テントにて

猫又大統領

読み切り

「あんたとは短い付き合いだったね。会場であんたが姿を消したから、私が怪しまれたんだ」隣で私と同じように木製の椅子に縛られている男に吐くようにいってやった。宝石泥棒なんてするのに、即席のペアでやるんじゃなかった。


「すまなかった。緊張してしまって。でも、静かにしてほしい、お願いだ。妻と子供に最後の別れを祈っているのだから……」と男がいう。

 

お嬢さんはいいのかい、と男がつぶやく。

「何がよ?」

「大切な人に祈らなくても」

 いないわよ、と睨みながら小さく答えると男は「すまない」と潤んだ瞳が下を見た。


「静かにしろ」

 目の前に直立している十代後半くらいの軍人の低い声が、軍用テントの中に響く。

 私たちが大人しく静かにするのは彼の腰に拳銃が見えるからだ。

「君たちは大佐殿によって盗賊かどうかの判断が下される。それまでは大人しくしていろ」

 私たちは盗賊だよ真面目な軍人さん、と心の中でつぶやいた。


「ねぇ解放してよ?」

「静かにしろといっただろう。それにな、君らはまだましだ、今日は王家親衛隊も警備に来ている。もしも、そいつらに捕まっていたらどうなるか」

 親衛隊は厳しそうだから、あんたら軍人が警備している出入口から抜けようとしたらこのざまよ、と言ってやりたかった。


「今日は一年に一度の宝石の展示会の日。よりもよって、目玉のを盗む奴が現れるとは」

 そういう兵士の目には、濁りはない。


 「ネズミ、ネズミはどこだ」と言いながらテントの中に軍服姿の男が入ってきた。恰幅がよく沢山の略綬を付けた軍服の男は、私の前にいる兵士の緊張具合で、大佐殿だということが察せられた。

 ご苦労、と若い兵士に一言いう。


 椅子に縛られた私たちの側にくると、ため息をひとつ付く。

 次の瞬間。私の隣の男は殴られた。

「大佐!」若い兵士が声を上げる。

「盗賊だ。こいつらが持っていた宝石は本物だと確定した」

「ですが、処罰は我々の役割ではありません」

「若造。こいつらはな、警備を担当するこの俺に泥を塗ったのだ! 黙ってそこに立っていろ!」

 若い兵士は俯く。


「おや、これは……」

 恰幅のいい男は私のことを舐めるように見た。そして、しゃがむ。

「おお、綺麗だ。素敵な真っ赤なワンピースドレスだ。好みだよ。君のことは殴らないから安心してくれ」私の顔の真正面でそういうと、私の太ももに、大きな緑色の宝石の指輪をつけた、右手を置く。


「私たちを見逃して、頼まれただけなの……」吐き気を押し殺して目には欲望が浮かぶ男に嘘をいう。

「ああ、どうしようか。どうすればいいか……君には何かいい考えがあるかい、この状況がよくなるアイデア」そう耳元で男はささやき、太ももに置かれた手は足の付け根へナメクジのような速さで向かってきていた。


 「大佐殿、やめてください。こんなことは、軍人のやることではありません」

 若い兵士の言葉は正しいが、こいつには軍事の矜持などなく、欲望が肥大化した権力のある変態じじいに正論など吐けば、身が危うくなることを知らないのか。

「この、ガキめ!」そいって立ち上がり、大佐は若い兵士を殴り、倒れこんだ後、腹部に蹴りをいれた。


 外から大勢の規則だった足音が聞こえる。足音はテントの前で止まり、男が入ってきた。

 黒のトップハットに黒いスーツ。

「お、お前は王国親衛隊! な、何故、お前たちに誰が、ここにこいといった? 持ち場に帰れ」

 スーツの男はニッコリと笑う。

「何がおかしい?」

「もうすべて済みました。大佐殿」

「何を言っている! 貴様、親衛隊だと名乗りながらやりたい放題! 部下を呼んで、貴様に思い知らせてやる」

「すべて、済んだ。そう申し上げています。あなたの部下も拘束。会場も我々親衛隊が押さえました。ちなみですが、会場の地下で一年に一度宝石の展示に合わせて行われる人身売買の会場も制圧しています」

 その言葉をきいて、大佐は崩れるように地面に伏せた。


「大丈夫かい、立派な兵士さん」

 スーツの男は倒れこんでいた若い兵士を起こすと、労う。

「さて、帰ろう。仕事も済んだ。帰ろうか」

「はい」

 そういって私の横で縛られていたはずの男が椅子から立ち上がった。

「え?」

「お嬢さんは後からやってくる、親衛隊の者が拘束を解いてくれるから安心してください。楽しかったよ盗賊ごっこ。今度は捕まらないようにね」横にいた男がいう。

「ん! あ! 私を利用したな?」

 スーツの男が帽子を取り、頭を下げた。

「どうか、お許しください。我々は潜入のプロではないので、貴方の力が必要でした」

「とりあえず、手を縛っている紐を解いて、話はそれから」

「ああ、そうですね」


 スーツの男は私の後ろに回り込み、男は私の手に何か握らせた。

「な、何を握らせた?」

 男はその質問に答えず、私の一時の相棒と一緒にテントから消えた。


 そのあと、解放され、罪を問われることもない。

 私が握っていた物は大佐が指にはめていた指輪だった。

 私の指で今も輝く。

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テントにて 猫又大統領 @arigatou

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