10-2

 二人の曇った表情をあえて無視するようにして、ギャゼックさんは話を進めた。

 いまは感情よりも行動が優先だと、言外に伝えているかのようだ。


「軍船を付けなかったスタルク王の判断は、正解だった。攻撃する口実を海賊に与えるだけだからな。だが、満点じゃねえ。旗を二枚掲げてるだろ。国旗を降ろして、交渉用の青旗だけにしておきな」


 メルテロス氏とトマスが顔を見合わせた。

 メルテロス氏が困惑気味に返事をする。


「お言葉ですが、万国共通法によれば、正式な交渉使節団は一枚目に国旗、二枚目に交渉使節を示す青無地の旗を掲げると定められております」


「それは知ってる。だが、海賊が万国共通法を順守すると思うか? 敵国の旗を見れば、条件反射で矢を射かけてくるぞ」


「むう……わかりました。ご忠告に従いましょう」


 今度はシルビア船長に向かう。


「船長、ロブスター号のほうもだ。自由貿易同盟の同盟旗を降ろそう」


「なにか考えがあるようだな?」


 船長がなにかを察して水を向けると、ギャゼックさんは面白いイタズラを思いついた子供のように、ニヤニヤと笑った。


「まあな。俺の名前でハッタリがまだ効くかどうか、試してみようじゃねえか。ビイロフ、例のアレを持ってこい」


「ウイッス!! やったぜえええっ!」


 ビイロフさんが、なぜか大喜びですっ飛んでいく。

 しばらくして、油紙に包んだなにかを大事そうに抱えて戻ってきた。


「さあ、よく見ろよ!」


 ビイロフさんはそう言うと、油紙の中身をテーブルに広げる。


 それは、旗だった。

 薄いグリーンの地に、前ヒレで宝箱を抱きかかえてウインクするオットセイが描かれている。オットセイの背中には、金色のぶち模様がいくつも輝いていた。


「キンブチオットセイ号の予備旗だぜ。ボスを助けるとき、裏切りヤローどもから、くすねてきたんだ。あいつらにこの旗を掲げる資格は無いかんな!」


 つまり、これは海賊旗なのだ。

 ……なのだけれど、これでいいのだろうか?

 海賊の旗といえば、ドクロとか血のしたたる剣とか、そういうイメージなんだけど? このオットセイの図柄、ちょっとコミカルすぎない?

 だれも違和感を感じてないようだから、この世界ではこれが普通なんだろうけど。

 そんな僕の心中とは裏腹に、話は進む。


「海賊船に偽装するわけか。やってみる価値はありそうだな」


 ベイツさんの言葉に、誰からも反論は出ない。

 どうやらこれで、策は決まったみたいだ。


「ゲールトはアタイが倒す! 兄ちゃんの仇を討って、兄ちゃんの剣を取り返すんだ!」


 クァラさんが、作戦会議を締めくくるように叫んだ。






 翌日。

 準備を整えたロブスター号とホワイトホーク号(スタルク使節の船はこういう名前だったのだ)は、北東へ向けて帆を上げた。

 ロブスター号のマストでは、オットセイが風に泳いでいる。

 久しぶりに自分たちの船の旗を掲げたギャゼック・ファミリーの三人は、喜ぶというよりも感慨深げだった。


「キンブチオットセイ号、最後の航海だ」


 ギャゼックさんはそう言い、舵をとりながら遠い目をしていた。

 いっぽう、クァラさんは戦闘モードに入りつつあった。よく笑う陽気な姿は影をひそめ、剣の素振りと武具の手入れに余念がない。

 お兄さんのことやゲールトとの因縁が気になるけど、気軽に訊ける雰囲気じゃない。


 北東へ進んで三日目、針路方向、遠くに船が現れた。

 こちらへ向かってくる。お互いの旗が視認できるあたりまで距離が詰まった。相手の船はドクロの旗、海賊船に間違いない。僕たちは一気に緊張した。


 だが、その船は途中で急に進路を変えて、引き返していった。

 はっきりとは聞き取れないけど、海賊船の乗組員たちはなにやら大声でわめき、取り乱した様子だ。


「さすがだな、ギャゼック。旗一枚で、荒くれ海賊を追い払うとは」


 冗談めかしたシルビア船長の称賛に、ギャゼックさんは皮肉っぽく笑った。


「沈んだはずのキンブチオットセイ号が帰ってきたとあっちゃ、どんなに怪しげでも、うかつな真似まねはできねえよ。まずは上に報告して、事の次第しだいを確かめたい気持ちになるのが道理ってもんだぜ」


 その翌々日、海賊船がふたたび現れた。今度は二隻だ。

 かなりの距離をとりながら、こちらに速度を合わせてついてくる。

 さらにその翌日には海賊船は六隻に増えた。


 海賊船はロブスター号の両舷に三隻ずつ、それぞれに縦隊を組んだ。こちらとは十分な距離を保ち、つかず離れず並走する。

 ロブスター号とホワイトホーク号は、完全に監視下に入ったのである。

 矢も飛んでこないし、罵声ばせいのひとつもない。


「気にするな。普段通りにしていればいい」


 シルビア船長とギャゼックさんは、まったく同じことを言った。

 とはいえ、不気味な静かさだ。不安感がつのる。


 そうやって、ベーク海を北東に進むこと約十日。

 ある朝、見張りについていた僕は、前方に異様な島影を認めた。

 合図の板木ばんぎを叩くと、みんなが甲板に集まってくる。


「おう、見えてきたな。さて、ご乗船の皆様、海賊島へようこそ」


 ギャゼックさんはそう言うと、口の端をゆがませて笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る