1-3 究極の選択
音声ナビ、ナビゲーター
目の前の画面もそうだが、どうやらその声さえも自分にしか聞こえていないようで、こちらに注目する者は誰ひとりとしていなかった。
『口頭で答えなくても、頭の中で答えていただければ結構です。あなたの名前を登録してください』
本来なら、こんな状況ありえない! と混乱するのだろうが、これが夢か現実かは置いておいて、考えたところでどうにもならないと判断した俺は、とにかくこのナビゲーター00(以降、彼女のことはゼロと呼ぶことにする)の言う通りにチュートリアルを進めるしかないと思った。
乙女ゲーム『
この画面を開くことで、攻略対象のキャラのパラメーターや物語の進行度、メインイベントに必要なキーアイテムの取得方法の条件、サブイベントがどこで起こるのかなど、このゲームを進める上で必要な情報を教えてくれる、まさに案内人のような存在なのだ。
(名前····急に言われても、中華風な名前なんて思い浮かばないよ!)
主人公の名前はデフォルトで『
俺はあえて今回は変えずにプレイしたのだが、いつもは自分の名前である『
(あ、そうだ! このキャラのデフォルトは?)
頭の中で画面に問いかけると、数秒ほど読み込み中の際に表示される蓮の花のイラストが点々と左から右に何回か点滅を繰り返し、簡単な詳細が表示された。
『暗殺者A、"美しい白髪の少年"。立ち絵や詳細はイベントをクリアすることによって、解放されます。現在わかっているこのキャラの詳細は、暗殺者集団"
白髪の少年で暗殺者?
俺はその設定の人物を思い出すのに数分とかからなかった。
(それって、序盤の序盤、正規ルートの第一章で皇子を狙って返り討ちにあう、モブ暗殺者のひとりじゃ····っていうか、俺、捨てキャラに転生したの⁉)
現在、俺がこうしている間も物語は淡々と進んでいた。花嫁候補たちの前にいる美人だが怖そうな女性こそ、現皇帝の側室である
ひと月かけて選ばれる花嫁は、あの物語の通りであればふたり。主人公の
この説明の後、第一皇子が姿を見せることになるのだが、そこで事件が起こる。暗殺者として潜入していた間者が、皇子を狙って暗器を飛ばすのだ。
それは彼の護衛である青年に簡単に防がれ、言葉を発する間もなく返り討ちにあい、登場して早々に殺されてしまうのだ。しかも殺された暗殺者は他の花嫁たち同様、頭から白い面紗を被っていたので、絶命した状態で素顔を暴かれる。
(その時殺されたこのモブキャラの表現が、たしかそんな感じだった)
その"白髪の美しい少年"が出てきたのはその一度きりで、暗殺者集団の頭領のイベントの時もまったく触れられない、バックグラウンドさえ不明なモブ中のモブ。
実はこの暗殺者の他にも花嫁候補に潜入している女の暗殺者がいて、殺された少年は皇子が命を狙われているということを示すだけの、ただの捨てキャラといえよう。
しかも、一枚絵ではあったがそのモブの顔は描かれておらず、それを不安な表情で遠くから見守っている主人公の姿、意味深な面持ちで見下ろす皇子と護衛の青年が描かれた、最初に必ず回収できる一枚絵だった。
(つまりこの後、回避不可能な絶対負けイベントが発生して、間違いなく退場するってことだよね?)
『その質問にはネタバレ要素を含むため、今は答えられません』
彼女に質問をしたつもりはなかったのだが、問われたと思ったのか画面から音声が発せられる。ネタバレも何も、すでにわかっている結末。けれども、そんな捨てキャラに名前を求めるのはなぜか。
白い布の奥で、唇を噛み締める。せっかくあの乙女ゲームの中に転生? することができたのに、こんな序盤で死ぬなんて嫌すぎる。どうせなら主人公が花嫁になるまで手助けをする、親友ポジションが良かった····。
『警告します。三分後に重要分岐イベントが発生します。今すぐに名前を登録してください』
ゼロの淡々とした声と、ビービーという音と共に、画面にカウントダウンが表示される。五、四、三····と数字が減っていくのと、自分の死が近付いていることに恐怖した俺は、慌てて名前を頭の中で思い浮かべる。
『登録完了。白髪の美しい少年の名は、"
死への旅路なんて楽しめるわけないよ! と思わず俺は突っ込みを入れる。
「では、最後に皇子があなたたちにお言葉をくださるそうよ。さあ、こちらへいらっしゃって、」
この物語が正規ルートだとしたら、あの側室の
奥から現れた皇子は、まさに秀麗という言葉を絵に描いたかのような美形で、薄茶色の長い髪の毛を頭の天辺で結んで銀の筒状の髪留めで纏めている。高貴な雰囲気がただ立っているだけで放たれ、優し気な瞳は薄青色。青を基調とした上質な漢服。金色の糸で描かれた刺繍は、この国の守護聖獣である青龍を表していた。
「私がこの国の第一皇子、
あのゲームの中では文字だけだったその言葉。しかし今語られた言葉には音があった。低くもなく高くもない、心地好い声音が耳に届く。
それは想像していた通りの優しい音で、ずっと聴いていたいと思うような良い声だった。
このゲームの攻略対象であり、正規ルートでもある
(つまり俺が動かなければ、物語が進まないってこと、だよね)
この『
クリア後に新たな攻略対象が追加され、選択することで物語が始まる場所が変わる。なので、同じ話が繰り返されることはなく、登場人物は共通なのにまったく違う話が展開されるのだ。
これは明らかに
俺は握りしめた指が白くなるのも忘れて、自分が一番好きになった推しキャラである
(推しの姿が最期に見られただけでも幸せなのに、声まで聴けるなんて····)
このルートをクリアした後は、何人かいる攻略対象の中で一番、いや、今までプレイしてきた乙女ゲームの中でも一位、二位を争うほど大好きなキャラになっていた。
そんな推しキャラの幸せのためなら、捨てキャラでも構わない!
早くも退場することになるが、乙女ゲームに転生、という貴重な体験もできた。
俺は、うんと頷き、拱手礼をしたまま、重ねていた右手を広袖に忍ばせる。
そこにある暗器に触れたその瞬間、思わぬものが目の前に飛び込んできた。画面に表示されたそれは、縦に並んだふたつの選択肢。
【一、皇子を殺そうとして返り討ちにあい死亡】
【二、皇子を守ろうとして毒に侵され死亡】
『選んだ選択肢により、ルートが分岐します』
いや、それ。
どっちも死亡フラグじゃん(笑)
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