第50話 役目
この六千文字程度の小説を読み終わったのは、監督が甘いものを食べようと言って案内してくれた和カフェの個室だった。
監督は「ゆっくり読んで下さい」と言った。俺はその言葉に甘えさせてもらったのだ。
読むのに少し時間がかかったが、それだけじっくりと読めたのだと思う。内容が濃かったからではないだろうか。
「この、正子さんは世に知れ渡っていませんよね?」
「ああ、愛人で片付いてしまうだろうな。子どものこともあまり公にしていなかったから」
和カフェで、豊富なメニューの中でも、俺は餡蜜を頼み、監督は珈琲ゼリーを頼んだ。
「最後の『不死鳥の罪』ってタイトルの部分も実話ですか?」
「ロケットペンダントが祖父の元に届けられたこと、正子さんが空襲でお亡くなりになり、光生が戦死したのは事実だ」
俺はしばらくパラパラとノートを捲り
「これは、俺だけの秘密にします」
そう言って、ノートを監督に返す。
「その方がいいだろうなあ」
と言って、監督は両手で受け取った。
監督は少し切なげに笑って
「光生は憧れを抱き、恋をして、やがて愛した。医学にも、教養にも、ルーシーさんにも。そして、光生は愛された。そういう部分がある人物だった。自らの行いを罪と責め、縛られたくなかったのか、結局のところ志願して戦争の兵士として戦ったけどね」
監督は珈琲ゼリーを飲み込み
「心のままに生きた人だね。良くも悪くも」
俺は、餡蜜を食べ終わって言った。
「そうですね。俺も同じ意見です」
「でも」
監督は微笑む。そして続ける。
「もし、この言葉を、木ノ下光生の生まれ変わりが聞いたらどんな風に思うのかな」
俺は微笑む。
「きっと、俺と同じことを言います」
俺は監督を見た。監督は「僕がこんなことを言ったと、言わないでね」と笑った。
生まれ変わりが存在するのなら、どうかお祖父ちゃんが幸せになれることを俺は願うのだった。
東京国際空港は国内で、成田国際空港が国外の便が安くて多いというイメージがあるらしいが、それは間違いだと言えるくらい、国際線の数は多いと俺は思う。
監督とは手荷物検査前で別れる。
「編集作業は、まだ時間がかかる。凝って作るから。試写・納品まで、しばらく時間はあるし」
「楽しみにしています」
そう俺が返すと
「任せてくれ」
と胸を張って言った監督と握手をして、別れた。
俺は搭乗券に書かれた席を探し、座る。座席は窓際。
機内アナウンスが響き、エンジン音が轟き、離陸した。
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