11-2

 シルビア船長、ギャゼックさん、クァラさん、僕の四人が下船すると、ちょうどホワイトホーク号からもメルテロス氏がトマスをともなって降りてくるところだった。

 こちらへ向かってくる二人を見て、普段あまり感情的にならないシルビア船長が珍しく眉をひそめた。


「メルテロス殿。交渉には一人でとお伝えしたはずだ。話し合いとは名ばかりの荒事あらごとになる可能性もある。供の者とはいえ、子供を危険に巻き込むのは賛成しかねるが」


「確かにお聞きはした。じゃが、このトマスだけは特別です。どうしても同席させねばならんのです」


 温厚な印象のメルテロス氏が、がんとして引き下がろうとしない。なにか事情があるんだろうか。


「しょうがねえ。船長、先に進もうじゃねえか。クァラ、いざってときはおまえ、トマスを守ってやれよ」


「オッケー。アタイが抱っこして逃げてやるから、安心していいゾ、トマス」


 トマスははにかんだような笑みを見せると、黙ったままぺこりとお辞儀をした。


「いまここを仕切ってるのは、モリガンという男だ。一筋縄ひとすじなわじゃいかない難しい野郎だが、帝国を嫌ってるから交渉のチャンスはある。ただし、条件面は譲歩じょうほすることを覚悟しておけ」


 ギャゼックさんはメルテロス氏にそう言うと、おもむろに歩き出した。




 僕たち六人はシルビア船長とギャゼックさんを先頭に、港から伸びる一番大きい通りを歩いていった。

 海賊が支配する島ということで、きっと治安や衛生面が悪い町だろうと想像していたけど、そんなことはなかった。


 町自体は、ごく普通の港町と変わらなかった。建物の多くは石造りで、ゴミや汚物が散乱してる、なんてこともない。


 ただ、行きかう人々は当然のように海賊が多い。なにしろ横縞模様のシャツを着ていたりバンダナを巻いたりと、これでもかというくらいの海賊ルックなので目立つのだ。

 たいていは見て見ぬふりをしてすれ違う(演技が下手なので、見て見ぬふりであることがバレバレなのだ)のだけど、何人かは手を上げてギャゼックさんに挨拶していった。

 僕たちが来たことは、すでに知れ渡っているようだ。




 やがて案内役のギャゼックさんが、一軒の酒場の前で足を止めた。

 大きな看板には、五右衛門風呂ごえもんぶろのように酒樽に浸かっているサメの絵が描かれている。僕のつたない知識を総動員すると、看板の文字は『酔いどれシャーク亭』と読めた。


 入り口扉の横にはベンチが置かれ、一人の海賊が扉に近いほうのはじっこに腰かけて煙草をふかしている。

 店内からは、野太い男の歌声や馬鹿笑いの声が聞こえてくる。


「モリガンに用がある」


 ギャゼックさんが短くそう言うと、海賊も短く答えた。


「聞いてるぜ。入りな」


 海賊はベンチに寝転がる。僕たちにはもう興味がないという感じで、店の看板に向かって煙草の煙を吐き出しはじめた。

 ギャゼックさんが、店の扉を強く押し開いた。






 店内は、酒の匂いと煙草の煙が充満していた。


 僕たちが入っていくと、外まで聞こえていた馬鹿騒ぎの声は止んで、しんと静まり返る。

 店の奥のほう、床が一段高くなってVIP席みたいになったところに、男が座っていた。

 聞かなくても、その人物がモリガン船長だとわかる。他の海賊たちとは、迫力というかオーラというか、そういうものが違うのだ。

 年齢はギャゼックさんと同じくらいだ。黒い髪にかぎ鼻、口髭と顎髭を生やしている。ヴァンダイク髭というやつだ。鋭い眼光が、僕たちを捉えていた。


「久しぶりだな、ギャゼック。手下に裏切られ海に落っことされて、海賊稼業から足を洗った偉大なる船長様が、いまごろ何しにきやがった? 女に虎に爺さんにガキまで連れて、ご家族一家で観光旅行か?」


 取り巻きの海賊連中から、ヒヒヒヒ、と薄い笑いが起きた。

 ギャゼックさんは挑発を平然と受け流し、切り返す。


「決まってるじゃねえか。帝国の軍船がシマを荒らしに近づいてるってえのに、ビビって海賊島に引きこもってる腰抜けどもの顔を拝みにきたのよ」


「なんだと! てめえ!」


 二十人もの取り巻き連中が一斉に吠え、立ち上がった。すでに短剣を抜いている者もいる。

 けれど、モリガン船長は左手を上げて彼らを制した。海賊たちはおとなしく席に戻る。


「そこまで大口おおぐちを叩くからには、手土産があるんだろうな?」


「ああ。スタルクの特使を連れてきた。メルテロス、出番だぜ」


 ギャゼックさんにうながされ、メルテロス氏が進み出た。片膝をつき、手にした書簡をうやうやしく掲げる。


「特使メルテロスと申します。こたびは拝謁の栄誉を賜り……」


「長ったらしい外交辞令は要らん。俺は気が短い」


「ははっ。では、まずはこれを。スタルク王からの書簡でございます」


 書簡を受け取ったモリガン船長は、しばらく黙ってそれを読んでいた。やがてようやく顔を上げ、メルテロス氏を見る。


「要するに、帝国と戦いたいから同盟しようぜってことだな。これまでさんざんやり合っておいて、ずいぶんと虫のいい話じゃねえか。そう思わんか、特使殿よぉ」


「そ、それは、その……それゆえ、このたびスタルク王は最大限に礼を尽くして交渉するようにと、わたくしにお命じになったわけでございまして、はい、その、なにとぞ」


 緊張で床までしたたり落ちそうな顔の汗をハンカチでぬぐいながら、メルテロス氏は必死で答えている。モリガン船長は口元がニヤけているけど、平伏した姿勢のメルテロス氏には見る余裕はないだろう。

 クァラさんが無言で、だめだこりゃのポーズをしてみせる。


「モリガン、いたぶって楽しむのはそれくらいにしとけ。この爺さんは文官で、俺たちがやるような胸突き八丁の荒っぽい交渉は知らねえんだからよ。さっさと話を進めろよ」


 ギャゼックさんの言葉を聞くと、モリガン船長は目を上げ、愉快そうに笑った。

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