第十一章 海賊島にて

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 海賊島は、僕の想像以上に異様な島だった。


 正直なところ、島というよりも海に浮かぶ要塞だ。


 海岸線ぎりぎりのところに、恐ろしいほどの威圧感を持って、石造りの巨大な防壁がそびえ立っている。垂直に、ひたすら侵入者を跳ね返すことだけを考えて造られたような、武骨な壁だった。ざっと見た感じ、高さは百メートルくらいありそうだ。


 マルダールの双子灯台の城壁も素晴らしかったけど、防御の実用性という点だけをみれば、こっちのほうが上かもしれないと思う。

 その防壁が、海岸線に沿ってずっと伸びている。たぶん、島一周、ぐるっと囲んでいるんじゃないだろうか。


 さらに、島の周囲、防壁から数十メートル外側の海中には、金属製の防柵が張り巡らされている。

 こちらも島をぐるりと囲んでいるようだ。柵からは、先端をとがらせて槍のようにした金属棒が、外へ向けて突き出ている。

 防柵は海中に立っているというのに、少しも錆びていなかった。


「さすがの威容ですねえ。ここまで近くで見るのは、初めてですよ。ダルガ・ハウの叙景詩に歌われるだけのことはある」


 壁を眺めながら、エインさんが感嘆の声を上げた。


「ダルガ・ハウって、数えられないほど昔の人でしょう? そんなに古いものなんですか?」


 僕の問いに、エインさんが答える。


「ええ。彼の叙景詩に、『頑強なる鎧を全身にまといし島』として記されています。当時はヤーグ・ノールという名の島国で、大いに栄えたらしいですね。海賊の根拠地になったのは最近ですよ」


「俺たちの先輩海賊がこの島を奪って本拠地にしたのは、いまから五百年ほど前だ。この島が抜かれたのは、後にも先にも、その一回だけさ」


 僕たちの会話を聞いていたエイムズさんが、そう教えてくれた。


 勝手知ったるわが家とばかり、ギャゼックさんはゆっくりと方向を調整しながら船を進める。

 やがて船の正面に、巨大な水門が現れた。

 この防壁はたぶん、アーチ型をしたこの門からしか出入りできないのだ。

 水門は、黒い金属製の落とし格子でぴったりと閉じられている。隙間を探すなんて不可能だった。


「キンブチオットセイをかたるとは、どこのどいつだ。名乗れ」


 門の前で止まった僕たちのほうへ、防壁から怒鳴り声が聞こえてきた。

 近付いて判ったけど、防壁は内部が通路状になっている区画があって、小さな穴が等間隔に開いている。そこから大型バリスタの先端部が覗いていた。


「キンブチオットセイ号を知ってて、その船長を知らねえのか? キャプテン・ギャゼックが来たに決まってるだろうが」


 ギャゼックさんが怒鳴り返す。


「ふざけるな。ギャゼックのキンブチオットセイ号は沈んだはずだ。この偽者野郎」


「だったら確かめろ。俺の人相を、港湾倉庫の管理人のジーヴァー爺さんに話してみな」


 それきり、防壁は静かになった。


 三十分ほど待つと、ふたたび声が聞こえてきた。さっきと同じ人物の声だけど、やや落ち着いた声だ。


「いいだろう。だが、もし嘘だとわかったら、生きて帰れると思うなよ」


 男が言い終わると、歯車が動くような重い機械音がしてきた。

 落とし格子が、ゆっくりと上がっていく。

 その光景は、巨大なモンスターが口を開いているように思えて、僕は軽く身震いしてしまった。


 城壁に開いた入口へと、船は進入する。

 五十メートルぐらいの、トンネル状になっている。ということは、城壁は五十メートルもの厚さがあるのだ。


 その先には、大きな港が広がっていた。

 大小さまざまの海賊船がひしめき合っている。

 一番出入りしやすそうな良い場所には、ひときわ大きく頑丈そうな一隻が停泊していた。

 旗が風にはためいている。

 ピンク色の地に、でっぷりと太ってパンダみたいな体型になったペンギンが描かれていた。クチバシに金貨をくわえている。

 なんというか、この世界の海賊旗のセンスはよくわからない。


 二隻ぶん空いた桟橋さんばしに船を停めると、そこには白髪の老人が待っていた。


「船長と俺で挨拶してくる。他のやつはちょっと待て。特にジーナ、今はなるべく姿を見せないようにしろ。女を見ると何をしでかすかわからん野郎が多いからな」


 ギャゼックさんはそう言い、シルビア船長と二人で下船する。

 僕たちは船べりで見守った。


「ギャゼック! 久しいのう!」


 白髪の老人が、ギャゼックさんとハグした。


「ジーヴァー爺さん、元気そうだな!」


 ギャゼックさんも懐かしそうに顔をほころばせる。


「青旗なんぞ立ててどうした? 海賊から足を洗ったと風のうわさで聞いたが、どこかの国の外交官にでもなったのか?」


「いいや、外交官の用心棒さ。紹介しとこう。俺が世話になってるロブスター号の、シルビア船長だ」


 シルビア船長とジーヴァー爺さんが握手する。


「それで、いま島を仕切ってるのは誰だい? 大事な交渉事があって、会って話をしたいんだがな」

「モリガン船長じゃ。なかなかの采配ぶりでな、いい感じにやっとるよ」

「メタボリックペンギン号のモリガンか?」

「うむ」

「わかった。暇があったら一杯やろうや」

「楽しみにしとるぞ」


 話を終えて船に戻ってきたギャゼックさんは、指示を出した。


「モリガンに会いに行くぞ。早いほうがいい。行くのは俺と船長、ユート」

「えっ、僕ですか?」


 僕は驚いた。なぜ僕?


「そうだ、おまえだ。何もせず、ただ立ってりゃいい。海賊は意外と縁起を担ぐからな。落ちたる者が二人もいることを見せりゃ、いい交渉材料になる。それから……」

「アタイも行く!」

「クァラか。まあ、いいだろう。ただし、余計なことを喋ったり暴れたりするなよ」

「ん、わかった」

「他の者は船で待機だ。エイムズ、ビイロフ、交渉が失敗した場合はいつでも脱出できるように準備しておけ」


 シルビア船長も言う。


「私の不在中は、万事エインの指示に従うように。デバルト、魔動機の準備を怠りなく頼む。ベイツ、ホワイトホーク号へ行って、会談に赴くのはメルテロス氏一人のみで、と伝えてくれ」


 命運を決める会見に向けて、僕たちはそれぞれに動き出した。

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