1-4 隠しルート突入



 目の前の究極の選択肢。それはどちらを選んでも『死亡』の二文字が並んでいる。


(殺そうとして殺されるより、守って殺される方が名誉ある死って感じだし、推しキャラを守れるなら本望だ!)


 俺は迷わず二番の【皇子を守って毒に侵され死亡】を視線で選ぶ。


『ルート分岐確認。ご武運を』


(もう、どうにでもなれ!)


 俺は広袖に仕込んでいた、細い鉛筆ような鋭い鉄の針を三本指の間に挟んで構えたまま、次に起こるだろう事態に備える。暗殺者Aが失敗した時に備え、もうひとりの女暗殺者が毒を塗った小刀で油断していた皇子を狙う。


 暗殺者Aである俺が動かないとなれば、彼女が隙を見て動くはず。彼女はいつまでも動かない俺に、苛ついている頃だろう。


 正規ルートでの重要イベントのひとつ。皇子が毒に侵され、主人公の少女が解毒するシーンはちょっと刺激的というか····本来なら許されない行為だろう。でもこれはあくまでも中華風・・・乙女ゲーム。史実や本来のお堅いしきたりなどは関係ない。つまり、プレイヤーが楽しむことを前提に作られた創作物。


(一応、暗殺者としてのスキルは引き継がれてるっぽい。どうすればいいか、なんとなくだけどわかる。物語の通りだとしたら、暗殺者Aが狙うのは最後の台詞の後、皇子が背を向けた時だった)


 そこで動かなければ、護衛の青年である海鳴かいめいよう妃に頭を下げる動作をした隙を狙うはず。本来、彼女が皇子を狙うタイミングがそこだった。


「では、私はこれで席を外す。あとはあなたに任せます」


「かしこまりました。皇子のために、相応しい花嫁を選んで差し上げますわ」


 青藍せいらん皇子は苦笑を浮かべ、では、と花嫁たちに背を向けた。俺はここでは動かない。じっとその時を待つ。死へのカウントダウンが始まっている俺とは逆に、他の花嫁たちは明るい未来というやつに想いを馳せている事だろう。


 側室であるよう妃は妃嬪ひひんの位を持つ妃。彼女が命じない限り、花嫁候補たちは勝手に動くことは叶わないのだ。


「護衛殿も、ご苦労様です」


 よう妃はわざとらしく声をかけ、注意を引く。仕方なく海鳴かいめいが立ち止まり、頭を下げて拱手礼をしたその一瞬の隙。


 俺は床を蹴ってくるりと身体を反転させ、背を向けた皇子と背中合わせになるように降り立つ。それには護衛の海鳴かいめいよう妃ですら驚き、花嫁たちがどよめいた。


 そんな中、すでに女の暗殺者から放たれていた小刀が目の前に飛んできて、俺はそれに対して暗器で応戦しようとしたが、手が隠れるくらい長い作りの広袖の奥に引っ込めた。


(俺がここで応戦したら、花嫁候補のひとたちが危険に晒されるんじゃ····)


 その迷いが、暗殺者としての技量を損ねることになる。女が放った小刀は、皇子の前に立ち塞がった俺の右肩に、容赦なく突き刺さった!


 任務の失敗をすぐさま確信した女の暗殺者は、目の前で起こった事に驚き立ち上がった花嫁たちの間をすり抜けて、逃亡を図る。


 すかさず海鳴かいめいが他の護衛たちに捕らえるよう命じながら、自分も女を追って広間から消えた。


「なんてこと! 花嫁の中に間者が紛れ込んでいるなんて!」


 大袈裟に騒ぎ立てて、まるで自分も被害者かのようによう妃は青い顔で立ち尽くしていた。


 俺はそのまま床に横向きで倒れ、蹲るように自身を抱きしめる。襲ってくる激しい痛みと吐き気に耐えながら、薄れていく意識の中で、特定の誰かに訊ねるわけでもなく自問自答をしていた。


(····苦しい、けど······これで正規ルートに戻るよね? 俺は死んでも問題ないモブだから····ふたりの幸せは、ちゃんと確定してるよね?)


 正規ルートの本来の流れはこうだった。塗られた毒はかなり厄介な即効性のある毒で、皇子は腕を掠めただけだったが、その場に倒れ込む。


 周りにいた者たちが宮廷の医官を呼ぶのだが、よう妃の策略によってすぐには来られない状況にされていて、そこに満を持して手を挙げるのが主人公の少女なのだが····。


「誰か! 医官を呼べ!」


 そう命じたのは、青藍せいらんだった。俺の身体を迷いなく抱き上げ、どこかへ運ぼうとしている。正規ルートがこの時点で破綻していることを、この時の俺が気付くはずもなく。


「皇子、無礼を承知で申し上げます。その御方の様子から、ただの怪我ではないようです。あまり動かさない方がよいかと」


 可愛らしい少女の声が、混乱する広間の中に響いた。少し離れた場所で提言するその少女は、頭に被せていた面紗をいつの間にか取り、跪いて頭を下げていた。


(······駄目、無理····死ぬ······身体中、ナイフでめった刺しにされているみたい····痛いのに、声、でない)


 せっかくのヒロインと推しキャラの出会いなのに、その姿が見られないなんて最悪だ!


 このまま毒が回って死ぬのだろうか。あの選択肢の通りなら、どっちを選んでも絶望コースだ。


青藍せいらん様、医官たちはすぐには来られないとのことです!」


「お待ちなさい。皇子、その者をどうするおつもりです? よく見てみなさい。その者の髪の色! まるで夜叉のようですわ!」


 男のひとの声と、よう妃の声。夜叉って····まあ確かに若いのに白髪とか、異端すぎる特徴満載だ。自分の容姿はわからないけど、"美しい少年"というからには、それなりの綺麗な容姿なはず。


「狙われたのは皇子、あなたでしょう? 逃げた者の他にまだ間者が潜んでいるかもしれません。そんな得体の知れない者など捨て置き、自身の身を守るべきです。せめて護衛殿が戻るまでは、どうか····、」


 よう妃は俺が暗殺者のひとりであることを、事前に知っていたはず。余計なことを話されたら、自身の計画が台無しになると思っているのだろう。


 どういうわけか皇子を庇い、毒に侵されているこの状況。彼女にしてみればそのまま死ぬなら好都合だし、関りも断てるというものだ。


「それならば尚更、花嫁候補たちを危険には晒せません。彼女たちを安全な所へ」


 は、と残った護衛たちが皇子の命に従い花嫁たちを誘導し始める。そんな中、跪いていた少女が戸惑いながらも口を開く。


「私は元宮廷医官の娘です。せめて医官様たちがここに来るまで、その方の治療をさせてくださいませんか? その症状、おそらく毒です。毒の治療は時間との勝負。お願いです、私に診させてください!」


 その台詞は、本来主人公である雲英うんえいが、よう妃に向けて言う台詞だったが、改変されてしまった今は皇子に向けられている。


(もう、ホントに無理かも······)


 でもこれで皇子と主人公の繋がりができた。

 このまま正規ルートは進んで行くことだろう。


 これで、俺の役目は終わりだ。


 視界が真っ暗になり、自分がどこにいるのかもわからなくなる。そんな中、ピコンという短い音と共に、あの声が響き渡る。


『おめでとうございます。選択肢により、"隠しルート"が発生しました。今この瞬間から、あなたはこの物語の攻略対象に登録されます。立ち絵が追加されました。スキルが解放されました。詳細が更新されました』


 隠しルート? って、渚さんが俺にくれたあのファイルのこと?


(ちょっと待って! それってつまり、ここから先は俺の知らない物語になるってこと? 転生の意味なくない⁉ 完全初見プレイで、どうやってクリアしたらいいんだよ····)


 そもそも、やり直しはできるのだろうか?


 暗殺者だってことはよう妃に知られている。いつ命を狙われてもおかしくない。ここでなんとか命を繋いだとしても、花嫁候補からはもちろん外されているだろうし、男と知られたはず。女と偽って参加した時点で、罰せられるのは間違いないだろう。


 このまま死んだ方が楽なのでは····? 隠しルートは気になるけども!


『隠しルートをプレイするにあたり、注意事項を申し上げます。ひとつ、選択肢のやり直しはききません。ふたつ、攻略対象であるあなた自身は、他のキャラの攻略はできません。みっつ、あなたを攻略する他キャラがすべて男性キャラのため、この物語はこれ以降、乙女ゲームの概念はなくなり、BLゲームに変更されます。なお、前作の主人公である 雲英うんえいは親友枠になります。物語の進行上、友好な関係を築くことをおすすめします』


 ゼロは淡々と自分の仕事をこなすかのように、画面に表示されている文字を息継ぎもせずに一気にそのまま朗読してくれたのだが、俺は「は?」と首を傾げて何度も画面を黙読し、しばらく暗闇の中で思考停止するしかなかった。


 渚さんが、本当に作りたかった物語って。乙女ゲームじゃなくて、BLゲームだったんだ····。



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