最終章

第51話 映画鑑賞

 数年と数ヶ月が経って、映画が完成したと報告が入ったのはつい最近だが、もう何年も前から制作に関わっていた気がする。

 あの時はただひたすらに必死で、でもとても充実していた。まるで映画のキャストとして撮影現場に参加していたかのように。

「お祖母ちゃん、光生のことをモデルにした映画、完成したって。監督がデータを届けてくれるって」

祖母は椅子に座って俺のことを見て笑っていた。

「ありがとうね」

少し複雑そうな顔をしていたので、近くまで行ってどうしたのか訊いてみると、こう言った。

「コウのこと憎んでた時期もあったのよ」

 俺は、意外な告白に驚きを隠せない顔をしていると思う。

「どうせなら、私を想ってドイツに残ってほしかったのが本心。あの人は意気地なしだなって」

 俺はどう声をかければいいのか分からず、そのまま聞く。

「映画は、私は観る資格はないし、観たい気持ちにはなれていないの。許可はしたけどね」

 俺は風が優しく吹いている外の窓を開けて見ていた。お父さんが産まれた屋敷に、祖母は好んで住んでいる。

「続きのお話を聞いてくれるかしら?」

祖母に言われたので、向かいのソファに座って話を聞くことにした。


「私、コウに出会えたこと後悔はしていないの。スバルのお父さんのセイを産んで育てたことも。セイは少しお堅い性格になってしまったけど、それも私のせいなのかもって」

 俺は、光生が二人を最後まで愛していたことを伝えると祖母は嬉しそうに笑いつつ、少し切なげにも言った。

「彼は、自分と愛する人を犠牲にしても守れる人なの。自分が一番に傷付いてしまう人なのよ」

祖母は少しの沈黙の後

「この時代まで生きていたら、もう一度会えたのかなって考えていた。健康だったらの話だけどね。でも、この選択をしたから、真実が映画になる。考えてわかった。それはとても名誉なことね」

 俺の祖母は今度、俺の父の話をした。

「自分の父親と幼い頃なら会えなくて、寂しかったことも、辛かったことも、セイはあると思う。でも、あなたの父親のセイはそういう人なの」

 俺は父親のことを考えながら言った。

「わかった。ありがとう」


 二ヶ月後の初日公開舞台挨拶に父と行くために、また日本に行くことを話して、祖母との話はこれで終わりにした。


 父が予定を立てられるように、前々から初日公開舞台挨拶の日を伝えてくれた監督は、思いやりがあるなと思った。


 当日、日本は春うららな天候。東京国際空港を出て、すぐ迎えに来ていた車に案内されるように乗れば、そのまま会場に着くという仕組みになっているらしい。

 車の窓から見える風景を見ていると、すぐに会場に着いた。

 指定の席は、俺も父も前の方と観やすい席であった。初日舞台挨拶は上映後にするということだったので、先に映画を観る。

 監督は納品前に映像を確認してほしいと言われていたが、俺は監督のことを信じていたので、流れとセルフだけ確認して、映像自体は予告しか見ていない。俺は今ここで初めて完成した映画を観るというわけだ。

 とてつもないワクワクと、少しの不安で今の俺は構築されている。

 父はずっと始まりより前からスクリーンを眺めていた。俺は、そんな父の横顔を見て、スクリーンへと視線を移した。


 映画が始まった瞬間から引き込まれてしまった。

「すごい……」

 俺は思わずそう漏らしてしまったくらいだ。

ストーリーが進むにつれてどんどん感情移入していってしまうのだ。映画に吸い寄せられてしまう、まさにそれである。

 一コマ一コマが生きていて、音楽とマッチした雰囲気とセリフ。音をわざと入れないところは緊張感が走る。セリフに動きをつけて表現していたり、役者の表情や演技で心が伝わる。本当に映画が好きなのだと感じさせられる作品だった。

 何より、監督が言っていた『リアル』とはまさにこれだというような映画であった。

 エンドロールが映し出された時、父は泣いていた。号泣はしていないが、涙を一筋流していた。

 

 初日舞台挨拶の準備の間、俺も父も会話をすることがなく、約五分の設営準備を眺めていた。

 女性の司会者が

「キャストの方々が登壇します」

と言ったところで、入口のドアが開いて、スーツ姿の真田さん、赤いワンピース姿の日内さんから登壇していくのを拍手して向かい入れる。

 そこから、東条さん、礼くんと続いて登壇していき、最後に監督が登壇した。


 さらにそこから、最初の挨拶を一人一人していき、司会者の質問にキャストが答えていった。

 俺が印象に残ったインタビューの質問は五つくらいであったが、司会者は上手く会話をまとめて進行していく。

「皆さんのお気に入りのシーンをお聞きしたいです」

と言って、主演の真田さんが最初に答える。

「僕が出るシーンと、僕は登場しないけど、お気に入りのシーンっていうのがあって」

 という出だしの会話で、自分の今まで演じていた役とは違い、赤ちゃんを抱っこする父親としてのシーンを演じるところや、光介が幼少期から留学を夢見る場面を細かく語り、東条さんは未来人という役で窓から飛び降りて光介の前から消える、アクラバティックな場面が、かっこよく仕上がっているところを挙げた。

 日内さんと礼くんはお互いが成長を遂げるシーンを褒め合い、礼くんは光介の青年期時代を演じたことで、今思うのは、自分が演じる役に寄り添うことで、共感できることがたくさんあったと言った。

 監督も、撮影現場を思い出したのか少し懐かしそうな顔をしつつ

「光介が成長する過程でキャストに感じ取ってもらったことや観客の方々が心動かされたのであれば嬉しいですね」 

と答えた。

 笑いが起こったのは、ルイーナ役の日内さんについてだった。

「彼女が言う一言一言が、物語の進行に関わる重要なキーポイントになっていたりするので、気を付けて聞いてほしいんです。ローランドは客観的に光介や時代のことを見せてくれる感じがしますけどね」

と言った後、東条さんが

「僕、日内さんと初共演で、会ったのも初めてだったのですけど、日内さんの中で、僕の印象がクールボーイだったらしくて」

「でも、東条さんは撮影現場で、娘さんの可愛い写真を見せてニッコニコでしたので、クールボーイとはかけ離れていましたよ! でも、本当に家族を激愛していますね」

 日内さんと東条さんのやりとりに会場は和んだ。

 最後の挨拶をそれぞれがして、退出していくのだった。

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