第53話 未来の話は春の季節に
今日は、フランクフルトから近い、小さな街に用がある。墓地に行くのと、父親の知り合いに日本のお土産を渡すのと、赤ちゃんに会いに行くためだ。父と向かっていた。
「ロジャーさんにも、映画のことを報告するから。先に墓地に行って、レイナちゃん見て帰るぞ」
「うん」
ロジャーさんと俺は小さい時に何度か会っているため、うっすら覚えているが、俺が小さい時に亡くなってしまっているので、ほとんど記憶には残っていない。
ロジャーさんは、祖父のことを知っているし、よく話していたそうだ。唯一と言っていいように、木ノ下光生のドイツに子どもがいることを知っていた人である。
ロジャーさんには、今ひ孫がいる。
今年に産まれた初ひ孫の女の子、レイナちゃんは、まだ首が据わっていない状態だという。
お墓の前で手を合わせる。
モーメント・バイ・モーメントの制作でロジャーさんの人柄も思い出した。優しくて、物知りなおじいちゃん。きっと、お祖父ちゃんと空の上で映画を観てくれているだろう。
墓地には春の花がたくさん咲いていた。春風が吹き、花がゆらりと揺れる。俺は、墓石に彫られた名前を見た。
「ちゃんと生きていたんだよ。お祖父ちゃんの選択した道を支えた一人。素敵な人」
父は俺を横目で見て
「行くぞ。次はお前さんにガールフレンドができたら報告だ」
と言って歩き出した。
「俺、数年いない」
父は俺の方を見て
「無理に結婚してねとか言わないから、せめて恋人の一人は作れよ。お前のお祖母ちゃんが悲しむ」
「お祖母ちゃんが?」
「ああ」
そう言うと、俺の背中を押した。
目的地の家で、俺たちはくつろぐ。
ロジャーさんのひ孫、レイナちゃんはベビーベッドの上で昼寝をしていた。
ロジャーさんもその奥さんもそうだった。自分の子どもたちにも、光生に子どもがいることは言っていない。
だから、映画の報告をここでしたところで色々混乱させてしまうし、俺も父も話すようなことはしない。
ただ、レイナ赤ちゃんの話をして、起きて泣き出したレイナちゃんを、奥さんが抱っこした。奥さんが、急に俺に抱っこさせてあげると言われて、腕を伸ばしてくるから恐る恐る抱いたら
「この子は、私たちが思ってるよりずっと早く大きくなる」
と俺の顔を見て、そう言った。
俺は、その子を見つめる。
「人の成長って早いようで短いんだろうな」
そう表向きには言ったが、父親にならないと自覚しないだろうなと、わかりきったことを心の中で思っていたし、帰りの車の中で父にも嘘を吐いたなと言われ、心を読まれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます