1-5 転生したら、〇〇でした。
アイスコーヒーとアイスカフェラテを手に、窓際のカウンター席に向かっていたちょうどその時、後ろから声をかけられた。
「
木製のテーブルに飲み物を置き、俺はその声の方へと身体を向ける。薄いピンクの長いスカートに、腕の部分がひらひらした白い可愛らしいトップスを着た女性が、店の入口から自分の方へまっすぐにやって来た。背中まである長い茶色の髪の毛を後ろでハーフアップにしている彼女は、待ち合わせ相手のひとりである。
「早いね、海璃くん。私が少し遅かったかな?」
「全然、俺もついさっき着いたとこ。キラさんも何か頼んだら?」
「あら、それ私の分じゃないの?」
キラさんはテーブルの上に並んでいる店のロゴ入りのプラスチックのカップに視線だけ向けて、にやにやと揶揄うように訊ねてくる。
「冗談よ。ふふ。ホント、楽しみだわ! 早く会いたいな。あなたがそんな風に特別扱いする子だもの。興味しかないわ」
「
「はいはい。わかってますよ~。私もなにか買ってくるね、」
幼稚園の頃の白兎は女の子みたいに可愛らしくて、男子よりも女子と遊んでいる事が多かった。そのせいもあり、女子と仲の良い彼を揶揄いたい男子たちが、囲んでイジメはじめたのだ。
それからひと悶着あって、俺が白兎を助けたことでさらに仲良くなり、今に至る。
それから小中高とずっと一緒で、クラスが違う時もあったが、今でも付き合いのある大切な子····と、俺は思うようにしている。
あっちはどう思っているか正直わからない。教室では必要な時以外は話しかけてこないし、俺が違う友達と一緒にいても知らん顔をしている。
その原因はもちろん俺自身である。
高校一年の、ある秋の日のこと。俺はちょっとした過ちを犯し、それ以降、自分の方から距離を置いた。白兎にしてみれば急に俺が離れていったと思っているだろう。彼自身はなにも知らないのだ。
最初こそ不安そうに俺を見ては、声をかけて来てくれていたのだが、いつからかすれ違っても素っ気ない態度。
教室で友達に囲まれて笑っている俺を、視界に入れないようにしているようだった。いや、それもこれもぜんぶ、俺のせいなんだけど。ちょっとは気にして欲しいって気持ちが、伝わるわけもなく。
救いなのは、メッセージを送れば反応してくれるし、電話をすればすぐに出てくれる。こうやって呼び出せばちゃんと来てもくれること。
嫌われてはいない、と思う。さっきも、嫌々という感じではなかったし。
キラさんは自分の飲み物を注文しに行き、数分ですぐに戻って来た。いかにも甘そうなショコララテの上に生クリームがさらにのっている。
俺は見てるだけでも胸やけがしたが、キラさんは満足げだった。会話を交わしながら、ふたり並んで座ろうとしたその時、俺は窓越しにこちらをじっと見ている人物をみつけた。
「白兎?」
俺は少し離れた場所でこちらを見ている白兎に、笑顔で手を振った。間違いなく見ていたと思うのだが、なぜかまったく反応してくれない。
それどころか、くるりと俺に背を向けて、次にとった行動は····。
「は? え? なんで?」
白兎は脱兎のごとくその場から逃げた!
「とにかく、追いかけてあげないと!」
キラさんが動揺している俺の腕を引っ張った。とにかく、逃げた理由くらいは知りたい。なにがどうなってこうなったのか、まったくわからなかった。俺は店を出て、白兎を追う。
インドアな彼がこの炎天下の中、全力疾走するくらい嫌なことがあったのかもしれない。俺を見て逃げたのなら、原因は俺か?
(いや、納得できない! 絶対追いつく!)
ムキになって、俺は人混みを掻き分けて走り抜ける。運動は得意な方だ。もちろん、走るのも例外ではない。体格と体力の差もあり、白兎はたった数分でバテてしまったようだ。あと数メートル。
「ちょっと待って! なんで逃げるんだよ、白兎!」
声をかけたその時、青信号が点滅していることに気付いていないのか、目の前に落ちた眼鏡を拾おうと、横断歩道から飛び出そうとしている白兎の姿が見えた。
「危ないって······信号、ちゃんと見て」
間一髪で、細い腕を掴んで自分の方へと引き寄せる。その時目に入った白兎の表情に、俺は不謹慎ながらドキッとしてしまった。泣き出しそうな、なんとも言えないその顔。久々に見た、眼鏡をしてない白兎の素顔。それは、過ちの原因でもあった。
(やばい····俺、また、)
腹の辺りがもやもやとする感覚。身体が熱い。この熱は、炎天下の中走ったからというよりも、生理的な欲求に近い
指先に力が入る。あの後、すぐに呼び出して良かった。白兎に伝えなきゃ。すべてを明かさないと。ずっと、秘密にしていたこと。
これで嫌われても、本望だ!
「はあ、はあ······やっと追いついた! 君、なにか勘違いしてない?」
そう、心を決めた時。追いついてきたキラさんが近くまで駆け寄って来て、膝に手を付きながら息を整えると、なぜか白兎の方を見上げてそう言った。
「え?」
白兎はぽつりと声を漏らす。
「勘違い? ってなにを?」
俺もどういう意味かわからず首を傾げた、その時だった。少し離れた所で大きなブレーキ音が響き、短い悲鳴が上がる。なにかにぶつかる金属音や、鈍く低い音、その度に上がる悲鳴、どよめき。
なにが起こっているのかを確認する間もなく、回避する余裕もなく、三人の目の前に飛び込んできた
その後は、どうなったかわからない。視界は真っ暗になった。痛みすら感じない。守りたかったけど、守れなかった。気付けば抱きしめていたはずのぬくもりも消え失せ、水の中を漂っているかのようにどこかに流れされて行く感覚へと変わる。
次に目が覚めた時、ぼんやりとした視界に見慣れない天井が映っていた。あの時、暴走車に撥ねられて絶対に死んだと思ったが、どうやら運良く生きていたようだ。ここは病院のベッドの上だろうか。
あんまり寝心地が良いとはいえない固いベッドと、微妙な高さの枕。
「目が覚めましたか? 今日は随分とゆっくりされていますが、どこか悪いところでも? 例の儀式に対して気が進まないのは承知しておりますが、一応、あなたの花嫁候補として集められた方々なんですから、しっかりしていただかないと困ります」
儀式? 花嫁候補? っていうか、誰?
「
声の主を確かめようと思い、俺は身体を起こす。白い着物を一枚だけ着ている状態で、やはり病院なのかもと思いつつも、会話の内容がぶっとびすぎていて理解が追い付かない。
(····えっと、ちょっと待って。あれ? 俺、このひと知ってる)
冷淡そうな面持ちながら、頼れる兄貴的なイケメン枠。格好いいだけじゃなく強くて優しい理想の男。いつでも冷静沈着で、何事にも動じない。
某フリー乙女ゲームの攻略対象のひとり、皇子の身の回りの世話も兼ねた護衛官。
(さっき、俺に向かって
だらだら。変な汗が背中に流れている気がする。いや、そんなこと、ありえない。ありえないけど、今、まさに目の前にいる!
俺はどうやら、自身が制作に関わった乙女ゲーム、『
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