっとあれなことは、最後の最後にしか展開されない。


 何度もすれ違ってやっと最後に想いが通じ合い、キスして暗転後、ふたりで朝を迎える、みたいな。


 エロが読みたいわけではなく、物語を堪能したいタイプだ。恋愛漫画となにも違わない。まあ、どちらも思春期の男子が読む本かと言われれば、なんとも言い難い。


 前にクラスの連中が親のエロ本をこっそり持って来て見せてきた時があったが、俺はそれに対してBL本ほどの高揚感はなかったというのも事実。


「そっか。俺も····最近はあんまり漫画も読んでない、かな?」


 微妙な空気がふたりの間に流れる。

 と、とにかく、話題を変えないと!


「白兎は、好きな子とかいる?」


「え?」


 俺の適当な質問に対して、白兎はみるみる真っ赤になった。その反応からして、どうやら好きな子がいるようだ。白兎が好きになる子? 同じクラスの女子だろうか。それとも隣のクラス? きっと白兎をぐいぐいと引っ張ってくれるような、積極的な女子に違いない。


「あ、えっと、ごめん。今のなし!」


 どちらにしても、その答えは聞きたくなかった。白兎もうんと頷き、誤魔化すようにマグカップを口元に運ぶ。


 両手でマグカップを大事そうに持ち、少し大きめの長袖の白い服が、彼の手を半分ほど隠している。自分よりも頭ひとつ分は背の低い白兎。昔から、なぜか放っておけない存在。


(昔もふたりきりの時、変な空気になった時があったな。妙にドキドキして、焦って、いつもの俺じゃないっていうか、)


 その後はいつもの調子を取り戻し、あの微妙な空気をなんとかした俺だったが、帰り道、ひとつの結論を見出した。


(もっと、白兎のことを知りたい。自分の好きなことを話してもらえるくらい、信頼されたい)


 BLの読みすぎかもしれないが、そのきっかけは白兎だった。こんな気持ち、気持ち悪いって思われるかもしれない。ただの友だちのまま、なんの変化もなく傍にいることだってできるけど。


(乙女ゲームか。確か姉貴の部屋に何本かソフトがあったかも)


 まずは相手を知ることから始めよう。


(ハンドルネーム、確か、しろうさぎだったな)


 家に帰って、あのサイトを開いてみる。どうやら個人的にDMを送ることもできるみたいだ。俺のハンドルネームはどうしようか。最初から馴れ馴れしくすると不審がられるかも?


(白兎、ここでは生き生きしてるな)


 このサイトでは『しろうさぎ』として、自分がやった乙女ゲームを饒舌に語っていた。同じ趣味を共有しているひとばかりだから、共感してくれるって感じだろうか。


 白兎の好みの乙女ゲームの情報を収集し、自分も同じものをやってみるを何度も繰り返し、某有名乙女ゲームをプレイした後、あることを思い付く。


(よし、俺が名前を伏せて白兎の好みの乙女ゲームを作って、それがもし面白いって言ってもらえたら、告白しよう!)


 これは自分が作ったもので、男が乙女ゲームを好きでも恥ずかしくないんだってこと。

 男がBL好きでもいいじゃん! って自信を持って告白できるように。


 ん? 告白ってそいうもんだよね? カミングアウト的な?


 いや、わかってる。そういう意味の告白でもあるんだけど、まだそこまでいくには早急すぎる。まずは今以上に近い存在になってからじゃないと!



 こうして、俺のハンドルネームは『渚』となり、姉貴の友人であるキラさん、キラさんの知り合いのクリエイターさんを巻き込んだ、長期に亘る『告白大作戦』が幕を開けたのだった。



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